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ロサンゼルスに来て六ヶ月


シアトルで学校潰れた騒動からもう早くも六ヶ月が経ち、ロサンゼルスで夏を過ごし、もう10月も半ばになりました。


近頃は学校の卒業を間近に控え(やっと卒業できる・・・)、その作業やら、ポートフォリオに載せる映像作業や事務作業、それに加え授業の課題も重なり、てんてこ舞いです。

就職課OPTをするのか、正直分かりません。ここハリウッドで、本場の映画製作を直に学びたいという気持ちもありますが、心が少々やられている部分もあります。

映像制作に協力してくれるはずだった人がいきなりのドタキャン、また別の人にはこの役割じゃなきゃやらない!と逆ギレされたり、どんなに頑張っても裏切られた、という気持ちを感じることもたくさんありました。

ですが、そんな中で嬉しいこともありました。心から応援してくれて、実際に映像会社で働いている友人が無償で自分の撮影を手伝ってくれたり、親身になって自分をサポートしてくれる人も見つかり、いい経験になったと思います。


ハリウッドは本場、ということで皆必死で自分の夢を叶えようとします。もううんざりだこんなところは、と思うこともありますが、それでも自分の好きな監督に会いたいという気持ちや、行けるところまで行って成長したい、という気持ちもあります。

本当に心が落ち込んでどうしようもないこともあるけど、ここに来る六ヶ月前のことがもう去年かと思うくらいに遠く感じて、成長できているのだ、と気付き、嬉しく感じました。

辛いこともありましたが、トータルで見ると、新しい経験や、人々と触れ合うことができたので、ロサンゼルスに来たことは自分の人生にとってはプラスだったと思います。人生は波乱万丈のほうが死ぬときに思い返すのが楽しいと思いますし。


最近は新しい寮に引っ越し、素敵な人たちと暮らしています。

そこで気づいた英語についての考えを綴ろうと思います。

わたしはこれまで、英語が上手くなりたい、という向上心をすごく強く持っていて、それはすごくいいことだとは思いますが、少しの間違いでもすぐ落ち込んでしまい、その気持ちが活かされまた努力をしようと意気込んでいました。

ですが、そう考えていると少し疲れてしまい、なんとなく英語を一旦手放そう、という気持ちになりました。具体的に言うと、「まあ、間違えてもいいか」と、肩の力を抜きました。すると、すごく楽に感じ、前よりもスッと友人の話す英語も耳に入るようになりました。

それまでは、日常会話でも、一言も聞き逃すもんか!と常に真剣に向き合い、疲れるくらい必死でした。ギュッと握ったままのスポンジは水をそれ以上吸いませんし、力を抜いて広げないと水は吸えないもんな、と思いました。


それから英語を話すことを改めて楽しく感じられるようになりました。新しい価値観や視点を手に入れないと勉強を続ける楽しさは持続できないんだな、と改めて感じました。また英語を勉強することを楽しめるようになり、ひとつステップを登った感覚です。


分からなければ素直に分からない、と言い、自分の言いたいことはハッキリ、ゆっくりでもいいから言葉にして、そうすれば相手に伝わるし、相手も心から向かいって話してくれます。アメリカに来て五年以上が経ち、実感を伴ってやっと体験できました。長く生きれば感じられることはまだまだたくさんあることも知りました。

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