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小倉竪町ロックンロール・ハイスクール vol.07

 初めてのスタジオ練習から1か月以上経ってもセイジくんの厳しさは相変わらずで、リズムが狂ったり、手を抜いたりすると、すぐに注意された。
 疲れてピッキングが弱くなったり、ダウンピッキングではなくオルタネイトピッキング(アップダウン)で弾いたりするとすぐに「ビートが出らん!」と注意されるし、「きつい! 疲れた…」と言おうものなら、「ロッカーズの穴井さんを見習わんね! 穴井さんは腱鞘炎になってもダウンでしか弾かんとぞ!」とさらに厳しく怒られた。
 ゲンちゃんもエイト・ビートが遅くなると、「ラモーンズはライヴの最初から最後までずっとエイト・ビートを刻みよるんよ。遅れたりしたらいけんよ! ドラムはバンドの要やけん、要がしっかりせんとバンドがシャンとせんよ!」と注意されていた。
「野球部の練習でもこんなキツくなかったけね…。セイジくん鬼カントクやん…」
「学校のセイジくんとは別人やもんね。恐ろしいけん、スタジオでセイジくんの顔を正面から見きらんもん…」
 ゲンちゃんとボクはよく愚痴をこぼした。

 ルースターズの「カモン・エヴリバディ」、セックス・ピストルズの「プリティ・ヴェイカント」は、まだまだ課題は多いものの、どうにかこうにか最初から最後まで演奏できるようになってきた。
 ロッカーズは「セブンティーン」と「フェナー先生」に加えて「涙のモーターウェイ」も練習していたが、「パンクバンドを目指しとるんやったらロッカーズの曲はカラフル過ぎるやない? もっとオレらのバンドは黒っぽい感じの曲を演った方がイイんやないかね? そもそもみんなコーラスをやる余裕はないやろ?」と反省会でセイジくんから提案があり、途中で練習するのをやめてしまった。
 クラッシュからも選曲した。ゲンちゃんが演りたいと言った「クランプダウン」と「トミー・ガン」の2曲は、イントロしかできなくてすぐに挫折した。ギター1本では音がスカスカになってしまうし、初心者のリズムセクションにはタイミングを合わせるのが難しく、特にベースのテクニックがまだまだぜんぜん追いつかなかった。それでもショウイチが提案してきたファーストアルバムの「反アメリカ(I'm So Bored with the USA)」と「白い暴動(White Riot)」の2曲はどうにか形になりそうだったのでレパートリーに加えた。
 何度も繰り返し練習を続けた。ゲンちゃんは何本もスティックを折り、手に豆を作った。ボクだって何枚もピックをダメにした。ドラムとベースがほんの少しだけまともになってきて、どうにか曲を通しで演奏できるようになってくると、セイジくんの矛先はショウイチへ向いた。
「練習の時までに歌詞くらいちゃんとおぼえてこんね!」
 ショウイチはいつもノートを見ながら歌っていた。
「ぜんぜんダメ! 何を歌いよるか分からん! 歌詞が聞こえんし、声がバンドの音に埋もれてしまっとる!」
 繰り返すが、普段のセイジくんはこんなキツイ言い方はしないが、バンドに対してだけは真摯で厳しい。
「ちゃんと歌いよるやん! マイクが悪いんばい!」
 ショウイチはマイクのせいにした。
「マイクのせいにしなさんなっちゃ! 亜無亜危異のシゲルはどうね? ルースターズの大江さんはどうね? ちゃんと何を歌いよるか分かるやろ! 歌詞が分かるやろ?」
 確かにこのスタジオのマイクは年季が入っているし、卓のヴォリュームを上げるとすぐにハウってしまう。ショウイチの気持ちも分からなくもないけど、そんなことをスタジオでセイジくんには誰も意見できない。
 セイジくんはショウイチに、歌詞をちゃんとおぼえてくること、その歌詞がはっきりと聞こえるように歌うことを何度も注意していた。
「ロッカーズの陣内さんみたいに歌え!」
「モッズの森やんを見習わないかんね!」
「オレらも練習してきよるんやけん、歌詞くらいおぼえてこいっちゃ!」
「もっと歌い込まないかんね…」
 便乗してゲンちゃんとボクがショウイチにしたり顔でいろいろ言っていたら、苦々しい顔をしたセイジくんがボクらをキッと睨んだ。
「オレらみんな下手くそなんやけね! 気を抜いたらいけんよ! もう本番まで2か月もないんよ!」
 セイジくんがボクらに向かって吠えた。

※亜無亜危異のライヴまであと54日



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