時間の無い世界で、また君に会う 第12章 桜が咲く季節に
時間の存在に疑問を持つ少年「トキマ」はある日、夜道で「時間をなくしてみませんか?」と書かれた一枚の紙を見つける。
紙に偶然載っていた住所を頼りに埼玉県の川越市に行き、そこで時の鐘を鳴らすと一時的に時間を無くすことができる力を持つ一人の少女"咲季(サキ)"に出会う。
ある日、咲季と池袋で遊んだ帰りに「次の日も会おう!」と待ち合わせをするが、起きてみると時間がなくなったままで、咲季はどこにもいなかった。
━━━咲季を見つける唯一の可能性と言えるのが「時切稲荷神社」!
地元の神社の神主ジショウおじさんに時切稲荷神社について詳しく聞いた僕は、急いで岡山県に向かう。
しかし、頼りのスマホが使えなくなった僕は、ジショウおじさんから貰った古い地図を片手に歩くが、迷子になり、ついに力尽きて倒れる。
気づくと僕は暗い場所にいた。
辺りは何もない。
ただ真っ黒な世界があるのみ。
僕はとっさに「誰か!」と叫ぶ。
しかし、なんの反応もない。
真っ暗な世界を歩いてると、遠くに人が見えた。
「咲季?」僕はその人の方に向かって走り出す。
後ろ姿しか見えないが、毎日一緒にいた僕にはわかる。あれは間違いなく咲季だった。
「咲季!咲季!」と僕は走りながら声をかけるが反応がない。
追いかけているのにいつになってもたどり着かず、咲季とはどんどん離れていく。
「なんで?どうして?」僕は離れていく咲季に向かって必死に手を伸ばしたが、ついに見えなくなった。
針が止まるように僕の足が止まる。
暗闇で立ち尽くしていた僕の頭に突然何かに叩かれたような激痛が走る。
「痛っ!」と僕は目を開けると目の前には杖を持ちながら座布団に座っているおばあさんがいた。
おばあさんの後ろに本棚が見えた。
よく目を凝らすと何冊か本が置いてある。
「なんか見たことある本だな…なんだっけ…?」と僕は頭を傾げた。
よくよく辺りを見渡すと、とてもとても古い家だった。
居間には囲炉裏があり、井戸が家の中にあった。
現代じゃ考えられない様式の家だ。
「江戸時代にタイムスリップした気分…」と僕は心の中で呟く。
「あの〜、もしかして、ここは天国ですか?それとも地獄ですか?」と僕は小さな声で尋ねる。
「天国でも地獄でもないわよ!」とおばあさんは持っていた杖で僕をコツっと叩いた。
「痛ってえ〜」と僕は両手で頭をおさえる。
「あなた、ずっと咲季咲季咲季咲季言ってたわよ」とおばあさんは笑いながら話す。
あまりの恥ずかしさに僕は顔を下げた。
そしてまたコツっと僕はおばあさんに叩かれる。
「あんた、まだ諦めていないわよね?」とおばあさんは僕に言う。
「あ、当たり前じゃないですか!」と僕は顔をあげる。
「ならよろしい」とおばあさんは持ってる杖に両手を置いて笑顔を浮かべた。
おばあさんは重い腰を上げて立ち上がり、オレンジ色に輝く障子を開ける。
「眩しい」僕は手を目の上にかざしながら見上げる。
「この世界にはね。無駄なものなんて一つもないんだよ。全てに意味がある。この太陽だってそう。太陽の光は朝を教えてくれるし、植物や、もちろん人間にも生きるためのエネルギーになるんだよ。」とおばあさんは遠くを見る。
「だから諦めずに、無駄だと思わずに、歩いてみなさい!」とおばあさんは僕を見て微笑んだ。
「ありがとうございます!」と僕は立ちあがる。
「そういえばおばあさん。どこかで会ったことありましたか?なんか初めて会った気がしなくて…」と僕は首を傾げる。
「意外と世界は狭いと言うからね。どこかで会っているかもしれないね」とおばあさんは外を見る。
僕は静かに会釈をして外に出る。
歩こうとした時、ふと本棚に置いてあった本が気になった僕は後ろを振り返った。
「そういえばおばさん…!」
そこにおばあさんの姿は無かった。
「おばあさん…?」と家の中に恐る恐る入る僕。
「どういうこと…?」と僕は戸惑う。
使い終わった炭が散乱している囲炉裏。
水が全くない井戸。
そして蜘蛛の巣が張った本棚。
さっきいた家が一瞬で何百年も経ったようだった。
僕は本棚に置いてあった本を手に取る。
かぶっていたホコリを払うと時稲荷神社という文字が見えた。
僕は無我夢中で紙をめくる。
どうやら時稲荷神社に深い関わりがある人物による日記のようだった。
「誰なんだろう…?」とペラペラめくっていると最後のページにたどり着く。
最後のページを開くと、そこには一枚の古い紙が挟まっていた。
それは時稲荷神社の行き方を記した地図だった。
「あれ。これ…似てない?」
僕はポケットからジショウおじさんから貰った地図を取り出す。
僕はジショウおじさんから貰った地図と日記に挟まっていた地図を比べる。
「やっぱりそうだ!同じ地図だ!」
ジショウおじさんから貰った地図は時間による劣化で所々が薄くなっていたが、日記に挟まっていた地図は鮮明なままだった。
僕は日記に挟まっていた地図を凝視する。
「あ!」僕は一つのことに気づく。
ジショウおじさんから貰った地図の薄くなったところには、元々一つの家が描かれていたのだ。
日記に挟まっていた鮮明な地図と比べないと気づかないことだった。
「この家って…」と僕は外に出て、地図と家を重ねてみた。
「やっぱり!」
その地図に描かれている家はまさにこの古い家だったのだ。
