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認知症の発症リスクが最も大きい難聴を予防するには?

自身や家族が認知症になると、それまでの生活が一変します。

発症しやすくなる年齢ではないからまだ大丈夫だろう、と考えていても、実は発症の原因物質とされるタンパク質は20年ほどかけて蓄積していきます。

つまり、発症の確率を可能な限り下げるのであれば、40代あるいは30代からでもリスクを意識して予防しなければなりません。もちろん、高齢になってからでも対策は有効です。

現在、発症リスクとして最も大きいとされているのが中年期(45~65歳)の難聴です。認知症専門医の浦上克哉さんによると、もし中年期に難聴になる人が誰もいなかったとしたら、認知症を発症する人が8%減るとのこと。

難聴のようなリスク因子にはほかにも社会的孤立や生活習慣病、運動不足などがありますが、合わせると発症の可能性は40%減らせることになります。

今後10年で日本では認知症になる人が700万人を超えると見込まれていますが、現在判明しているリスク因子について対策できたとしたら、そのうち最大280万人にならないと言えるのです。

浦上さんの著書『科学的に正しい認知症予防講義』(翔泳社)では認知症を正しく予防するための方法が解説されています。今回はその中でも、難聴について書かれたパートを抜粋して紹介します。

難聴になると聴覚情報を得にくくなって脳の活性化が妨げられ、さらに予防に重要なコミュニケーションが疎かになってしまいます。浦上さんは、目が悪くなったら眼鏡をかけるように、耳が聞こえなくになったら早めに補聴器の利用を検討するべきだとしています。

こうした具体的な対策や、なぜ難聴が認知症のリスク因子となっているのかが解説されていますので、ぜひ参考にしてください。

◆著者について
浦上 克哉(うらかみ・かつや)
2001年4月に同大保健学科生体制御学講座環境保健学分野の教授に就任。2005年より同大の医用検査学分野病態解析学の教授を併任。2011年に日本認知症予防学会を設立し、初代理事長に就任。日本老年精神医学会理事、日本老年学会理事、日本認知症予防学会専門医。

◆執筆協力
田中 留奈(たなか・るな)
2011年より医療者向けウェブサイト(m3.com)の編集者・メディカルライターとして従事。2019年より独立して「伝わるメディカル」を開業。日本認知症予防学会、日本医学ジャーナリスト協会の会員。
以下、『科学的に正しい認知症予防講義』の「講義2 発症原因の40%を占める「認知症リスク因子」の減らし方」から「1 難聴(聴力低下)発症リスクの8%」を抜粋します。掲載にあたって一部を編集しています。

難聴(聴力低下)発症リスクの8%

いま、認知症発症リスクの中でも難聴(聴力低下)が注目されています。実はこれまで認知症の専門家の間でもさほど重要視されていなかったのですが、2017年に出た論文で、認知症発症の最も大きいリスク因子として示され
たことから、関心が集まるようになりました。

中年期(45~65歳)に難聴になると、認知症の発症リスクは1.9倍に高まります(難聴がない場合を1倍とした値)。そして、もし、中年期に難聴になる人がいなかったら、認知症になる人を8%減らせると推計されています。

私も鳥取県で行った疫学調査などで聴力低下が認知症リスクになり得ると気付いており、30年前にそのことを学術雑誌で報告していました。

例えばこんなことがありました。町の会議に積極的に参加していた方が、あるときから全く参加しなくなったのです。その理由は、耳が遠くなったことが原因でした。

みんなで話し合っていることが、よく聞き取れません。1~2回ならまだしも、何度も聞き返すと周りも変な目で見てきます。そんな状態が心苦しくなっていたのです。そして、その人は町のために意見を言うという社会的な役割をなくしてしまいました。このようにして社会的な役割を失って孤立し、外出の回数が減ると、認知症リスクが高まってしまいます

また、聴力低下は家族や周りの人たちにも負担がかかります。本人に聞こえるようにいつも大きな声で話すのは疲れますから、話す内容が必要最小限になってきて、会話の機会が減ってしまいます

また、難聴のせいで脳に伝わる音の情報が少なくなると、そのぶん脳が使われなくなって、脳の萎縮をもたらします。運動していないと筋肉がどんどん減ってしまうのと同じように、音を聞き、その内容を判断し、適切な対応をするという脳の機能が衰えてしまうのです。

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視力と比べると聴力は軽視されている?

