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出版社の翔泳社ってどんなマーケティングをしてるの? 現状の課題とnoteを始めた理由

いい商品なのに売れない。知られさえすれば売れるはずなのに。

こういう悩みは出版社に限らずあると思いますが、そのために社内に組織や仕組みを作ってアクションを取れるとは限りません。もしくは、実際にやってみても全然効果が出ないこともあります。

このnoteアカウント「翔泳社の福祉の本」も、翔泳社が扱っている福祉の本をより多くの人に知ってもらいたいと考え、2020年1月に立ち上げました。ちょうど1年が経ちますので、今回は「翔泳社の福祉の本」のことや翔泳社がどんなマーケティングを行なっているのかを紹介します。

普段福祉に関する記事を読まれている方には少し縁遠い内容かもしれませんが、このアカウントがどういう意図や背景で運用されているのかを知ってもらえると幸いです。

著:翔泳社マーケティング課 渡部

マーケティングは必要不可欠ではない?

街の書店やAmazonの和書カテゴリーを眺めると、とても読み尽くせないどころか認識することすら難しいほど大量の本が並んでいます。

本当にすべての本が売れて採算が取れているのかどうか、もしかしたら疑問に思うことがあるかもしれません。ですが、基本的には採算が取れていると言ってよいでしょう。Amazonランキングが低かったりレビューがなかったりすると売れていないように見えますが、実は街の書店ではけっこう売れていることが多々あります(その逆も)。

また、増刷(*)するほど売れているのに広告やキャンペーンなど見える形の販促が行なわれていない本も少なくありません。綿密な顧客分析や多面的なメディアプランニングなど、いわゆるマーケティングを行なっている出版社も、大手出版社を除けばあまりないのではないでしょうか。

※本は初版で採算が取れる部数を発行します。そのため、増刷はすればするほど利益が増えることになります。

もはやマーケティングに取り組まない企業が生き残ることはできないと言われもしますが、翔泳社でマーケティングの仕事をしてきて思うのは、いまのところ「出版事業にマーケティングは必要不可欠だ」と言いきれるものではないということです。「あるといいよね」くらいでしょうか(私はマーケティングが必要不可欠だと考えていますが)。

だからこそ、私の仕事としてはマーケティングを通して成果(売上)を出し、マーケティングが不可欠だと全社的に認識してもらうことだと言えます。そのために成果を出し続けなければなりません。

ただ、いくらかの貢献はできていても、マーケティングから売上に「!」が何個もつくようなインパクトをもたらすことはまだほとんどできていません。後述するように、出版事業はまだまだ営業が売上を作る主役です。

書店の力と営業の力

さて、私がなぜ「出版事業にマーケティングは必要不可欠だ」と言いきれないのかというと、2つ理由があります。

1つは、出版においてはオフライン・オンラインの書店の力が非常に強いからです。顧客分析をしてユーザーとコミュニケーションしながらブランディングを図って……といった一般的なマーケティングを行なわずとも、いい内容の本を作って書店に多く並べることさえできれば、広告などの販促活動を行なわなくてもある程度の売上を見込めます。

というよりも、「書店に本を並べる」ことが実際には最強の販促であり、出版社はそのために多くのリソースを割いています。そして、「書店に本を並べる」ための仕事を行なう主戦力が営業です。以前、弊社の濱田さんが営業がどんな仕事をしているのかを書いてくれました。

出版事業においては書店(+流通を担う取次)と営業が強い。出版社によっては営業もほとんど行なっておらず、取次と書店だけに依存している会社もあるそうです。それで事業が成り立つわけですから、出版社によっては本作りに専念できると言うこともできます。

これは出版業界が歴史的に長く、本の制作と流通と販売のインフラが強固でかつ一体化していることが要因でしょう。逆に言えば、この仕組みをもっとテクノロジーを使ってアップデートしなければならないというのは出版業界共通の課題だと思います。

しかし、営業の地道な書店回りが売上に響くからと言って、いつまでも労働集約型でいいはずもなく。翔泳社でも、出版社と書店を繋ぐ回路の効率化・自動化を進めようとしているところです。

