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【犬の短篇9】とってこーい その2


とってこーい。

拾った木の枝を、おもいきり放り投げた。


ちょうど鉛筆ぐらいの長さのそれは、音を立てず吸い込まれるように草むらに消えた。

コタロウが興奮気味にしっぽを振りながら、その行方を追いかけ飛び込んでいく。

愛犬の帰りを待つあいだ、私はあらためてまわりの風景を眺めた。

本当に気持ちいい場所だなあ。

広々とした森林公園は、緑と光にあふれていた。

しかし、休日にも関わらず、ほとんど人影が見当たらない。

混んでいたら嫌だなと思っていたが、ここまで空いているのも少し気持ち悪い。

仕方ないか。

あんなことが起きた直後だから。


そんなことを考えているうちに、コタロウが意気揚々と帰ってきた。

口にくわえた戦利品を、誇らしげに私の前にポトリと落とす。

拾おうと手を伸ばしたが、反射的にその手を引っ込めた。

なんだこれ。

おそるおそるつまみ上げたそれは、コタロウの涎でじっとりと湿っている。

私は気味が悪くなり、すぐにそれを足元に捨てた。

飼い主の気も知らず、コタロウがまた投げてくれと全身全霊で催促してくる。

私はしかたなく、さっきより少し大きな枝を拾い、草むらに投げた。

とってこーい。


さっきのあれは何だったんだ。

大きさや形は、私が投げた枝とそっくりだった。

でも、明らかに、白かった。

コタロウが帰ってきた。

さっきと同じように、くわえてきたものを私の前に落とす。

なんだこれ。またか。

私が投げた少し大きめの枝とよく似ている。

でも、白い。

これは、あの。

頭に浮かんだ想像を、私は慌ててかき消した。

こんなもの、どこにあったんだよ。

私は草むらに入ると、コタロウが拾ってきたあたりを歩き回って探した。

しかし、それらしきものは何も見つからなかった。

コタロウはまだまだ投げて欲しくて、全身でアピールしている。

もうやめようよ。

ふと、何気なく足元を見ると、弓のように湾曲した細長い枝が落ちていた。

ちょうど、人間の子どものあばら骨みたいだ。

とってこーい。

気がつくと私は、その枝を投げていた。

これを投げたらどんなものが返ってくるのか。

自分の中からむくむくと湧き出てくる好奇心を抑えられなかった。

荒い息遣いが聞こえて顔を上げると、コタロウが目の前に座ってこちらを見上げている。

そして、くわえていたものを地面に落とした。

からん。

数日前、この公園で、男の子が行方不明になった。

大規模な捜索が行われたが、まだ見つかっていなかった。

コタロウ、もう帰ろう。

私が逃げるように帰り支度をしていると、コタロウが何かをくわえてこっちを見ている。

ボールだ。

その大きさは、ちょうど子どもの頭くらいだった。

とってこーい。

もう少しすれば、コタロウは荒い息を吐きながら戻ってくるだろう。

そして涎のついたそれを、私の前に転がすだろう。

私は、他人事のように冷静な自分に少し驚いていた。

そして、ぼんやりと心の中でつぶやいた。

あれって本当なんだなあ。

犯人が現場に戻るというのは。

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