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KSFの変化から読み解く通信業界研究

近年、参入障壁の高いインフラ産業の変革が相次いでいます。代表的なものとして、安倍晋三政権は電気事業法改正による電力自由化、菅義偉政権の携帯電話料金の値下げが挙げられます。

そして直近では、5Gサービスの提供開始や新型コロナウイルスの影響により在宅勤務等(おうち習慣)が急速に普及し、通信環境への関心が高まっています。本日は、通信業界に焦点を当て、ビジネスにおけるKSF(※)の変化から業界の変化を分析していきます。

※KSFとは
KSFとは、Key Success Factorの略。
主要成功要因。事業を成功させるための必要条件。
引用:グロービス経営大学院


通信業界の概要

まず通信業界の概要について説明します。インターネット通信はこのような仕組みとなっています。本日は通信回線を提供している事業について分析していきます。

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通信回線は、①固定回線、②モバイル回線(移動通信回線)、③海底テーブル、④衛星通信の4種類の回線に区分することができます。

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そのなかで、本日は国内通信(固定回線・モバイル回線)について、それぞれ分析していきます。


固定通信業界の分析

1:マクロ環境

固定通信サービスの契約数は増加傾向であり、特にFTTHの契約数の増加が全体を押し上げていることが分かると思います。

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『用語解説』
・FTTH
.…基地局から各家庭まで光ファイバーが繋がっている配線方式のこと。各戸のONU(光回線終末装置)まで光ファイバーが接続されているため、他の形式と比較してもっとも通信速度が速いという特徴がある。

・DSL
….一般的なアナログの回線を使い、高速通信を実現する技術。一般的な電話回線を使うため、宅内に新たな回線を引き込む工事が不要である。

・CATV
….有線のテレビ放送のこと。元々は電波が届きにくい地域において、直接ケーブルを家まで繋いでテレビが見られるようにするサービスで、テレビ放送用の同軸ケーブルと光ケーブルを組み合わせることによって、テレビ放送と同じケーブルを使ってインターネットサービスを利用することができる

・FWA
….オフィスや一般世帯と電気通信事業者の交換局や中継系回線との間を直接接続して利用する無線システムのこと

FTTHはDSLなどと比較して、高速・大容量という特徴があります。

通信の歴史を振り返ると、FTTHの開始によって動画コンテンツ等のネットサービスが普及しだしました。ネットコンテンツ需要が高まっていくと、それに伴い通信速度の速いサービスの需要が高まり、最も通信速度が速く安定しているFTTHサービスへの乗り換えや契約が加速することで、FTTHは普及していきました。

そこで、続いて現在最も普及している固定通信であるFTTHに限定して、市場分析をしていきたいと思います。


2:市場環境

まずFTTHについて、消費者視点と企業視点で分析していきます。

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消費者視点で考えると、FTTHは最も通信速度が速く、かつ基地局からの距離が遠くなっても通信速度が低下しないため、自宅の住所に関係なく高速通信を安定的に利用できることがメリットとなっています。
一方で、回線開通時には屋内・屋外工事が必要である点がデメリットとなっています。ただ、多くのサービスでは、初期工事費用を割賦式にするなどして、消費者にはコスト負担を感じさせないようにしています。

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企業視点で考えてみると、まず通信を提供するためには基地局設営が必要のため、コスト面での参入障壁が非常に高いです。また、基地局設営のコストが高いことから、地域内では高いシェアを獲得しなければ事業として運営していくことが非常に難しいです。

そのためFTTHサービスを提供しているのは、NTT東日本・西日本や地域の電力会社、KDDIなど、一部の事業者に限定されていました。

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そのため、固定通信(FTTH)サービス市場は寡占状態だったといえます。


3:KSF(Key Success Factor)

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1・2での考察から、固定通信事業を成長させるためのKSFは、「新規顧客獲得」であると考えます。そのように考えた理由は2点あります。

