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無言で叫んだ「愛してる」【5分で読める短編小説(ショートショート)】

2階にある部屋の窓から外を眺めるのが好きだ。季節によって同じ場所からでも全然違う風景に見える。

春は桜並木をピカピカのランドセルを背負った子ども達が走り、夏は逃げ水の先に球児たちの汗を流す姿があり、秋は紅葉と共に老夫婦の姿が目立ち、冬になるとイルミネーション目当てのカップルが増える。

365日、無機質で飾り気の無い部屋にいると、色とりどりに変化する外の世界が輝いて見える。

私は生まれつき身体が弱く学校に通っていない。入退院を繰り返し、自宅よりも病院での生活の方が長くなってしまった。

私の家は決して裕福ではなく、かといって貧乏でもないが・・・そのため、両親とも私の入院費、治療費を稼ぐため、本当に休む暇なく働いているので、面会もせいぜい10日に1回くらいしか来れない。

健康であれば来年、高校受験の年だし、そろそろ彼女の一人も出来ている年頃だろう。しかし、私には恋人どころか友達もいない。

友情とは何なのか?愛情とは何なのか?人を好きになるとはどういう感覚なのかもわからない。

毎日、ボーッと移りゆく季節を眺めているだけの生活に、他人への感情移入は必要ない。

一応、スマホは持っているが、両親以外の番号は登録していないし、LINEにいたってはインストールすらしていない。する必要がないのだ。

これまで他人との関わりが一切なかったため、「恋愛感情」という物が何なのかわからない。

しかし、最近、これまでに感じたことのない感情が、ある特定の女性に芽生えている。もしかしてこれが「恋愛感情」なのかと思いスマホで検索したが、結局わからなかった。


ある日の夕方、いつもの様に窓の外を眺めていた時、道路の向かいにあるバス停のベンチに座りバスを待つ女性と目が合った。

制服を着ていたので、年は同じくらいだと思う。どこか影のあるその女性に私は何故か心を奪われてしまった。

彼女の声を聞いてみたい、彼女の名前が知りたい、彼女に触れたい・・・

その日以降、私は夕方にバス停を眺めるのが日課になった。どうやら彼女は毎週土曜日の夕方にバスを利用しているようだ。

数週間後のある土曜の夕方、彼女がいつもの様にバスを待っていると、後から来た老婆に話しかけられた。

しかし、明らかに様子がおかしく、その表情は困惑し身振り手振りを交えながら何かを懸命に訴えている。その後、バスがやってくると老婆は運転手と話をしバスに乗り込んだ。

もしかしたら彼女は耳が聞こえないのでは?

私はその日からスマホで手話を勉強し始めた。勉強をすることがこんなに楽しいと思ったことは初めてだった。そして、看護師さんの中に手話ができる女性がいたので毎日手話を習い、1か月ほどで簡単な日常会話ができるほどまでに上達した。

季節がそろそろ冬に移り変わろうとしている12月初旬、2階の窓から彼女に声を掛けた。

いつもの様に彼女がベンチに座るのを見計らい、部屋の電気を消しスマホのライトを光らせ外へ向ける。

その光に反応し彼女の視線が上を向く。その時、私は「こんにちは」と声をかけた。すると彼女の表情が一瞬、明るくなり「こんにちは」と返事があった。

「はじめまして、私は中井啓介と言います。お名前は?」と同時にバスやって来て二人を遮った。バスが動き出すとそこに彼女の姿はなかった。

それから一週間、彼女のことを考えながら手話を学んだ。

そして、待ちに待った土曜の夕方。彼女がいつもの様にやってきた。先週と同じ様に部屋の明かりを消しスマホを光らせ彼女に合図を送る。

彼女の視線が上を向く。私に与えられた時間はわずか1分。「お名前は?」と尋ねると「佐藤里香です」と返ってきた。あんなに何を聞こうかずっと考えていたのに、いざとなると言葉が出てこない。

そして、バスが再び二人を遮った。落胆の溜息をつく。バスが去ったバス停を見ると彼女の姿があった。

そこから約30分ほど会話が続いた。

彼女は私が入院している病院に毎週土曜、学校終わりに通院しているらしい。彼女は中学生で私と同い年、趣味は読書、3つ年上の姉がいるなど色々と話した。

そんな二人のやり取りは毎週続き、冬だった季節はいつしか春になった。私の人生にもようやく春が訪れた気がした。

しかし、春は長く続かなかった・・・ある日、彼女から東京へ引っ越すと、突然告げられた。

「いつ?」

「ごめん、来月には・・・だから今日が最後になる」

自然と涙が零れてきた。生まれて初めて「恋愛感情」を抱いた。

私は部屋から手話で「愛してる!!」と無言で叫んだ。

その刹那・・・

バスが二人を遮った。












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