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優しさとは誰かを救うことができないことに絶望する想いから生まれるかもね『ザ・ホエール』

ネタバレします。
嫌な人は即退散を!





主演のブレンダン・フレイザーは、2000年代に『ハムナプトラ』でスターになった俳優です。


だけど、このころにアメリカ映画界の大御所からセクハラを受けて鬱になっちゃったそうです。ウィキペディアを見ると、その後も俳優としての活動は継続していたようですが表舞台からは消え去っていました。
かの『#Me too運動』で当時のセクハラ被害を公表した時、「ああ、こんな人もいたなー」なんて思ってしまったほどです。

そんなブレンダンが全身に特殊メイクを施して体重272キロの男を演じ、2023年アカデミー賞主演男優賞に見事輝いた映画が『ザ・ホエール』です。


彼は既婚者の大学教授だったんですけど、男子生徒と恋に落ちて妻と娘を捨ててしまいます。ですがその恋人が自死。それをきっかけに彼は過食&引きこもりになり健康状態が危ぶまれるほど体重が増加してしまいます。
そんな男の人生最後の5日間を描いた映画です。

彼のアパートというワンシチュエーションの設定。
主な登場人物は、彼と、親友の看護師(自死した恋人の妹)、カルト宗教の宣教師、元妻、そして娘の5人だけ。(あ、あとピザ屋のデリバリー)
次から次へと会話を重ねていく演出が舞台劇みたいだなー、なんて思っていたら、確かに舞台劇の映画化でした。

「人は人を救うことなんてできない」という看護師のセリフが、この映画のひとつのテーマですかね。

彼は自死した恋人を救えなかったし、看護師は親友である彼を救いたいけどどうやら死は目前のようで、なのに宣教師は信じれば神に救われると説く。彼は人生が荒れている娘を救いたいと願うけど、娘はお前のせいだろうと彼に辛く当たり、元妻はそんな娘を救えなかったという思いがゆえにアル中になってしまっている。

みんな、誰かを救いたい。でも、救えない、そんな自分の無力さに苛立ち、憎しみを抱いたりするわけです。本当は、救いたいのに。

彼と元妻のふたりきりのシーンが良かったです。
元妻は彼のことを憎んでいて(そりゃそうだ)ひどい言い争いになるのですが、彼の胸の奥から「ヒュー」という喘鳴が聴こえると「ちょっと聴かせて」と彼の胸に耳を当てます。すると彼が「俺はもうダメなんだよ」なんて、それまで絶対に直接的には口に出さなかった弱音を元妻の前でサラッと吐くんです。
憎んでいるのも事実。
もう愛し合っていないことも事実。
だけど、このふたりの間でしか共有できない空気が存在するのも、また事実。そんなシーン。

それから何せ『最後の五日間』を描いた映画ですから、当然、最後は亡くなるんですが、そのシーンがすごく良かったです。

人が亡くなるシーンが印象に残っている映画といえば、私は『ゴースト/ニューヨークの幻』ですかね。

『いい人が亡くなった場合』


「悪いやつが死んだ場合」


今観るとかなり雑なCGですが、こんなふうにリアルではない形で『死』というものを表現しているのが、なんか好きなんです。

『ザ・ホエール』で描かれる死もイメージ寄りなのですが、そして短いシーンなのですが、とても美しく解放的で、いつか自分にも必ず訪れる死の瞬間というものがこんなふうだったらいいな、と思ったほどです。
ふっ、と浮き上がる踵のアップが素晴らしい。

地味ですが良き映画でした。
皆さんも、ぜひ。

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