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【おしえて!キャプテン】#21  ブルース・ウェイン以外のバットマンが活躍する作品って?/本国のアメコミの解説事情を教えて!

キャプテンYことアメコミ翻訳者・ライターの吉川悠さんによる連載コラム。今回は、ひさしぶりにnote読者の方からいただいたご質問に答えていただきました。
「ブルース・ウェイン以外がバットマンとして活躍するエピソードを教えて!」「本国のアメコミ読者は解説なしでどうしてるの?」の2本立てでお送りします!

Q. ブルース・ウェイン以外がバットマンとして活躍するエピソードを教えて!

連載コラム21回目です。今回は頂いた質問の中からピックアップして回答していこうと思います。

「ブルース・ウェイン以外のバットマンが活躍するエピソード」とのことですが、ご質問で例示されているような『バットマン:スーパーヘヴィ』から活躍するジェームズ・ゴードンのバットマンや、『バットマン:バトル・フォー・ザ・カウル』から『バットマン&ロビン』『バットマン:ブラック・ミラー』と活躍するディック・グレイソンのバットマン、そしてジャン=ポール・ヴァレー(アズラエル)テリー・マクギネス(アニメ『バットマン・ザ・フューチャー』)、『バットマン・インコーポレイテッド』シリーズに登場する世界各国のバットマンなどがやはり有名なところでしょうか。

『バットマン:スーパーヘヴィ』
(スコット・スナイダー、ブライアン・アザレロ作/グレッグ・カプロ他画)

ジョーカーとの決戦後、姿を消したバットマン。ダークナイトの再臨を望む声が高まるなか、ジム・ゴードン本部長は、新たなバットマンになることを決意する。
『バットマン:バトル・フォー・ザ・カウル』
(トニー・S・ダニエル作・画)

『バットマン:R.I.P.』で闇の騎士バットマンが姿を消した後、街は混乱に陥っていた。すぐにでもバットマンのカウルを纏った後継者がゴッサムシティを守らなければ、この街は犯罪者たちの手に落ちてしまう……。はたして“バットマン"の後継者になるべきは誰なのか!? 二代目バットマンが活躍する『バットマン&ロビン』へと繋がる重要作品
『バットマン:インコーポレイテッド』
(グラント・モリソン作/ヤニック・パケット他画)

死から蘇ったブルース・ウェインは、“バットマン”というシンボルのもと世界中のヒーローを独自に組織化することを決意。世界中から新たな“バットマン"をスカウトするため、ゴッサムから世界へと旅立つ。

最近ですと、『アイ・アム・バットマン』シリーズでニューヨークで活動するジェイス・フォックスの名も挙げられそうです。より地に足ついた活動を目指す新バットマンですね。

『I Am Batman (2021-)』Vol. 1

せっかくなので、もっと珍しい例はないか……といくつか見つけたものをご紹介したいと思います。

暴走っぷりが激しいベイン版バットマン

個人的に好きなイレギュラーバットマンが登場するのは『フォーエバー・イービル(The New52!)』のタイイン作品『フォーエバー・イービル:アーカム・ウォー』です。

「フォーエバー・イービル」事件でバットマンが活動不能になっていたあいだ、ベインが勝手にバットマンを名乗り、タロンをサイドキックにしてゴッサムで暴れ回る話で、その暴走ぶりには大笑いしました。

『Forever Evil: Arkham War (2013-2014)』

クリプトン星最後の息子バットマン

DCの非正史世界、エルスワールドにも何か面白い例があるのではと思っていたところ、マクファーレン・トイズ社から、1993年の『スーパーマン:スピーディング・バレット』に登場するバットマンのフィギュアがリリースされるという情報を見つけました。

『Superman: Speeding Bullets (1993)』#1 (DC Elseworlds)

このバットマンですが、正体はウェイン夫妻によって拾われたクリプトン最後の息子カル=エル、ただし地球での名前がブルース・ウェインなのです。ブルース・ウェインのバットマンだけどブルース・ウェインではないというなかなか特殊な例。読んでみると、ケント夫妻に匹敵するウェイン夫妻の善性や、スーパーマンがバットマン的なトラウマに囚われたらどうなるのかを描く、非常に興味深い内容でした。

