見出し画像

夏空

 空港へ来ると、空を見上げる。ぱっきりと鮮やかな青い空。湧き立つ白い雲を見ながら、遠い夏の日を追懐した。

 せわしない蝉の声、じりじりと照りつける太陽。屋上に吹く風は湿気をはらみ、重たく体にまとわりついてくる。チャイムの音に立ち上がり顔を上げると、目線の先に白いシャツの背中があった。名前を呼んでも、うわの空だ。熱く灼けた鉄の柵の前で、入道雲をにらんでいる。「そろそろ戻ろう」と声をかけ出口へ向かいかけたが、一向に来る気配がない。

 振り返ると、広げた両腕に風を受け、空をあおぎ立ち尽くしたままだ。閉じたまぶたを陽の光が射す。「なに……、やってんだ?」近づいて肩を揺すると、いま目覚めたような顔をして振り返る。「だって、飛べる気がしたんだ」。ひときわ高くなった蝉の声が、かすれた声に重なった。

 そろそろ搭乗時刻だ。白い雲に向かって、飛行機がまた一機、飛び立っていった。

#旅する日本語 #追懐

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?