※KSFとは
KSFとは、Key Success Factorの略。
主要成功要因。事業を成功させるための必要条件。
引用:グロービス経営大学院


①寡占市場でありサービスの選択肢が少ない
固定通信(FTTH)が普及する段階では、消費者はサービスに対する知識が乏しいと思います。また、業界への参入障壁が高く、そもそもサービスの選択肢も少ないため、必然と最初に認知したサービスやブランド選好の高いサービスを選択することになります。

②スイッチングコストが高い
固定通信(FTTH)の回線導入時には屋内・屋外工事が必要です。そのため、サービスを変更(乗り換え)する際にも、工事が必要となります。工事が発生するということは撤去工事費用が発生し、また、契約利用期間未満での解約ではさらに違約金が発生することになります。

つまり、消費者は一度契約をすると、サービスを乗り換えることが非常に高いハードルとなり、サービスを継続利用するという構造になっているのです。

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実際に、NTTグループの2015年度~2018年度の平均年間解約率は0.91%[1]ととても低い数値となっており、顧客の流動性がとても低いことが分かります。そのため図表のように、一度顧顧客獲得をすれば、継続的に収益が立つストック型のビジネスであるため、新規顧客の獲得がKSFであると考えました。

実際の事例
新規顧客獲得をKSFとした戦略として、株式会社光通信の事例を紹介したいと思います。株式会社光通信では、営業代理店1000店舗・販売拠点103店舗30,000人の人材[2]を有し、営業活動に注力することでで事業拡大を図っています。
※光通信では、自社サービスや他社サービスなど複数の商材を取り扱っており、そのうちの1つがFTTHサービスという位置づけです


4:KSF の変化

先に、固定通信回線市場は寡占状態だと述べましたが、2015年1月に光コラボレーションが開始したことで、この状況に変化が起きはじめています。

光コラボレーションとは
NTTグループが提供するフレッツ光等を、様々なサービス提供事業者様に卸提供する取り組みのこと
参考:NTT東日本 「光コラボレーションモデル」の提供開始について

NTTグループでは自社では開拓しにくい層にもサービスを届けるために、回線をサービス提供者に卸売りをすることで、サービス提供者(小売業者)を増やし、間接的に未開拓領域の開拓を行うために、光コラボレーションを開始しました。

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このような事業者の構造変化により、消費者視点ではサービスの選択肢が増加したといえます。固定通信のみに限定して考えると、基地局を保有しているNTTグループ等については卸売りにより安定的に収益を伸ばし、直接消費者にサービス提供をしている小売り事業者は、プレイヤーの増加によって顧客を奪い合うような流れに変化していくと思います。

そして、上述の流れに伴い、KSFとして新規獲得のみならずカスタマ―サポートの観点が重要になっていくと考えています。


カスタマーサポート

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以前は、サービスの選択肢が少なく、契約して顧客の解約率は1%未満と非常に小さい数値でありました。しかし、総務省が公表する固定通信サービスの選択理由を資料[3]から、消費者は価格面・品質面などの判断基準をもってサービス選択していると感じます。サービス選択肢も増えており、既存のサービスを使用しているときに不満を感じることが多ければ、そのまま継続利用するのではなく乗り換えを検討するケースが増えるのではないかと感じています。

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企業としては解約率を低下させることがストック収益を構築するのに必要であり、そのためにはカスタマーサポート機能の充実が必要だと考えています。回線エラー等のトラブル時の迅速な対応等でサービス満足度を高める機能の重要性が増していくのではないかと考えています。

このように業界が変化することによって、KSFが変化し企業戦略にも影響を与えます。次にモバイル通信業界について分析し、固定回線業界との関係性を考察していきたいと思いいます。



モバイル通信業界の分析


1:モバイル通信業界の概要

モバイル通信の種類は大きく分けて2つあります。①無線LAN回線、②移動用の無線システムです。いずれもLANケーブル(有線)を電波(無線)で置き換えるものとなっています。

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無線LAN回線はモバイルWi-Fi、移動通信回線(LTE)はスマホというようなイメージを持ってもらえたらと思います。モバイル通信のマクロ的な動向は、先に述べた固定通信と類似している部分が多いため、今回は割愛します。