マルチバースのバットマン

「スパイダーバース」ほどの規模ではないものの、マルチバースのバットマンが集合した例として『バットマン:メタル』も挙げられます。

『バットマン・メタル』
(スコット・スナイダー作/グレッグ・カプロ他画)

闇のバットマンが支配するダーク・マルチバースの脅威にジャスティス・リーグが立ち向かう2017年のクロスオーバーイベント。

『ダークナイト・リターンズ』の老バットマン『バットマン:ゴッサム・バイ・ガスライト』のインバネスコートのバットマン『スーパーマン:レッド・サン』に登場したロシアのバットマン『バットマン&ドラキュラ:レッド・レイン』の吸血鬼バットマンが登場しています。(ちなみに、次元航行船ウルティマ・スーリが登場していることから、このシーンは『ファイナル・クライシス』(ヴィレッジブックス刊)のクライマックスシーンへのオマージュと考えられます)

しかし、ここで登場するマルチバースのバットマンの正体は、そのほとんどがブルース・ウェインのバリエーションです。バットマン=ブルース・ウェインの神話が根強いからこそ、正史でそれを外すことのインパクトが、より強くなるのかもしれません。

Q. 本国のアメコミ読者は解説なしでどうしてるの?

※編集部注:質問が途中で途切れてしまっていますが、「本国の読者は解説なしにどうやって内容を理解しているの?」というご質問であると解釈して回答させていただきます。

自分も「本国の読者」の立場になったことがないので想像でお答えするしかないんですが、そもそも本国のアメコミに解説がついていない大きな要因としては、2つあるのではないかと思ってます。

まず第一に、出版社の側も解説がなければ読めないようなものは、ほぼ出版していないことが挙げられます。例えば自分の場合は、知らないキャラクターが本編に登場したとしても、「なんか知らない奴出てきたけど、こいつは頭からビームが出てアイアンマンと因縁がある悪いやつなんだな。とりあえずそのまま読もう」と読み進めるだけだったりします。そして、そういうキャラについて、過去の詳細な因縁まで把握してる必要って実はあまりないのです。必要なら作中で言及してくれるので。

2018年の『アイアンマン』#1に登場したユニコーン。頭からビームが出て、アイアンマンと因縁があるらしいことはこの話だけでもわかる。こんなヴィランでも、『オフィシャル・ハンドブック・オブ・ザ・マーベル・ユニバース』では2ページいっぱいに渡って過去の歴史が書かれているが、ストーリーを読み進める上では必要ない。

そしてもう一つは、多くの読者は邦訳コミックの解説に書かれているような細かいところまで気にしてないんじゃないかと思ってます。たとえば『ヤング・アベンジャーズ:サイドキックス』の本国のレビューを読んでみても、自分が解説に書いている「このコマの背景のこのシーンは1992年の『アベンジャーズ・アニュアル』#21から引用している……」というような細かいところまで気にしているものは見られませんでした。

1枚目は『ヤング・アベンジャーズ:サイドキックス』のシーンより。金髪の女性は、カーンの恋人ラヴォンナ・レンスレイヤーだろうか?と目星をつけてから、カーンとラヴォンナとソー(エリック・マスターソン)が同時に登場している号をつきとめ、2~3枚目の『アベンジャーズ・アニュアル』#21からのシーンが元ネタであることを割り出した。だが物語としては、カーンがアベンジャーズに対して敗北を繰り返して来たことがわかればいい。

有志による解説サイト

一方で、アラン・ムーアやグラント・モリソンのようにハイコンテクストな作家のコミックスの場合、作品名に“Annotation”をつけて検索すると、有志が作った注釈・元ネタ追求サイトが出てきたりします。ものによっては、読む自分の方に教養が足りなくて、かなりたじろぐようなものまであります。

