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小倉竪町ロックンロール・ハイスクール vol.16

「気合い入れて演るけんね!」
 そう言っているセイジくんにも昨日の疲れが見えていた。
 今日は11時過ぎまで寝ていたボクも身体がだるいし、頭の中は霞がかかってしまっているようでクラクラした。昨夜はライヴの興奮が醒めなくて、疲れているくせにいろいろなことを考えてしまい、オールナイトニッポンを聴き始めてしまった。眠ってしまったのは何時だろう?
 亜無亜危異のライヴの翌日、「3年生を送る会」のオーディションに申し込んでいたので、日曜日なのに午後から登校した。
「3年生を送る会」は文字通り、受験や就職を控えた3年生を在校生が演劇や演奏を披露する壮行会で、毎年1月下旬に区民会館の大ホールで開催されていた。うちの高校で音楽を演っている連中にとって、この「3年生を送る会」は、全校生徒合わせて千数百人の前で演奏ができるチャンスの大イヴェントだ。
 今回、出演できるのは、ロック(ポップス)が2バンド、フォーク(アコースティック)が1組の3グループ。それに対して、エントリーしているのはロック部門が12バンド、フォーク部門が3組。(ちなみに夏の全国大会に出場した演劇部は、予選なしで出演が決まっている)
 セイジくんにとって3年生は、昨年までの同級生。ボクら以上にこのオーディションにかける意気込みが伝わってくる。
 うちの高校はバンド活動が盛んだったので、上手いバンドはいくつもあった。特に昨年、1年生でありながらオーディションに受かり「3年生を送る会」に出演したハードロックバンドはダントツに上手かった。ヴァン・ヘイレンやレッド・ツェッペリンのコピーは見事なもので大受けだった。6月下旬に2日間開催された文化祭でもトリで務め、これまた大いに盛り上がり、アンコールまでかかった。しかも演奏が上手いだけでなく、そのバンドにはこのオーディションを取り仕切る生徒会役員が2人も所属していた。これでは出演するのはほぼ確実で、残されたロックバンド枠は実質あと1バンドと考えるべきだった。
 残された1枠で最もライバル視していたのは、軽音楽部のブルースバンド。演奏は上手かったし、全員真面目な優等生なので、生徒会や先生の受けは抜群だだった。
 片やうちのバンドはテクもない上、メンバー全員が悪名高い2年8組。それに輪を掛けて、学校中を騒がせた教室焚き火事件の主犯がヴォーカルである。先生にとっては最も出演させたくないバンドだろうし、生徒会だって学校行事のオーディションなので、それを忖度するかもしれない。仮に上手く演奏できたとしても勝てる気が全くしなかった。

 審査会はエントリーが少なかったフォーク部門から始まった。
 トップバッターは「よろしくお願いします!」とさわやかに挨拶をして長渕剛を歌い始めた1年生だった。緊張のせいか所々間違っていたけど、一生懸命さが伝わってきて好感を持った。
「イイやん! アイツ」と一緒に見ていたメンバー3人にささやくと、
「あの1年生は長渕に心酔しとって、長渕しか歌わんらしいばい」と情報通のゲンちゃんが教えてくれた。
「声もイイけど、ギターもなかなか上手いよ」
 セイジくんもほめている。フォーク部門の残り2グループも聴いたけど、彼が一番良いと思った。

 ロック部門のオーディションが始まり、オーディション会場の音楽室がにぎやかになった。どうしようもないバンドもいたが、本本命のハードロックバンドや、うちのバンドが勝手にライバルと思っているブルースバンドはやっぱり上手かった。
 最後の12バンド目がボクらのバンド“ノイズ”だった。持ち時間はセッティングを含めて10分。
「ワン・ツー・スリー・フォー!」
 挨拶なしでゲンちゃんがいきなりカウントを始め、5曲連続で演った。終わるとまた挨拶をしないですぐに引き揚げ、2年8組の教室に戻った。
 また今回も、リズムは走り、音はバラバラだった。
「こんなボロボロな演奏やったらダメやろね…」
「そうやね…。マコト、でもこれがオレたちの実力ばい。まだまだ練習が足らんやったんよ…」
 セイジくんと楽器を片付けながらと話した。
「ショウイチ、ゲンちゃん! オレら先に帰るけん」
 30分後くらいに結果発表があるらしかったが、セイジくんと2人で先に帰ることにした。
「おう! 明日はライヴハウスのオーディションやけ、楽器忘れんなよ!」
「お疲れ〜!」
 ショウイチとゲンちゃんが手を挙げた。

※亜無亜危異のライヴ後1日


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