「超簡易版:モバイル通信業界マクロ動向」
無線LANサービスでは大手キャリアの寡占状態から、回線レンタルしてサービス提供する格安SIMの普及によってサービスの選択肢が増えている。

さてここで疑問ですが、固定通信回線サービスとモバイル通信回線サービスは消費者を奪い合う競合関係であるのでしょうか。ここからは、両者の関係性や今後の展望予測について述べたいと思います。


2:通信サービスの使い分け

まずは、それぞれの通信サービスを消費者視点で比較したいと思います。利用状況・用途で4象限に区分し、それぞれの象限で主に利用する回線を分類してみました。

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第二象限(左上)
スマホ(LTE回線)は一人一台保有することが当たり前の時代に
なっています。また移動利用ができ、いつでもどこでもネット接続が可能なのが特徴です。移動しながら回線負荷の低い通信を行う場合はスマホ(LTE回線)一択だと思います。リモート会議などの通信負荷が高い場合は回線が安定しないため、PC接続用やゲーム用にに無線LAN回線や固定通信回線を併せて利用する人が多いと思います。
第三象限(左下)
移動中や外出先で負荷の高い通信を行う方は無線LAN回線を利用することが多いと思います。PC作業やリモート会議を行うには無線LAN回線の方が快適に利用することができるため、外出が多い方などを中心に需要が高いと思われます。
第四象限(右下)
自宅で負荷の高い通信を行う際は、固定回線(FTTH)を利用する方が多いと思います。通信速度が速くかつ安定しているため、リモート会議であったりゲーム通信などにも対応することができます。また、通信容量に制限がないため、通信制限になることもありません。
第一象限(右上)
在宅時の通信回線は、主な回線利用パターンなど固定化されず様々なパターンが考えられます。通信負荷が低いものしか利用しない場合は、LTE回線で十分ですが、通信制限のあるプランで動画視聴等をするのであれば、無線LAN回線や固定回線を契約する人もいると思います。ライフスタイルに応じてLTE回線(+他回線)という形で複合利用になると思います。

このように利用状況に応じて、固定回線・モバイル回線が使い分けされていることが分かりました。つぎに通信業界のトレンドの変化によって、上記の使い分けに変化(シェアの奪い合い)が生じるのかどうか考察していきます。


3:通信業界の変化

①5G通信の開始

5Gとは?
5G(第5世代移動通信システム)とは、4Gで提供してきた高速・大容量をさらに進化させ、それに加えて低遅延、多数接続の特徴を持った通信です。
(引用)NTTドコモ

5G通信により通信か高速・大容量化すると、固定通信回線は必要なくなるのではないか?と思った人もいるのではないでしょうか。たしかに5G回線の通信速度は固定回線(FTTH)より早いのですが、現状で代替される可能性は低いといわれています。

理由① 通信可能エリアが限定的
5G通信の基地局設営の都合でどこでも利用できるわけでなく、日本全体で見ると固定通信回線の方が安定して利用できる

理由② デザリングでの通信はバッテリーへの負荷がとても大きい
5G対応スマホのデザリングでPC利用などを行うと、スマホバッテリーへの負荷がとても高く推奨されていない使い方となっています。

また月額料金や通信制限がない点でも固定通信回線に優位性があり、5G通信の開始により固定通信回線の代替が市場全体で進むことは考えにくいと思います。ただ、一人暮らしでYouTubeなど動画視聴のみのために固定通信回線を契約していた人などは、5G通信でもニーズが満たすことができるため、一部ユーザの流出は起こりうると思います。

また、一時的な作業(外出先のカフェでのPC作業等)のために、無線LAN回線の契約をしている人は、エリアにもよりますが5G通信のデザリングで代替することもできるかもしれません。しかし、通信可能エリアや安定性の観点から無線LAN回線とは満たせるニーズが異なると思うので、5G通信が他の通信に与える影響としては限定的だと思われます。

