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認知バイアスとMTG

人間の脳は非常に優秀で、目に見えているもの聞こえてくる音をそのまま捉えるのではなく、適切な形で受信しようとします。
有名なもので、シミュラクラ現象というものを聞いたことがあるのではないでしょうか。名前は知らなくてもおそらく現象としては知っているか、体感しているのではないかと思います。
シミュラクラ現象とは、3つの点があるとそれを単なる図形ではなく顔の様に認識するというものです。全く知らない人でも、ボウリングの玉の画像を見ると体感できるでしょう。ただの3つの点がなんとなく顔のように見えてしまうはずです。
これは人間の脳が優秀すぎるために起こる現象です。目に見える情報の中で、社会の中で生きる人間にとって重要である他者の表情を優先的に認識するように無意識で脳が判断した結果、顔でないものも顔に見えてしまうという錯覚です。

これはあくまで「錯視」の一例ですが、今回話題にしたいのは「認知バイアス」です。
※バイアス=偏り、偏見、偏重

認知バイアスの中でも正常性バイアスは有名でしょう。災害や事故など非日常的な危険な場面に遭遇しても、自分は安全だとか、この程度なら大丈夫だと錯覚し、正確な判断や行動ができなくなる現象です。自動車免許の取得の際に習ったのを覚えている人も多いのではないでしょうか。
東日本大震災で、大きな地震が起き、警報が鳴り響く中で、何故か津波から非難しない人達の映像で見たことはないだろうか。台風の日に川の様子を見ると言って亡くなられた人のニュースを聞いたことがあるのではないだろうか。おそらく、彼らの多くはこのバイアスにかかっており、正確な危険度の判断ができていなかったものと思われます。

正常性バイアスは、過度の心理的ストレスの軽減や、日常における精神的な平穏を守るために発生する脳の防御機能であり、それ自体は優秀な機能であって悪いものではありません。ですが、本当に危険な時に、その危険を認識できなくなるという事態は避ける必要があるので、少なくともそういったバイアスが存在することを認識し、危険な状況や行うべき対応をしっかり考えておく必要があるでしょう。
防災訓練は、災害時の行動を明確にしておくことでバイアスに惑わされずに適切に行動することができるようになるために必要なイベントだと言えます。

今回は、MTGをプレイするうえで知っておきたいバイアスを紹介し、防災訓練をしようというお話です。気が向いたら、どんな名前のどんな種類のバイアスがあるのかだけでも見ていってください。

ギャンブラーの誤謬

コイントスを行った場合に表が出る確率は1/2です。何度もコイントスを繰り返していけば、表が出た割合は50%に近づいていくことになります。(大数の法則)これは、あくまで確率上は50%に近付いていくのであって、表と裏の回数が一致するというわけではありません。
裏が5回連続で出る確率は(1/2)^5なので1/32です。6回連続で裏が出る確率は1/64ですが、6回目に裏が出る確率は1/2で変わりません。「1/64の現象なんてほとんどおこらない」と考えてしまったことがある人は、このバイアスによって事実を誤認していると言って良いでしょう。
これが、MTGにおける土地を引く確率に置き換えてみます。細かい計算は省きますが、デッキ60枚中土地が20枚であり、1/3の確率で土地を引くことができるとします。5回連続で土地を引かない確率は(2/3)^5で32/243≒13%となります。6回連続となると64/729≒9%とかなり低く感じます。
ですが、5回連続で土地を引かなかった時に、じゃあ次は土地を引くだろうという考えでプレイしてはいけないということです。土地以外を引いているので少しデッキ内の土地の割合は変わっていますが、20/60(≒33%)が20/55(≒36%)になっただけで、大きくは変わりません。決して91%の確率で土地を引くわけではないので、間違っても土地を引く方にベットしてはいけません。
当然、そこまでのゲーム展開で「次のドローで土地を引かなければ勝てない」というような状況であれば土地を引く前提のプレイは正当化されますが、あくまでこれまでの確率を前提とした希望的観測に従ってはいけないということを覚えておくべきでしょう。

ハロー効果

ハロー効果とは、ある事物(集団等)を認識する際に一部の特徴に引っ張られて全体的な評価を決定してしまうことを言います。
一般的なイメージの良い、現代であれば大谷翔平のような有名人を起用して広告している商品は、その商品の良し悪しに関わらず、あたかも良いものに見えてしまいます。容姿端麗な人は、それだけで良い印象を持たれることが多くなります。
MTGにおいても、デッキの中で強烈な成功を収めたカードは、脳内に良いイメージがこびりついて、論理的に思考した場合に必要がないものであるにもかかわらずデッキから抜くことができないということは発生します。
デッキ構築だけでなくプレイにおいても、強い印象を与え、記憶の中で目立つ出来事は、全体の意思決定に非合理的な影響を与える可能性があります。「成功体験に引き摺られる」ということはよくありますが、逆に「失敗」でも同様のことは起こり得ます。
合理的で、確率に適合した判断をするためには、自身の記憶だけに頼るべきではありません。戦績のデータを集めるなど、客観的な指標を基に行動できるようにしておくと良いでしょう。

