【短編小説】プリンちゃんの遺言書

 ワシはプリンちゃんである。
 名前などにはこだわらぬが、おぬしがいつもそう呼ぶのでプリンちゃんと名乗ろうと思う。
 
 どうやらワシも寿命が近いようなので、遺言書というものを書いてみようと思ったわけだ。ネコ語翻訳アプリは便利である。おぬしのスマホの前でニャーニャー言っていれば文章ができるわけだ。ニンゲンというのは理解しがたい生き物だが、ごくまれにこのように有用なものを発明する。ネコとコミュニケーションをとろうと努力するその姿勢、立派なものだ。
 
 さて、わざわざワシが文章を遺そうと思ったのは他でもない、死後を心配してのことである。
 まず一つ目。ワシの死骸を動画に撮って、世界に公開するのは遠慮してもらいたい。本当なら、ワシは誰にも見つからない場所でひっそりと死にたいのだが……。おぬしはなぜか、ワシがこの家の外に出ようとするとものすごく慌てる。ゆえに贅沢は言わないこととしよう。ワシが食事をしていたり、寝ていたり、部屋の見回りをしていたりする姿を撮影するのはかまわない。しかし死んだ姿だけはやめてほしい。
 おぬしにはインターネットにてプライバシーを公開するという奇妙な趣味がある。その点についてワシがとやかく言うのはよそう。趣味はネコそれぞれ、ヒトそれぞれだからな。ワシが言いたいのは、とにかく死んだ姿は公開しないでくれということだ。
 もちろん、今までおぬしはワシの生きた姿しか撮影してこなかった。当のワシが生きているのだから当たり前である。おぬしが生きたネコの姿にしか興味がないのであれば、それはそれでよし。もし死んだ姿も公開したいという欲望を抱いていたとしたら、今回は自重してもらいたい。おぬし自身が死ぬときにでも、思う存分動画を撮影して鬱憤を晴らしてほしい。
 
 さて、次に心配なのがワシの寝床である。
 おぬしがワシのために用意した丸いベッドはとても寝心地がよい。おそらくワシはあのベッドの上で死ぬことになるだろう。しかし、どうもニンゲンは死者が出た寝床を「事故物件」などと呼び、忌み嫌う傾向にあると小耳に挟んだ。ベッドだけではなく部屋ごと、あるいはアパートごと「呪われている」と言って避けられるようになるとか。
 ワシが死ねば、あのベッドも事故物件ということになるのだろうか。それはワシの本意ではない。ワシは誰かを呪ったりしないし、ニンゲンに害をなすつもりもない。そんなことをしても煮干し一尾分の得にもならぬ。
 そういうわけだから、ワシのベッドを事故物件として扱って避けたり、捨てたり、燃やしたりすることを禁止する。ワシの死後もきちんと保存しておくのだ。
 
 そして最後に心配なのは、おぬしの生活である。
 おぬしは、ワシがいつも食べているキャットフードなるものを少しも食べようとしない。あれほどうまいものをすべてワシに献上しようというのは見上げた心意気であるが、ワシが死んだあとまで我慢することはない。キャットフードを思う存分食べるがよい。
 また、病院なる施設に行ったときも、注射を打つのはワシばかりだ。おぬしは臆病だから注射が怖いのだろうが、病気はもっと怖いものだ。健康のために注射を打て。少しチクリとするだけで慣れれば大丈夫だ。
 
 おぬしには世話になった。
 ワシはネコなので九つの命を持っている。前世のことはぼんやりとしか覚えていないので、これが何度目の猫生なのかははっきりとしない。ただ、もしも九回目でないなら、ワシはまた生まれ変わることになるだろう。どうせならどこの馬の骨とも分からぬ輩ではなく、おぬしの家で暮らしたいと思っている。草の根を分けてワシを捜し出すのだ。そしてワシが生まれ変わる前に死なぬように、健康に気をつかい、長生きせよ。それこそが最も重要な遺言である。
 
 生まれ変わったワシのことは何とでも好きなように呼ぶがよい。またプリンちゃんと呼んでもよいし、他の名でもよい。何度も言うが、ワシは名前などにはこだわらぬ。ただおぬしの声を耳にすれば、それだけで前世で世話になったニンゲンであると思い出すだろう。そこが道端だろうと、ペットショップなる出会いの施設だろうとな。おぬしを見つければワシはニャーニャー鳴き、全力で訴えることになるだろう。ワシはここにいる、早くおぬしの家に連れていけ、と。
 ワシは前回も、そうやっておぬしの家にやってきたのだから。また次も同じようにできるはずだ。ワシからのメッセージを、決して聞き逃すでないぞ。
 
 長くなってしまったが、このあたりで終わりにしよう。
 それではしばしのお別れだ。
 来世でもおぬしと退屈な日々を過ごせることを期待して、ワシは眠りにつこうと思う。
 また会おう、殊勝なニンゲンよ。
 繰り返しになるが、ワシのベッドはその日のためにとっておくがよい。