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【鑑賞メモ】能リ・イマジンド「12拍子の三番叟」

能 リ・イマジンド『12拍子の三番叟』を見る。
日本の芸能が根差している自然観と、西洋の身体にインストールされた自然観の相違がありありと現れている、と思った。

日本の祝祭芸能である「三番叟」をイギリスのダンスデュオThick&Tightが踊るということで、演目は冒頭のアーティストトークにはじまり、能役者が踊る演目とThick&Tightが踊る演目がそれぞれ行われた。

トークは先じゃなくて後が良かったんではないか?という気がしたが、Thick&Tightがクィアを自認し、なかでも「クィア・エコロジー」にインスピレーションを得ているということを聞いて演目をみることになったのは参照点としてはよかった。マイノリティのアイデンティティ・ポリティクスといえるクィアの視点が、エコロジー、つまり自然の方向に拡張された価値観であるらしい。しかし、それはつまり、「自然がマイノリティである」ということになりはしないかと思ったが、それはきっと西洋に生きる人の根深いところにある価値観なのだろう。

Thick&Tightのオリジナルの演目である「Two Moths in Real Times」。蝶や蛾は、(象徴としての意味において)死霊との親和性も高い生き物であるが、どちらかというと、吹けば飛ぶような蛾、というか、風そのものを演じているかのようにも思えた。地面というか、地面に近いところにいる何らかの生物を演じているのかもしれないと思われる「重い」動作もあったが、能の古式舞を直前に見た眼には、それはかなり「軽い」ものに見えた。鳥の声(のBGM)に耳を澄ます動作のときはときに人間にもどっているかのようにも見える。

身体のラインを隠す装束をまとう、直立した胴体をすり足で動かし、地を這うような声で唸り、ときに足を重く踏みしめる。腕だけ(?)が時に躍動する。そんな重力が5Gぐらいありそうな能の重い動きと、足や手をときに高くつき上げながら縦横に機敏に動いていくコンテンポラリーダンスの軽い動き。思い出したのは『ガラスの仮面』の「紅天女」の試験の場面。梅の精を演じるのに、亜弓さんは軽やかに踊り、マヤは実在する木に身体をピタリと寄せ、地を這うように「おおおおお」と地響きのような声を響かせた。

12拍子の三番叟は、最初に想像していたより三番叟であったが「身振り」としては継承されながら、そこに込められや根拠はだいぶ変わっているように見えた。
能としての三番叟は、私の眼には土を踏みしめ種を蒔く農耕民の動きにみえる。Thick&Tightのふたりが足を踏み鳴らす動きは、土を耕すというよりは衛兵の行進のようにみえた。舞踏は農耕民の動きと、舞踊は騎馬民族の動きであると、書いてあったのはたしか『身体の零度』であったか。たがいの芸能の源流の違いのようなものがあらわになるようでとても面白かった。

演目としては、せわしく荒ぶる笛の音に重々しい能がどう応答するのか、というのも面白い。動きが抑制されている能では、荒々しさは装束で表すのかという点はなるほど、と思った。演目が結局。能とダンスでほぼ別々だったのをちょっと残念に思っていると、最後のアンコールでは両者が出てきて同じ場所で踊る。Thick&Tightのふたりは(彼らの)三番叟の動きだった。能とダンスで異なるのはスピード感だがどちらがどちらに主役を譲るでもなく共演しているところがよかった。

ちなみに、今回、銕仙会の能舞台の最前列でこの公演を見たら、笛と太鼓の音が耳に頭に刺さって、動きになかなか集中できないくらいだった。音圧がすごい。最初の古式舞以外は、笛を演奏していた一噌幸弘さんという方が作曲された曲だったとのことで、能の舞台にリコーダーや角笛をひっぱりだすしていた。能の音を担当されているとは思えないくらい演奏中の動きもなかなかアグレッシブで、最後には地声で歌いだしたりしていた。最高に変な人で、面白かった。

Thick&Tightのふたりは、どのくらい能の演目の筋書きを読んだのだろう。三番叟において、どのようなリサーチを経てあの動きにたどり着いたのかをもう少し聞いてみたいと思った。

https://noh.muarts.org.uk/

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