現在バイアス

現在バイアスとは、「人は目の前にある事柄を過大評価してしまう」というものです。
朝三暮四という四字熟語を知っているでしょうか?猿が目先の利益につられて騙されてしまう故事成語ですが、人間も同様に目の前の事柄を重要視してしまう傾向があります。
今貰える100万円と、10年後にもらえる110万円のどちらが良いかと聞いたとき、今貰える100万円を選択する人が多くなるそうです。
もちろん、1年あれば100万円から110万円以上の価値を生み出せると考えた結果であれば、今の100万円には1年後の110万円以上の価値があると考えることもできるでしょう。ですが、そういった前提となる思考や判断がなくても今の100万円を選択する人が多くなるというのが現在バイアスです。
これもMTGに置き換えてみると色々と状況が想像できます。例えば、手札の枚数だけを見てアドバンテージを得ているだけでは、相手への干渉がおろそかになってしまいます。序盤にドロースペルを唱えてアドバンテージを得ても、中盤に慌てて盤面を対処しようとタップアウトすると隙ができ、プレインズウォーカーなど致命的な一撃に対して無防備になります。最終的に序盤に得たアドバンテージすら失い、その間に失ったライフは戻らず負けてしまうという状況は容易に想像がつくでしょう。
目先の利益ではなく、全体を見通したゲームプランの構築が勝つためには必要です。

サンクコスト(埋没費用)

長い時間や費用をかけて進めてきた事業への投資をやめるというのは非常に勇気が要る決断です。これまでやってきたことが無駄になってしまうということが明らかな判断は心理的に強いブレーキがかかってきます。
この心理的ブレーキがあるからといって、その事業を継続することが十分な効果を挙げないにもかかわらず中止の判断をしない場合、さらに損失を増やしてしまうという状況は発生し得るのです。
総額200万円で300万円の収入を見込んでいた事業が、社会情勢の変化によりコストが増加し、これまで100万円をかけてきたが今後さらに400万円追加で計500万円が必要になったとします。今その事業をやめれば損失は100万円で済みますが、そのまま事業を完遂した場合の損失は200万円まで膨れ上がります。これまでかけた100万円を捨てた方が相対的に得になることはゲームにおいても重要な考え方です。
特にMTGのような不完全情報ゲームは、事後的な状況変化が多数発生するので、状況の変化に応じてその時点での最適解を模索し続けるのは必要不可欠と言って良いでしょう。
考えに一貫性を持つことは必要ですが、過剰に拘るべきではありません。これまでに払ったコストに縛られることなく、柔軟に思考を変化させ、的確な答えを思考し続けることこそ最も正解に近付く手段だと言えるでしょう。

誤った二分法

「この宗教を信仰して幸せになるか、信仰せずに不幸になるか」という言葉を投げかけられた場合、実際には「信仰をせずに幸せになる」と「信仰して不幸になる」という2つの見えていない選択肢があるにもかかわらず、まるで2つの選択肢しかないように錯覚してしまうことを誤った二分法などと言います。
提示された選択肢は容易に想像することができますが、提示されていない隠れた可能性については一段階思考を経てからでなければ辿り着けないので、十分な思考能力・判断能力がないとすべての選択肢を検討することができません。
すぐに見つかる間違いや選択肢だけでなく、様々な可能性を検討するためには、一人の能力では十分でないことも多いでしょう。
対戦の回数を重ねるだけでなく、自身に見えていない選択肢を手に入れるため、様々な人の意見を聞くことは、上達において良い近道であると言えるでしょう。
目に見える可能性だけで満足せず、見えない選択肢まで掘り進める能力や環境を手に入れましょう。

生存者バイアス

有名な例として、第二次世界大戦中の研究があります。
戦闘機の補強をする際に、帰還した飛行機の損傷個所を分析し、最も損傷を受けた箇所を補強しようとしたというものです。
研究の途中で、撃墜されて帰還できなかった飛行機を分析できないことから十分な分析ができていないこと、そして、損傷があっても帰還し分析できた部位よりも、被弾すると帰還できないほどの致命傷を受けると推測される、「被弾していない箇所」を急所として補強すべきだということに気付いたそうです。
一部の成功例にとらわれると、重要な点を錯誤してしまいます。
ある大会で良い成績をおさめたデッキがあったとしても、そのデッキが強いという証明にはなりません。そのデッキがどんなデッキと対戦し、どんな状況で勝利したのか。そしてその戦術が一般的に通用するのかなど的確な分析が必要となります。
目に見えた成功だけを受け止めて判断するのではなく、様々な状況を想定し、判断すべき全容をしっかりと見据えて思考をすることの重要性を認識しなければ、正しい結果に至ることはできないでしょう。



今回挙げたのはあくまで認知バイアスから一部を例示したもので、ここに挙げたもの以外でも認知に係るバイアスというものは多数あります。もちろん、MTGをプレイするなかで活用できる考え方も少なくないでしょう。
認知バイアスと言うと、認知心理学、社会心理学、行動経済学などの分野に属する考え方ですが、経済学のゲーム理論なども面白いのでちょっと覗いてみると良いかもしれません。

読書に勉強や学問と言うと少しとっつきにくい印象ですし、自分も「好きでもないのに他人にやらされるお勉強」というのは大嫌いです。
この文章が、やることは同じでも、「お勉強」ではなく遊びの中で自身の力を伸ばす「トレーニング」に楽しみを見出せるようなきっかけになったのなら欣喜雀躍。

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