また、作品名やキャラクター名に“reading order”をつけて検索すると、これまた有志が作った「どこからなにを読むか?」といったことを説明するサイトが出てきます。場合によっては、このような広告やアフィリエイトによって運営されているファンサイトを情報源とする本国の読者もいるんじゃないかと推測できます。

有志によるヒーローコミックスのデータベースとしては、「The Appendix to the Handbook of the Marvel Universe」「The Marvel Chronology Project」のような資料サイトがあります。

どちらも複数のマニアが何年にもわたって寄稿しており、圧倒されるような情報量が集積されています。DCでも似たようなサイトがないか探してみたところ、「The Batman Chronology Project」というバットマンの時系列を全て整理しようとしているサイトが見つかりました。

どれも膨大すぎるため、調べる用事がないときに開いても、5秒くらいでそっとブラウザを閉じてしまいますが、こうしたサイトがあるおかげで、調べものがあるときに、どのコミックを読めばいいかの目星がつくわけです。

関係者インタビューや専門出版社

上記に挙げたようなマニアによるサイトだけではなく、最新タイトルのクリエイターへのインタビューなどが掲載されているような一般的な情報サイトももちろんあります。

自分がよくお世話になるのはコミックに関する都市伝説を検証するcbr.comのコラム「Comic Book Legends Revealed」です。非常に興味深い逸話がいろいろと検証されています。

さらに自分が解説を書く際にしばしば参考にするのはTwo-Morrow Publishing社の出版物です。関係者へのインタビューやキャラクターの歴史などをまとめた雑誌や書籍を出している出版社で、非常に有用な資料が多いです。ただ、こうした本を本国の一般的な読者が買っているかというと、おそらくごく少数なのではないかと思われます。

Two Morrow社のメイン雑誌の一つ、『バックイシュー!』誌。主に70年代から80年代のコミックスを扱う。他にはゴールデンエイジ、シルバーエイジを扱う『オルター・エゴ』や、ジャック・カービーに関することをなんでも扱う『ジャック・カービー・コレクター』誌などを刊行している。

そもそも解説の需要があまりない?

ちなみに、数は少ないのですが、最近では作品によっては出版社が解説をつけている例もあります。2017年にはDCが注釈つき『ウォッチメン』を出版してますし、マーベルからは、2019年に『マーベルズ』に解説と新規描き起こしのエピローグ編をまとめた『マーベルズ 25thアニバーサリー(マーベルズ・アノーテッド)』が出版されています。ただ、やはり例としては少ないので、本国では解説にそれほど需要はなさそうですね。

『Watchmen: The Annotated Edition』
『Marvels 25th Anniversary (Marvels Annotated)』

あくまでも推測の結論ですが、英語圏でも、深掘りして解説している人は多くいるし、探せば集積された莫大な情報が見つかります。けれど、大多数の読者が解説を欲しているかは別の話……ということではないでしょうか。

また、アメリカでは、ヒーローコミックスを販売しているのは主にコミックス専門店なので、知りたいことがあれば、ストアスタッフから案内や説明を受けられる、という可能性もあります(日本でもアメリカンコミック専門店なら案内してくれるスタッフがいることもあります)。

住んでいる国や言語が違うと、見えている世界が全く変わります。日本国内でコミックをいくら読んでも、パソコンの前にいくら座っていても、見えてこない世界があると年々痛感するばかりです。

引き続き、質問やリクエストなどお待ちしております!

質問募集!

『おしえて!キャプテン』では、取り上げてほしいテーマや解説についてのリクエストを募集します! 以下サービス「Peing」よりお気軽にお送りください。いただいた質問は記事内にて紹介させていただきます。
※すべての質問にお答えすることはできない可能性があります。

今回ご紹介した本

◆筆者プロフィール
吉川 悠
翻訳家、ライター。アメコミ関連の記事執筆を行いながらコミック及びアナログゲーム翻訳を手がける。訳書近刊に『コズミック・ゴーストライダー:ベビーサノス・マスト・ダイ』『スパイダーマン:スパイダーアイランド』(いずれも小社刊)など。Twitterでは「キャプテンY」の名義で活動中(ID:@Captain_Y1)。