ショート山田

無駄を削ぎ落とした短いストーリーが好きです。短篇集を出版するのが今の夢です。

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最近の記事

【犬の短篇11】とってこーい その3

とってこーい。 軽く投げただけなのに、四十肩が痛む。 俺が投げたゴムボールを追いかけて、バースがしっぽを振りながら草むらに飛び込んでいく。 ガキの頃はこの河川敷で、毎日のように野球をして遊んだ。 親父が熱狂的な阪神ファンだった影響で、タイガースの選手になるのがずっと夢だった。 高校の野球部では、2年からエースピッチャーになった。 プロになることを、本気で考え始めた。 俺の同世代には、藤川球児がいた。 高校の頃、俺は一度だけ、藤川が練習試合で投げるのを見たことがあっ

    • 【犬の短篇10】「待て」

      「すいません!やっぱりやめます!」 裸足のまま玄関を飛び出した杏奈は、粗大ゴミの回収作業員に向かって叫んだ。 今まさに積み込もうとしていた作業員は動きを止めると、苛立ちの表情で杏奈をにらんだ。 「……また?」 「はい」 「あのさあ。いい加減にしてくれる?」 「すいません」 作業員は乱暴にトラックのドアを閉めると、怒りをアクセルペダルにぶつけながら帰って行った。 杏奈の前には、薄汚れた犬小屋だけが残った。 10年前の秋。 中学生だった杏奈は両親を説得し、一匹の保護

      • 【犬の短篇9】とってこーい その2

        とってこーい。 拾った木の枝を、おもいきり放り投げた。 ちょうど鉛筆ぐらいの長さのそれは、音を立てず吸い込まれるように草むらに消えた。 コタロウが興奮気味にしっぽを振りながら、その行方を追いかけ飛び込んでいく。 愛犬の帰りを待つあいだ、私はあらためてまわりの風景を眺めた。 本当に気持ちいい場所だなあ。 広々とした森林公園は、緑と光にあふれていた。 しかし、休日にも関わらず、ほとんど人影が見当たらない。 混んでいたら嫌だなと思っていたが、ここまで空いているのも少

        • 【犬の短篇8】ジャスミンとタワシ

          犬は、見分けがつかない。 犬種も毛の色も体格も同じなら、飼い主でさえ見分けるのは難しい時がある。 だから、こんなことが起きても不思議ではないのだ。 ジャスミンは、ふかふかのベッドで気持ちよさそうに寝返りをうった。 ジャスミンは茶色い毛のトイプードルで、平均的な大きさの成犬。 ジャスミンの飼い主は、わかりやすく金持ち。 仕事が忙しくほとんど家にいないが、ジャスミンにあらゆるものを与えてくれる。 家は、広い庭のある豪邸。 ジャスミン専用の部屋があり、広いベッドと風呂を

        【犬の短篇11】とってこーい その3

          【犬の短篇7】とってこーい その1

          「とってこーい」 老人が投げたボールは、怠惰な放物線を描いて公園の茂みに消えた。 それを追って、犬が一直線に茂みに飛びこんでいく。 ったく、ワンコは楽でいいねぇ。 なんも考えずボールだけ追っかけてりゃいいんだから。 老人は人生に疲れていた。 妻は、彼の定年退職を待ちわびていたように、家を出て行った。 金の切れ目が縁の切れ目か。 俺は結局、あいつの気持ちなんて何もわかってなかったんだな。 老人には、冷たく笑うことしかできなかった。 犬が帰ってきた。 くわえているものを

          【犬の短篇7】とってこーい その1

          【犬の短篇6】Mワン!グランプリ

          「ワンっ」 「ワンワン」 「ワンワ〜ン」 「ワンワンっワ〜ン」 「ワオーン」 「ワンワンっワ〜ン」 「ワン」 「ワンワンワ〜ン」 「ワンワ〜ン?」 「ワンワンワ〜ンっ」 「ワンワ〜ン!」 「ワンワンワ〜ンワンワンワンワン」 「ワン!ワン!ワ〜ン」 「ワンワンワ〜ン」 「ワンワ〜ン!?」 「ワンワンワ〜ン?」 「ワンワ〜ン!!」 「ワンワンワ〜ン!ワンワン!ワンワンっワン!?」 「ワン!ワンワ〜ン!!」 「ワン!ワンワ〜ン!!」 「ワン!

