見出し画像

『淳一』  〜1990年はじめての男〜 vol.8

11月分のバイト代をはたいて白いフリースコートとセーター、ホワイトジーンズを買った。
クリスマスイブの夜、それらを全部来て淳一の店へ向かった。
店の近くのスーパーで苺も買った。
真っ赤に熟れたのを選びぬいて、たくさん買った。

店のドアを開けた瞬間、淳一と目があった。

「真文…」
「こんばんは」
「…どうしたの?」
「そんな鼻して、真顔で驚かないでよ!」

淳一はトナカイの着ぐるみを着て、鼻を真っ赤に塗っていた。
さすがエンタテイナーだった。
全然面白くはなかったけれど、僕は子どもみたいに無邪気に笑った。

「真文じゃん、久しぶり!」
「あら、真文ちゃんじゃない!」

顔見知りの常連たちはとても歓迎してくれた。

「お久しぶりです!みんな会いたかったー」

この中の何人が、僕と淳一の関係に気づいていたのだろう。
この中の何人が、淳一とワタルの関係も知っていたのだろう。

そんなことを考えながら、なにも考えていない馬鹿な子みたいに笑い続けた。
今夜はとにかく良く笑う。
そう心に決めていた。

「これ、みんなで食べましょー」
「おお、苺じゃん!しかもこんなにたくさん!」
「淳一さん、お願いします」

お土産の苺が入った紙袋を淳一に渡した。
淳一は、まだ、目を丸くしたまま戸惑っていた。

酔うと僕の体を触りたがる常連のケンさんの隣に座った。

「真文、これ飲めよ」
「なに、それ?ケンさん」
「シャンパン。クリスマスはシャンパンだろ」

「高校生にお酒飲ましちゃダメよ」と淳一が慌てて守ってくれたけど、「イブだし、ちょっとだけいいよねー」と僕はグラスをねだった。
この夜のために、お酒を飲む練習を重ねていた。
小さい方の缶ビールくらいなら、なんとか、いける。

色白の僕は、ほんの一口飲んだだけで真っ赤になってしまった。

「酔ったのか?」
「酔ってないよ」
「ほっぺた赤くなってんぞ。苺くらい真っ赤だぞ」

ケンさんが僕のほっぺたを指で押した。

「ケンさんは、すぐに真文ちゃんのこと触りたがるんだから」

周りの客が囃し立てた。
僕は「負けるもんか」という顔をしながら、頬でケンさんの指を押し返した。
ケンさんも負けじと指先に力を入れたから僕の顔がひどく歪んだ。
そんな僕を見て、みんなが笑っていた。

「真文ちゃんってば天使みたいね」

常連客のひとりが言った。

「そんな真っ白な格好して、肌も白くて、ほっぺた真っ赤にして。これで羽根でも生えていたら完璧に天使じゃない?」
「天使だなんて、そんなにピュアじゃないよー」

僕が笑うとすかさずケンさんが「悪い天使か?」と僕の頬をつねった。

「うーん、どうだろねー?」

頬をつねられたままイーッと変な顔をすると、店中の客がまたどっと笑った。

淳一は、ずっと僕を見ていた。
僕は、もちろん気づいていた。

17歳を馬鹿にして。

僕だって、こんな一重まぶたの地味な和顔をしていたって、ちょっと本気を出せばこのくらい、みんなに可愛がられることができるんですよ。

そう思いながら、そんなことまるで思っていないように、とにかく、夜中、パーティが終わるまで、全力で笑い続けた。

始発が走り出す頃、店内には僕と淳一だけが残った。

「ごめんね、急に来ちゃって」

残った苺を口に含みながら僕は言った。

「ううん、全然。むしろ、来てくれてありがとう。みんなも喜んでいたし。おかげで盛り上がったよ」

淳一が、グラスを洗う手を止めて言った。

「それから苺もありがとう」

僕の小さな目を見つめながら、言った。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?