お宮の1 「らせん」(19)

 私は、依頼のメールを読んでしたり顔をした。
『私の交際していた女Kが殺された。殺したやつを突き止めた。警察に突き出すだけでは気が済まない。なぶり殺しにしてほしい』
 添付されていたjpegファイルを開くと、そこには明という同業者の顔があった。彼はこの業界で名の知れた男で、香山というブローカーの下で働いていた。どちらも、仕事の上手なことで知られているのに、彼らの素性を調べた依頼者に舌を巻いた。しかし、まだそれだけでは情報が不足していた。
 ところで私達は貫一の配偶者である紅葉(こうよう)という女性を情報提供者としていた。紅葉は、タクシーの運転手をしている人だった。つくづく思うが、人がタクシーという空間に入ると、なぜかべらべらと秘匿にすべき内容ですら話し始めるのは間抜けだ。誰も運転手の存在を気にしない。そこで、紅葉はそのまま聞いた内容を覚えたり、時に録音したりして私達に提供していた。毎度欲しい情報が手に入るわけではないし、効率のいい方法とはいえなかったが、それでも効果はあった。彼女も、同僚からも話を集めては私達に報告したりと、協力的な姿勢を示していた。しかし、私達はあくまで予防線程度に考えていた。
 人の恨みは、その元を断ち切ることができずにぐるぐると回り続ける、終わりのない螺旋階段のようなものだと、私は考えた。ふと昔見た映画を思い出した。『ノーカントリー』という映画で、偶然ギャングの金を拾った主人公が、その金を持ち逃げする。彼を追跡してくる殺し屋から逃げるのだが、その殺し屋がとにかく執拗なのだった。途中に出てくる男が、こう言った。
「傷ができたのなら、それは治すことができない。せいぜい止血するぐらいしか、私達にはできない」
 その殺し屋は、人の恨みや報復のメタファーであった。恨みというものは、かき消すことのできないものなのだと、このような依頼を見聞するたびに思い知る。怨敵は怨敵の母だ。
 私は、貫一と打ち合わせをすることにした。天神駅で待ち合わせ、どことなく歩きながら私達は話した。太陽が、雲を邪魔そうに地球を眺めている日で、肌着だけではとてもではないが動けない。時折すれ違う半そでの人は、寒そうに腕組みしながら歩いていた。福岡の天気は、読みにくい。今日は暖かった、と思えば翌日には雨が降り、翌々日には強風に身をなびかす、などというのはよくあることで、体温調整がたいそう困難だ。
「電話でも話したが、同業が相手の仕事は少し厄介だ。相手が殺人や傷害に慣れていると、主導権を掌握することが少し難しくなる」
 貫一は身長が高く、大変に大きな体格をしており、奥目の男だった。その屈強さは私に威圧を感じさせた。道行く人もそれは同じだった。
「その分料金は高くつけた。相場の五割増しだ。それで、ブローカーも殺しましょうか、と提案して二人分。つまり、三倍だ」
「その計算は間違っている」
 自分の交渉を述べて得意げになる私に彼は言ったが、理解の及ばぬことと考え、話を進めた。
「紅葉さんからは、何かないのか」
「知らないそうだが、もとより期待すべきものでもないさ。自分達で調べるしかない」
「別に焦ってする必要もない。もう少し待ってもいいだろう」
 調べる面倒を忌んで、私は言った。私は、彼に明の写真を見せた。すると、それを見た彼は驚いていた。
「この男、同業なのか」
「お前こいつと知り合いなのか」
「いいや、だがジムでよく見る男だ。着やせしてはいるが、彼はなかなかにいい筋肉をしているぞ」
 彼は感心するように言って、合点がいった、と話し始めた。
「彼は、ジムでよく出まかせを言うくせに、計算の苦手な男でな。従業員に自分の武勇伝を嘘ぶいて、それが矛盾だらけの話でよく嘘がばれるのだが、それを全く気に留めないやつさ。自分の狂気が隠しきれていない。ちょうど、お前と同じだよ。そうか、彼は同業か。なら彼はこの仕事が天職だろうな」
 私は、年の差を利用して自分を見下す貫一の態度に少し腹が立ったが、顔に出さずに答えた。
「では、お前は狂気を隠蔽できているのか」
「まあ、まだまだだろうな。だが隠せていると思っているよりはましだと思っている。お前にはまだわからないかもしれないが、狂気というやつは使い方を覚えるだけではまだ足りないんだよ。面白いものだろう」
 彼はまたしても私の未熟さをあざ笑っていた。しかし、年の差が理由であれば、私に反論するだけの根拠が見当たらなかった。負けを認めずに私は話題をもとに戻した。
「明を担当してもらえるわけだな」
「それは問題ない。了解した」
 了解、とは本来、目上から目下に向かってしか言わない言葉だった。特に知られている知識でもないし、彼にそういう意図があって発言したわけでもないのだろうが、私はそのことすら尺に触ることだと思った。しかし、彼がその圧倒的な肉体と経験で仕事を確実にこなすことは心得ており、その点においては私は彼を称賛していた。しかし、無根拠に彼と私とでは、私の方がどこかの点で優れていると確信していた。
 後日、紅葉から貫一を通して、香山が六本松駅で明と待ち合わせしている、という情報を入手した。私は、香山を殺し、貫一は明を殺すために行動を開始した。

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