          【犬の短篇6】Mワン!グランプリ

          【犬の短篇5】刑事とチワワ

          ひとりの子どもが誘拐された。 「身代金の受け渡し場所に警察を一人でも見つけたら、この子の命は無いと思え」 犯行グループは警告してきた。 捜査の責任者である本部長は、焦燥した顔で部下に命じた。 「あいつを呼んでくれ」 その日。 ひとりの男が公園にやってきた。 のどかな昼下がりに似合わない鋭い眼光。 彼は超腕利きのエリート刑事だ。 何も知らずに笑い合う家族づれを眺めながら、刑事は思った。 今回は、かなり厄介だ。 こういう広い公園は、警備が難しい。 できれば私服警官を配

          【犬の短篇5】刑事とチワワ

          【犬の短篇4】究極の犬小屋

          金に糸目はつけない。 私の愛犬のために、 究極の犬小屋を作ってほしい。 ある大富豪が、そんな募集を発表した。 優勝者にとんでもない額の賞金を約束したことで、応募が殺到。 審査委員会による選考の結果、 最終的に4人のアイディアが選ばれ、 実物を作って最終審査が行われることになった。 最後に優勝者を決めるのは、大富豪の愛犬だ。 大富豪の豪邸の広大な庭。 4人の応募者と4つの犬小屋が横に並んでいる。 犬小屋の正体は、白い布で隠されている。 目の前の椅子に座り、満足げな表情を浮か

          【犬の短篇4】究極の犬小屋

          【犬の短篇3】犬の絶滅

          2024年、トイプードルが絶滅した。 科学者は、犬だけが死に至る謎のウィルスが原因だと発表した。 2025年、ミニチュアダックスが絶滅した。 経済学者は、ペット市場に与える多大な被害を予測した。 2027年、ゴールデンレトリバーが絶滅した。 政治家は、敵対国の陰謀だと非難し合った。 2028年、チワワが絶滅した。 医者は、ペットロスが引き起こす心理不安を懸念した。 2031年、パグが絶滅した。 アーティストは、犬を愛する歌を作って熱唱した。 2033年、柴

          【犬の短篇3】犬の絶滅

          【犬の短篇2】指輪と首輪

          男と女が出会ったのは、散歩中だった。 すれ違った瞬間、 二人が連れていた犬どうしが吠え合った。 それをきっかけに、簡単な会話を交わした。 男と女は思った。 またこの人と会いたい。 男と女は、なるべくすれ違えるように 散歩のコースや時間を選ぶようになった。 そして、すれ違うたびに笑顔で挨拶を交わした。 男と女は連絡先を交換し、 待ち合わせて一緒に散歩するようになった。 ただ並んで歩くだけで楽しかった。 一緒に散歩する日が月に一度から 週に一度になり、毎日になった。 男と

          【犬の短篇2】指輪と首輪

          【犬の短篇1】散歩教習所

          なま温かい爆弾をゆっくりとつかみあげた。 ビニール手袋をはめた指先が小刻みに震える。 大丈夫。 あと少しだ。 茶色い危険物を、もう片方の手に持つ袋へ慎重に移動させる。 よし、爆弾処理完了。 そう思った瞬間だった。 ワウ! それまでおとなしく座っていた犬が立ち上がり、 何かの音に反応して勢いよく吠えた。 急にリードを引っ張られ、私はバランスを崩してしまう。 まずい。 柔らかい爆弾が、スローモーションで目の前のアスファルトに落ちる。 べちゃり。 「排泄物の始末

          【犬の短篇1】散歩教習所