「つまり、時切稲荷神社はこの家の前の道を進んだ先か!」
僕は誰もいない家に向かって静かにお辞儀をする。
一抹の時が流れた後、頭をあげた僕は歩き始めた。
急な山道に差し掛かる。
体力の限界をとうに超えていた僕の足は重かった。
「あと少し…!あと少し…!」僕は一歩一歩足を進める。
しばらくして、周りを見る余裕のなかった僕は足元の木の根に気付かず、つまずいて倒れた。
「痛てて…」と足についた土をどける僕。
顔をあげた僕は目を疑った。
目と鼻の先に赤い鳥居があったのである。
僕は立ち上がり、赤い鳥居を目指して馬車馬のようにまっすぐ駆け抜けた。
足が絡まり、転ぶ。
転んでは立ち上がり、また走る。
ただまっすぐ前を見つめて走った。
この時僕は不思議と疲れを忘れていた。
顔中に土ボコリが付きながら、僕は赤い鳥居の前にたどり着く。
赤い鳥居を潜り抜けた先に待っていたのは紛れもなく時切稲荷神社だった。
僕はいつの間には時切稲荷神社に着いていたのである。
息を整えて最後の赤い鳥居を潜り、拝殿の前に立つ。
僕は静かに鈴緒を持った。
「とっきりさま。どうか咲季を見つけてください!」
そう祈りながら僕は金を鳴らした。
静かな山に鐘の音が鳴り響く。
僕は顔を下げて手を合わせて心の中で何度も何度も祈った。
しかし、何も起こらなかった。
僕は静かに鈴緒から手を離す。
僕は顔をあげる。
ここで祈ったところで咲季が帰ってこないのは分かっていた。
ただ祈ることに意味があると信じてここまで来たのだ。
そう自分に言い聞かせていた僕の拳はなぜか強く握られていた。
「いつか必ず…!」そう言って振り返ろうとした瞬間、強い風が吹く。
風に運ばれた一枚のピンクの花びらが僕の足元にひらひらと落ちる。
「なんだこれ…」と僕はしゃがんで花びらを拾う。
それは桜の花びらだった。
驚いた僕は辺りを見渡す。
そこには一面に溢れんばかりの桜が咲き、桜の木々の間から太陽の光がこぼれていた。
あまりの景色に僕はいつの間にか立ち上がっていた。
「もう春だったのか…」
上を向く僕の目から滴が落ちる。
滴は透き通った桜色をしていた。
ずっと周りが見えていなかった僕は、ここで初めて桜が咲いていること、今が春であることに気付いた。
綺麗な桜に見惚れて立ち尽くしていると、「トキマ!」と懐かしく、そして聞き覚えのある声がした。
横を向くと、そこには咲季が立っていた。
「咲季!」
僕は走って咲季に抱きつく。
「どこ行ってたんだよ。バカ!」
僕の目からはポロポロと大きい雨粒が流れていた。
「私。信じてたよ!トキマならここに必ず来てくれるって!」と咲季は涙を拭いながら微笑んだ。
「約束した待ち合わせ場所と全然違うじゃねぇか!」と僕も涙を拭いながら微笑んだ。
━━━桜が咲く季節に僕らはまた出会えた。
僕はここに来るまでのことを思い返していた。
タクシーのおじさんが言っていた「自分が正義だと思っていることは他人からしたら悪」という言葉とともに偶然見つけた、閉店していた時計屋さんを思い出す。
僕らが知らないだけで、あのように時間がなくなって困っている人がたくさんいるということを実感した。
一方で時間が無くなってもあまり困っていない人たちの姿も思い出した。
経験を生かして運転する電車の運転手。
腹時計でお昼時を把握するサラリーマンたち。
時間を気にせず楽しむ農家のおじいさんとおばあさん。
彼らはみんな時間が無い世界で無いなりに生きていたことを実感した。
そして、杖のおばあさんの言っていた「無駄なものなんて一つもない。全てに意味がある」という言葉。
今彼女に再び出会えた僕は諦めずに歩き続けた意味があったと実感した。
僕は色んなことを見て学んで成長し、一つの答えにたどり着く。
時間は人を縛るものでいらないものだと思っていたけど、そうじゃなかった。
時間を活かすか、時間に活かされるかはその人次第なんだと。
そして何より一番大切なこと…。
それは、時間はあると便利な時があるということ。
電車を待つ時。
それから…
誰かに会いたい時。
桜が踊る山に時計の針を刻む音が静かに響き渡った。
ー数年後。
「ドアが閉まります。ご注意ください!ドアが閉まります。ご注意ください!」と電車の出発アナウンスがホームに鳴り響く。
僕はドアが閉まる瞬間、忍びのように電車に飛び込んだ。
「あぶねぇ…」と息を整えながら時計を見る。
「10時か。走れば間に合うな!」
ドアが開き、僕は電車から飛び出す。
腕を大きく振りながら僕は全力で走る。
「ごめん!お待たせ!」と僕はセーフのポーズを取る。
「全然セーフじゃないよ!10時半に集合って言ったじゃん!」と頬を膨らませる彼女。
「ま、まぁ俺って江戸時代の人だからさ。時間にルーズっていうか?」と頭をかきながらチラッと時計を覗く。
時間は10時50分だった。
「あとでスイートポテトおごるから許して!この通り!」と僕は手を合わせて謝る。
「じゃあ、あとでスイートポテトと芋のアイスクリームね!」とそっぽを向きながらも笑っている彼女。
二人は美味しそうな匂いがするお店に入り、席に座る。
「「おじさん!いつもの!」」
〜終わり〜
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