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ダメな自分はダメじゃなかった。 /『それ、勝手な決めつけかもよ?』読書感想文

 ページをめくりながら、初めてこの本を読んだときのことを思い出した。コピーライターの阿部広太郎さんの著書『それ、勝手な決めつけかもよ?だれかの正解にしばられない「解釈」の練習』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。

 会社帰りにバスターミナルで、バスを待ちながら本を開いた。目に飛び込んできたことばに手が震えそうになった。

勝手に自分を諦めない。
勝手に自分を決めつけない。
勝手に自分をみくびらない。 

 夢中でページをめくる。

今のあなたのままでいい。
無理に変わろうとしなくていい。
代わりに時代が変わってくれるから。

 「変わりたい」「変わらなきゃ」ずっとそう思ってきたけれど、変わらなくてもいいんだろうか。

解釈は自分を肯定する翼。
過去の後悔も、未来の不安も、
自分の正解に変えられる。

 思い出す度に胸がぎゅっとなるような過去の出来事も、漠然とした未来への不安も、違う見え方ができるだろうか。この本と一緒に、「解釈」の練習を始めた。

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視線を上げると、視界が広がる。

 いま思うと去年の私は元気がなかった。踏み出しかけた足を引っ込め、じっと息を潜めて過ごすような毎日。そんな鬱々とした日々の中で楽しみにしていたのが、オンライン講座「Schoo」での阿部さんの講義「心をつかむ超言葉術」。月に一度、画面越しに阿部さんが語りかける言葉や、チャットにあふれるコメントに、心がほかほかあたたかくなるような感覚を覚えた。

 この本の中で紹介されている自分の「名前」や「仕事」の解釈などのワークにも取り組んだ。私はライターという自分の仕事を「ことばでエールを送る人」と表現した。「自分の仕事に名前をつける」というワークは、阿部さんの他の講義を受けたときにも行ったのだが、その度に解釈が変わる。

「ことばでつながりをつくる人」「見て、聞いて、書く人」「あなたの気持ちの代弁者」「書くことで広げる仕事」「ことばで光を当てる人」

 どれもまだしっくり来ていない。阿部さんには、「それはどんなつながりなんだろう?」「何を広げるのだろう?」と問いかけられた。私はどんなことを大事にし、何を目指しているのだろう。

 悩んでいるとき、考え込んでしまうとき、目線は下を向いている。でも顔を上げ、視点を変えると、物事の見え方が変わる。うつむいていた気持ちが上を向き、視界が広がっていくような感覚だった。

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決めつけていたのは自分だった。

 生まれてからずっと付き合っていかなければいけない「自分」。我ながら面倒な性格で、ずっと苦労している。自分に自信が持てない一方で、負けず嫌いで自意識過剰なところもある。できなかったことを数え上げて、自分にダメ出しをしてしまう。自分を好きになれなくて、自分が好かれる気がしない。そんな凝り固まった気持ちを、この本はやさしく解きほぐしてくれる。

自分という存在とは腐れ縁だ。好きでたまらないという時もあれば、たまに嫌いになる時もあると思う。

 阿部さんは「自分という唯一無二の『親友』と、約束エネルギーで進んでいこう」と呼びかける。

 ある時、上京する用事があり、久しぶりに東京に住む学生時代の友人と会えた。忙しい中、申し訳ないと思っていたのだが、友人から「元気になった」「楽しかった」と言われた。その時、おかしな話だけれど、ああ、私の友だちは、私に会いたいと思ってくれるんだ、と気づいた。

 自分に自信が持てなくて、私のことを好きになってくれる人がいると思えずにいた。まず私が私のことを好きにならなければ、そう思った。自分を「親友」と捉えたら、少し、自分と仲良くなれそうな気がする。

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過去も未来も変えていける。

 まだ起きていない未来を心配する人と、どうしようもない過去に思い悩む人がいると思う。どちらの要素も自分の中にあるのだけれど、私は過去の出来事を後悔し、くよくよと思い返してしまうことが多い。あの時ああしていれば、違う人生を歩んでいたのかな、と思うこともある。

