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製造業は必ずサービス化を目指すべき?

なぜ製造業がサービス化を目指すべきなのか、納得感のある説明はないのでは

ここ何年か、製造業はサービス化を目指すべきだと言われています。しかしその理由に関して、どうも納得感を欠くのではないでしょうか。

よく流通している説明は「もはやモノでは差異化できないから」というものでしょう。ではサービスなら差異化できるのでしょうか? 一般的にサービス業は製造業よりも参入障壁が低く、競争優位性を出すのが難しいため、単純なサービスビジネスではむしろ差異化には苦労する可能性が高いです。ですから、もう少し真剣に考えてみる必要がありそうです。


アンゾフマトリックスで考えてみる

いまモノを売っている会社が何らかのサービスビジネスに参入する場合には、いま自社にない何か (=広義の新規製品) を提供するという点で、アンゾフの成長マトリクスでいう右側のどちらかになります。一足飛びに右下の「多角化」に行くのが難しいとすれば、右上の「新製品開発」、つまり既存市場に対して新たなものを提供するという形が自然でしょう。

アンゾフの成長マトリックス

そもそも、既存市場に既存製品を提供している左上の現状で満足ならば、成長戦略を考える必要はありません。しかし個々の製品にはライフサイクル上の限界があり、絶えず新しい開発をする必要があります。つまり、日常的に右側に少し進み、その製品が定着して左側に吸収されると、また新たに右側を目指して製品開発を行うという活動を繰り返し行っています。

ですから、既存顧客に対して新製品を投入する代わりに新サービスを展開することは、戦略上はごく普通の発想です。では新しいモノより新しいコトの方が相応しい理由はあるのでしょうか。一般論として答えられる問いではないかもしれないが、頑張って考えてみましょう。


サービス・ドミナント・ロジックで考えてみる

サービス・ドミナント・ロジックの視点で考えると、製品というのはサービスの一形態であり、価値は顧客が利用してはじめて生み出されます。逆に言えば、顧客が価値を感じる限りにおいて、モノやコトといった形態にこだわる必要はありません。つまりサービス・ドミナント・ロジックからは、広義のサービスを中心に考えるべきとは言えるものの、特定のビジネスに関して製品よりサービスを強く勧める理由は導き出せません。


アンゾフマトリックスに戻ってみても答えは見つからない

ではアンゾフマトリックスに戻って、多角化を目指すのはどうでしょう。新しい製品を投入するより、サービスを投入した方が将来の市場に広がりがあるのでしょうか? 右上を経由して右下を目指す場合に、サービス化の方が有利なのでしょうか? 必ずしもそうとは言えません。製品にせよサービスにせよ、特定の状況で大きな価値を生んでいるとしても、新しい市場で同様の価値を感じてもらうのは容易ではないからです。むしろ汎用製品の方が単純な分だけ簡単に新市場に浸透しやすい一方で、文脈依存性の高いサービスビジネスは、意味の読み替えなしに新しいマーケットを見つけるのは難しいでしょう。

このように、サービスビジネス化はトップダウンの大きな戦略から直ちに正当化されるものではないように見えます。むしろ、サービスは本質的に顧客の利用で初めて価値が生じる、その点に注目してみましょう。すなわちボトムアップの、微視的な観点から出発すべきではないでしょうか。


顧客の場で生じる価値に注目する

モノからコトへ進むその意味は、顧客の場所で生じる価値に着目することです。ビジネス的に言うなら、顧客に自社の提供する価値を認識してもらうことです。顧客に価値を感じてもらえるからこそ、新しい製品やサービスが受け容れられ、繰り返し購入され、自社の未来に期待してもらえます。それを目的としたときに、モノだけを提供するよりも手段を広げて考える、それがコトを考慮する意味です。言い換えるなら、サービス化というのは、問題解決であり、提案であり、ブランディングなのです。

それだけではありません。顧客の問題に深く分け入って価値の創造を目指すとき、おそらくは自社が提供するものの再定義が行われます。先ほど「意味の読み替えなしに新しいマーケットを見つけるのは難しい」と述べましたが、まさにそれが行われる可能性があるということです。アンゾフマトリックスで言うなら、下側への力です。

ここで言う新しいマーケットとは、デモグラフィックとか地理とかを指す訳ではありません。自社の製品が顧客において果たす役割を本質的に捉え直すことで、従来は想像もしなかった顧客が浮上することを意味します。サービス・ドミナント・ロジックとは、製品もサービスの文脈から理解することでした。その思考過程を経ることが重要なのであって、実際にサービス業を始めることそのものが重要な訳ではないのです。


サービス単独提供ではなく、製品との組み合わせを考える

さて、とはいえ実際にサービスビジネス化に着手しようと思うと、様々な困難に遭遇します。例えばケイパビリティをバーニーのVRIOで考えるなら、価値 (Value) は考えられるにせよ、独占している資源 (Rarity) もありませんし、模倣困難性 (Inimitability) もないでしょう。サービス提供に即した組織 (Organization) でもないと思います。ですから単独でのサービスビジネスを考えてはいけません。そうではなくて、既存のビジネスのサービス化、しかも先日述べたような、モノとコトが補い合う Product-Service System を考えねばならないのです。既存製品と関連させることで資源や模倣困難性を確保し、ビジネスの実装や遂行は外部のパートナーの力も借りて進める。(強みの根拠が自社になければ、その事業は外部依存になってしまうことに注意しつつ) 顧客視点でビジネスをデザインする。そうしない限り、モノとコトは無秩序に提供され、製造業がサービス化する意義は見出せなくなってしまうでしょう。


重要なのは顧客の場での価値創造。サービス化は手段であり、思考の軸

ここまで読めば、実は過激なことを言っていないのはお分かりになると思います。重要なのは既存事業の提供価値の再定義であり、顧客を中心としたビジネスのデザインであって、大規模なM&Aやリストラではありません。必要なのは従来のビジネスを疑う姿勢、多様な価値観を有する人々との議論、そして何より顧客の場における価値想像への熱意なのです。

初めに「なぜ製造業はサービス化を目指すべきなのか」という問いを発しました。答えは、「あなたの製品には、もっと価値があるかもしれないから」です。その価値を最大化するために、思考の軸にサービスを置いてみることが、コト化という提案の真意であると思っています。

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