②リモート勤務等の普及
新型コロナウイルスの影響で急速にリモート勤務が急速に普及しました。リモート会議などでは通信の安定性が非常に重要になります。そのため通信が最も安定する固定通信回線の需要が高まっています。

また外出先での短時間の作業では、スマホ端末でのテザリングでも可能ではありますが、資料共有しながらの会議など通信負荷の高い作業には向いていないため、各回線の使用用途が代替されることは考えにくいです。

以上のことから、それぞれの通信回線では満たせるニーズがそれぞれ異なっているため、間接的には競合関係ですが、直接的には区分される関係性だと思います。


4:企業戦略の考察

企業の戦略を考えるためにまずは顧客の性質を考えてみます。

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こちらの図は再掲になりますが、各象限のなかでMVNOや光コラボレーションなどのサービス含め複数のサービスがシェアを取り合うような状況です。

MVNOサービスとは?
MVNOは、「Mobile Virtual Network Operator」の略称で、日本語では「仮想移動体通信事業者」。通信回線を借り受け、通信サービス料金の安い「格安SIM」を提供している事業者のことです。記事上部で開設した光コラボレーションの移動通信回線バージョンのイメージです。
(引用:NTTコミュニケーションズ

では使用目的が明確な消費者がどのようにサービス選択するのかを整理したいと思います。消費者がサービス選択をする際に、何を重視するのか?そのなかで比較検討するのか?の2つの観点で顧客を分類してみました[4]。それぞれの象限の大きさは簡易的ではありますが、顧客ボリュームと対応しています。

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・情報リテラシー(低⇔高)
購入時に比較検討するか否か場違いであると思います。多くの人は比較検討しないため、必然的に大手サービスに顧客が集中するようになります。一方で比較検討する層は、自身の目的に適した判断軸で(価格面や通信面)サービスを選択していると思います。

・価格重視⇔機能性重視
格安サービスなど価格面重視のサービスと、サポートや安定性などの機能性が充実している大手サービスの2種類に区分できると思います。


次に企業視点で考えてみます。企業はサービスが増えればその分だけ顧客が分散するので収益が上がりにくくなります。そのため1つの選択軸のなかで確実に自社サービスを利用してもらい、その先に別の軸(選択軸・使用用途)でも複合的に利用してもらえるようにしていくことが収益向上には必要です。

実際の事例
移動通信回線(LTE)におけるKDDIの事例で考えてみます。KDDIは携帯キャリア大手ですが、出資先でグループ企業であるUQコミュニケーションズは格安SIMキャリアをしてサービスを展開していきます。これにより、通信速度や安定性といった機能性重視の消費者とKDDIのサービスて、価格重視の消費者をUQコミュニケーションズのサービスで獲得でき、グループ全体で収益を高めることができるのです。


5:今後の展望

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まず市場のマス部分にあたるサービス選択時に比較検討しない層を獲得するために、マーケティングが重要になると思います。TVCMなどのマス広告であったり、SEOといったデジタル広告といったマーケティング施策によって、「安い通信なら○○」「とりあえず○○」といった思考を作っていくことが重要です。また比較検討された際にも選択されるために、サービスの明確な優位性打ち出すことが必要です。

まずは特定のセグメントで新規獲得しストック収益を構築することがまず求められます。特定のセグメントでシェアを拡大しストック収益を構築することができた後は、大手企業(KDDI)の事例で紹介したようにクロスセルでサービス単位でなくグループ全体での収益向上を図ったり、他の通信回線とのクロスセルを図り、収益を向上する戦略がとられていくと予測しています。


まとめ

本日は通信業界について業界研究をしました。今回は、それぞれの通信回線市場について詳細に掘り下げるものでなく、あくまで市場の全体観を考察した内容だと思うので、興味を持った方はよりミクロな部分まで詳細にリサーチしてみてください。

最後までお読みいただきありがとうございました!


参考資料
[1]:NTT 固定ブロードバンドサービス FTTH契約者数
[2]:光通信 決算説明会資料
[3]:総務省 固定通信市場の競争環境に関する検証について
[4]:総務省 携帯電話の料金等に関する利用者の意識調査



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