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【犬の短篇11】とってこーい その3


とってこーい。

軽く投げただけなのに、四十肩が痛む。

俺が投げたゴムボールを追いかけて、バースがしっぽを振りながら草むらに飛び込んでいく。

ガキの頃はこの河川敷で、毎日のように野球をして遊んだ。
親父が熱狂的な阪神ファンだった影響で、タイガースの選手になるのがずっと夢だった。

高校の野球部では、2年からエースピッチャーになった。
プロになることを、本気で考え始めた。

俺の同世代には、藤川球児がいた。

高校の頃、俺は一度だけ、藤川が練習試合で投げるのを見たことがあった。

自分と同じ高校生が、こんな球を投げるのか。
こういうやつがプロになるんだな。

俺はあいつの球を見て、プロになる夢を諦めた。

高校卒業後、俺は地元の会社に就職し、社内結婚して二人の子に恵まれた。
平凡だが、幸せな人生だ。

藤川球児は阪神タイガースに入り、火の玉ストレートを武器に活躍した。
背番号22は、タイガースの準永久欠番になった。

あの時の俺の選択は、間違っていなかったと思う。
俺はどう転んでもプロになれるような選手ではなかった。

でも、あれ以来ずっと、俺の中には見えない「しこり」のようなものが残った。

それは、夢から逃げた後悔だった。

あの時、どうしてプロになるのを諦めてしまったんだ。
真っ向勝負して、砕け散ればよかったじゃないか。

そして今、俺はまた逃げようとしている。

会社の同僚から、一緒に起業しないかと誘われた。
信頼できる男だ。
やりがいもありそうだ。
でも、俺には家族がいる。
生活がある。
起業なんて、もっとデキるやつがやることじゃないのか。
俺なんかじゃ無理だ。

そんなことをぼんやり考えていたら、ボールをくわえてバースが帰ってきた。

あれ?

ボールを手に取る。

俺のボールじゃない。

野球の硬球だ。
何やら表面に書かれている。

サインボールのようだ。

足元ではバースが、早く投げてくれよと催促している。

しかしその時俺は、ボールに書かれている文字に釘付けになっていた。

サインの脇に小さく書かれた「Tigers」の文字。

そして、その横の数字、「22」。

藤川球児だ。

まさか。

こんなところに藤川のサインボールが落ちているなんて、ふつうに考えてありえない。

でも俺は、そのボールを見て、触れて、直感的に確信した。

これは本物だ。

俺は思った。

このボールは、俺へのメッセージだ。

逃げるな。

直球勝負をしろ。

藤川のように。



俺は気がつくと、会社の同僚に電話をかけていた。

片方の手に、硬いボールを握りしめながら。


足元では、なんで投げてくれないんだよと、バースがむくれて丸くなっていた。

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