 時間の流れは変えられない。
 けれど、今ここにいる自分自身から、過去さえも、未来すらも変えることはできる。

 過去を変えるってどういうことだろう。阿部さんは、過去の出来事を変えることはできない。けれど、解釈を加えることで、その捉え方や意味を変えられるのではないか、という。

 過去に縛られるのでも、過去を悔いるのでもなく。
 解釈を通じて、自分の過去に胸を張れるようになれたら。
 生きるということは、過去の自分を肯定していく行為だ。

 子どものころから本を読むのが好きで、文章を書くことにも興味を持った。ずっと書くことは続けてきたけれど、作家になりたいと思いながら途中で書けなくなってしまった自分、コピーの勉強を始めたのに中途半端なままの自分がいる。でも、小学生のころから今に至るまで、自分が書いてきた文章を並べてみたときに、頑張ってきた過去の自分を否定してはいけないと思った。

 選ばなかった、選べなかった道を悔やむよりも、過去の自分を肯定し、今の自分を大事にしよう。

見えたら、行ける。望む未来へ。

 「未来は見えると行ける」と阿部さんは言う。どんな未来が見えるのか、どんな未来を見たいのか。なかなか足を踏み出せないのは、その先に続く道が、未来の自分の姿が見えなかったからだろうか。

 自分は、「どうありたいか?」「何をしたいのか?」。「あれをしたい、これをしたい」と考えることは多いけれど、自分が「どうありたい」ということはあまり考えてこなかった気がする。

 本には、「どうありたいか」を考えるために、自分の心が何を幸せに感じるのかを把握していきたい。とある。私はどんなときに幸せを感じているのだろう。自分の心の動きに目を向けた。

 家族や友人と食事をしながら、「おいしいね」と言い合えるとき。好きな本や映画の話をしているとき。一人で本を読む時間やドラマを見る時間も大切だ。感動したことを誰かと共有できたとき、心がはずむ。そこには「ことば」も関わっているように思う。

 ことばを通して、心があたたかくなる。その気持ちを誰かと共有できるとき、私はしあわせを感じているみたいだ。

 自分も、現在も、過去も、未来も、勝手に決めつけない。
 解釈することで、目の前にある壁を超えていける。
 その先にいい景色が見えそうだったら迷わず行こう。

 この本を手にした少し後に、私は紙飛行機の「招待状」を受け取った。阿部さんが主宰する連続講座「企画でメシを食っていく」2021の企画生(受講生)になれたのだ。この本を通して、そして「企画メシ」を通して、私は飛び立つための練習をしてきたのかもしれない。

 「どうありたいか?」
 未来の自分を考える時に、新しい自分でなくちゃいけないと力みすぎなくていい。
 今のままの自分から、やりたい方へ、行きたい方へ。
 少しずつはみ出していけばいい。

 本のカバーをそっとはずすと、そこには青空が広がる。白い雲の上を、軽やかに紙飛行機が飛んでいく。

 自分の現在を真ん中にして、未来と過去を両翼にする、その姿勢を持つことで、視界が開けて、自由を感じることができる。
 ここから、いよいよ本番がはじまる。

 今度こそ、私は自分らしく飛べるだろうか。「企画メシ」もいよいよ最後の講義を迎えようとしている。待ち合わせの日が、もうすぐやってくる。

 行き詰まったら、「それ、勝手な決めつけかもよ?」と心の中で呟こう。視界が広がり、違う景色が見えてくるはずだ。


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ありがとうを、直接伝えられるから。

 この本の「一言POP」が募集されると知り、うれしくて応募した。以前、阿部さんが「感謝と感動を届けよう」と言われていたことを思い出し、「この本を作ってくれて、届けてくれてありがとう」という思いを込めた。最後は感謝状みたいになってしまったのだが、その中の一つを担当編集者賞に選んでいただけた。編集者の橋本莉奈さんは、阿部さんの連続講座「言葉の企画」2019の企画生だ。コピーの賞のように、それ以上にうれしい賞だった。

 この本の感想文も書きたいと思っていたのだが、noteの読書感想文コンテストの課題図書に選ばれていると知り、書くことができた。

 自分で書いたPOPのことばに、自分自身が励まされている。

 ダメな自分はダメじゃなかった。決めつけていたのは、自分でした。

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