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『Olivier』  〜1993年 フランス人の男〜 vol.8

4人で何度目かのランチをした時、「今度、パリに行くの」と話したら反射的に「いいなー」とNoiが声をあげた。

「I love Paris!I wanna go together(パリ大好きなんだ。一緒に行きたい!)」

思わずそう口走ってしまったようで、すぐに「Sorry, I don't mean it(ごめんね。そういうつもりじゃないの)」と謝った。

「Why not? we can go together(なんで?一緒に行けばいいじゃない)」

謝罪を素直に受け入れるのも女が(男だけど)廃るような気がして僕は言った。

「I mean it.(本当だよ)」

本当は少し強がっていた。
Noiはいい子だけど、仮にも、Olivierを丸裸にして尻を叩いているような人なのだから、そこまで仲良くする必要もない。
だけど、それもこれも全部受け入れて、なお平然と笑っていられる、そんな自分でありたい、という思いもあった(それに何のメリットがあるのか知らないけど)。

「It must be a good trip(きっといい旅になるよ)」

僕は言い切った。

そうして、4人で、初夏のパリを旅することになった。

パリはムール貝のシーズンの始まり。
ということで、パリで一番おいしいと評判のムール貝専門レストランに入った。
バケツいっぱいの茹でたムール貝とフレンチフライをひたすら食べる店だった。

Olivierと僕はガーリック風味を選び、Noiはバジル風味を選んだ。
Jaceが「僕はカレー味!」と言った時、思わず3人とも「カレー味!?」と声を大にして首を傾げた。

ムール貝の繊細な味を楽しむには、ガーリック風味やバジル風味が正解で、カレー風味が邪道であることくらいは、日本人学生の僕ですら解っていた。

「Curry for tourists(カレーは観光客向けだよ)」
「Ya, I'm a tourist(うん。僕は観光客だよ)」

Olivierが諭しても、Jaceは迷いなくそう答えた。

「But I think this is a kind of his charm I like maybe(でも、これが僕が愛する彼の魅力のひとつなのかもしれないね、たぶん)」

Noiがそんな風に言ったから僕は笑った。

NoiはOlivier以外にも複数の男たちを調教していた。
たしかに、Jaceみたいに少しくらい頭が空っぽで、とびきり陽気じゃないと、Noiの恋人なんて務まらないのかもしれない。

その夜、飲み慣れないワインで少し酔った僕が「Sは嫌だけど、Mなら興味がある」と口走った時、すかさず「Hit him!(彼を叩け!)」と楽しそうに声をあげたのもJaceだった。

「Do you wanna see it?(見たいわけ?)」

Noiが尋ねると「Ya!」とJaceは答えた。

「How about you? Olivier(オリビエはどう?)」
「Well, it would be sexy(うーん、それはセクシーかもね)」
「OK, Mafumi, strip!(オッケー、真文、脱ぎなさい)」

みんなが酔っ払っていた。
ワインと、パリの夜と、4人の不思議な関係に。

いまさら後に引けない気がした。
僕はベルトを緩め、とりあえずお尻だけ出してベッドの上にうつ伏せた。
Jaceが「ヒュー」と口笛を吹いた。

Noiはバッグから鞭を取り出しベッドに上がると「Beautiful skin!」と言いながら僕の尻を撫でた。
うらやましい、うらやましい、と何度も撫でた。
タイでは、こんなふうに日焼けをしていない、滑らかで白い肌がセクシーなんだよ、と教えてくれた。

それから、おもむろに立ちあがると一気に鞭を振り上げた。
鞭の先に何本もついた黒いリボンのようなひらひらが、一斉に僕の尻に命中した。

「あっ」

思わず声が出た。
自分が想定していたよりもセクシーな感じの声が出てしまった。
自重しようと思ったけれど、何度叩かれても、そんな声が出てしまった。

普通に痛い。
気持ちがいい、わけがない。
だけど、叩かれるたび、痛みで体が少し宙に浮く感じがした。
少し浮いては、叩かれて地に落とされる。
また少し浮いては、叩かれて落とされる。
その繰り返しが、ちょっと癖になりそうな気はした。

だけど、気がつくと、Jaceがニヤニヤ笑ってこちらを見ていた。
Olivierは、真面目な顔で見つめていた。
僕は、急に恥ずかしくなって笑いだしてしまった。
鞭で叩かれて笑う子なんて叩いても面白くないよ、とNoiは鞭を置いた。

「But I like your beautiful skin becoming more red and red. That makes me little mad(だけど、君の美しい肌が赤く、赤く、なっていくのは好きだけどね。ちょっと僕を狂わせるよ)」

そう言いながら冷凍庫から取り出した氷を布ナプキンに包み、僕のお尻に当ててくれた。



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