脳への情報インプット量が減るという意味では、聴力のみならず視力低下も大きな割合を占めています。実際に視力が悪いほど認知症が増えることが示されています。

ただし「人間は感覚の8割を視覚に頼っている」といわれるほど視力は大事な感覚ですので、眼鏡などで矯正するのが当たり前になっています。すでに多くの人が対策をしているせいか、今回の12の認知症リスク因子としてはリストアップされていません。

では、聴力についてはどうでしょう。高齢になったら耳が遠くなるのが普通と思い、年のせいにして放置しているケースが多いと思います。本人・家族はもちろん、耳鼻科医を含めた大半の人に「補聴器は難聴がかなりひどくなってから、やむを得ず付けるもの」という意識があるのではないでしょうか。

しかし、認知症予防の観点からは、聴力も視力と同じくらい、早期から気を配ってほしいのです。目と耳を大事にする生活が習慣化してくれればいいと考えています。

聴力を守るための方法

聴力の衰えは40代頃から始まり、高い音から聞こえにくくなります。そして60代になると、高音域だけでなくもっと低い、生活でよく使う音も聞こえにくくなってきます。75歳以上になると約7割の人が難聴になるといわれています。

難聴になる理由は色々ありますが、加齢によって耳の中にある音を感じる細胞(有毛細胞)が衰えたり数が減ったりすることが原因のひとつです。この細胞を長年にわたり酷使し続けると、より加齢による難聴になりやすくなります。

まずは、テレビの音声や音楽などを大音量で聞いたり、常に騒音があるところで仕事・生活をしたりすることを避けましょう。防音具(耳栓、イヤーマフ)も活用してください。また、静かな場所で耳を休ませる時間を意識してつくるようにしましょう。

また、病気(中耳炎、突発性難聴など)や一部の薬剤の副作用などで難聴になることもあります。目が見えにくくなったら眼科に行くのと同じように、聞こえにくくなったなと思ったら耳鼻科にかかるようにしてください。定期的に聴力検査を受けることも大事です。

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そして、年を取って聞こえが悪くなってきたと感じたら、そのままにせずになるべく早く補聴器を付けるようにしてください。認知機能が低下してからだと、聞こえの調整がしにくいですし、付け慣れない機器を嫌がって外してしまうことが多いのです。

また、自分に合った補聴器に出合い、うまく調整ができるようになるまでに時間がかかります。というのも、補聴器は基本的に音量を上げる機器ですから、生活の中の不快な音まで大きくしてしまいます。その方の聴力や生活に合わせてちょうどよいレベルにうまく調整し、慣れていく時間が必要なのです。

補聴器メーカーの方でも努力して、ただ音量を上げるだけでなく、音の質も良くするような機器の開発が進められています。せっかく高機能の補聴器を買ったのに「うまく使いこなせない……」という状況にならないためにも、早めの導入をお勧めします。

補聴器選びは、補聴器専門医・認定補聴器専門店に相談

補聴器を購入する際には、信頼できるプロとじっくり相談してください。日本耳鼻咽喉科学会では4000人以上の「補聴器相談医」を認定し、リストを公表しています。

また補聴器の販売店については、公益財団法人テクノエイド協会が認定補聴器専門店を認定しており、そこには認定補聴器技能者という資格者が在籍しているはずです。

なお、難聴になれば補聴器を付けるという対応が一般的ですが、近年では補聴器を付ける前に「聴力のリハビリ」をするという発想が出てきており、色々な音を聞き分ける訓練などが試行されています。手足のリハビリがあるように、聴力のリハビリが一般的になる日が来るかもしれません。

ともあれ、現状でできることとしては、若いうちから耳にやさしい生活を心がけ、定期的に聴力検査を受けて、聞こえが悪くなったら早めに補聴器を使うということがベターだと思います。

また、この本をご家族の認知症予防のために読んでくださっている方へのアドバイスとしては、テレビやラジオのボリュームが以前よりも大きいとか、普通の声で話しかけても聞こえなくて、少しコミュニケーションに気まずさを感じるようになったら、聞こえの状態をチェックするタイミングです。

難聴を年のせいにせずに、早めに対策を講じることが認知症予防のために重要です。

講義のポイント

● 難聴は「コミュニケーション」と「耳から脳への刺激」を減らし、認知症のリスクとなる
●難聴を防ぐには、耳を酷使しない(大音量を避ける)、静かに休ませる、聴力検査を定期的に受けることが大事
●聞こえにくさを感じたら、早めに耳鼻科へ!


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