もちろん、Amazonなどオンライン書店は効率化・自動化が極めて発展しています。オンラインでも書店が強いのは同様ですが、売上を作るには営業が書店員を対面(*)で口説いて本をより多く並べてもらうのではなく、用意されている仕組みに則って対応することが重要です。

※いまは街に出歩き外で人と会うことも憚られる社会情勢。いくら書店と営業が最強でも、書店を訪れる人が減れば出版社の売上も減ります。そこで生じた売上減を補填し成長させるには、やはり新しい仕組み=マーケティングでどうにかするしかありません。

顧客(読者)のことが分からない

私が「出版事業にマーケティングは必要不可欠だ」と言いきれない理由の2つ目は、顧客情報を分析・活用するマーケティングが難しく、かつその状態でも事業が成立・成長しているからです。

オフラインであれオンラインであれ、書店の力が強いのはたいへんありがたいことです。しかし、事業提携しているわけではないので、出版社は書店が持っている情報を自由に利用できるわけではありません。つまり、どんな人が書店に来ているのか、どんな人が本を買ってくれたのかが出版社には原則として分からないということです(有料サービスで提供している書店もあります)。

「どんな人が買ってくれているか分からないのに本を作って売っている」と言うと、驚く方もいるかもしれません。翔泳社には自社のECサイトと会員基盤があるのでそこで読者と繋がれますが、自社のECサイトがない出版社だと本当に顧客情報がほぼない場合もあるのではないでしょうか。せっかく自社の本を買ってくれた人がそのままどこかに行ってしまう、この状況は損失以外の何でもありません。

それでも事業が成り立つのは、前述したようにインフラのおかげです。ただ、マーケティングの観点からすれば、顧客情報がないということはマーケティングで最も重要なことが一切できないに等しいわけです。1人1人の顧客(読者)と繋がることも、コミュニケーションすることもできません。

必然、よくある誤解のように「マーケティング=販促」になってしまい、翔泳社もその論理からなかなか脱せていません。私自身、また会社としても、いかに顧客分析や顧客理解を中心としたマーケティングを行なっていくか、もがいている最中です。

世間ではファンベースやコミュニティマーケティングといった手法が隆盛で、これこそが次世代のマーケティングの要とも言われていますが、その波に乗れている出版社は簡単に数えられるほどではないかと思います(本の著者自身がそういう活動をしている場合は別で、これは広く行なわれています)。

オンラインでの販促が難しい

ところでいま、「販促ならできるんだ」と思われたかもしれません。販促にもいろいろ種類があり、その最強の手段が営業だと先ほど書きました。次に考えられるのがお金を使った広告、お金を使わないPR、自社リソースで頑張る販促の3つです。

翔泳社は3つとも行なっており、このnoteアカウントはまさに「自社リソースで頑張る販促」です。SNS広告や新聞広告はお金を使った広告で、著名人への献本や新刊発売を知らせるプレスリリースはお金を使わないPRです。

新聞広告については特殊で、少なくとも翔泳社では「本を買ってくれそうな人」を対象にしたものというよりも、書店に対するアピール材料として利用しています。つまり、営業が書店員と話す際に「今度新聞広告を出すので多めに本を並べてほしい」とアピールするわけです。

新聞広告を例に出したのは、比較的費用対効果を見込みやすいからです。ほとんどの出版社が本1点ごとに多額の広告費を出すことは少なく、テレビ広告はまず採算の見込みがありません(地方局だとCM枠自体は安くても、CMの制作費がかさみます)。

TwitterなどのSNS広告も手段としては一般的になりました。あるいは、出版社のアカウントから当月発売した新刊の情報をツイートすることも当たり前に。

しかしながら、こうした広告や活動が功を奏することは少ないです。やらないよりはましですが、そこから爆発的に売るにはかなり入念な仕掛けが必要です。一方で、読者のどなたかが投稿したツイートが出版社の知らぬ間にバズって(*)、出版社はAmazonでの売上が急増したことでやっとバズに気づく、なんてことも。

※当然、バズを狙うのはもはや時代遅れです。ここでは分かりやすくバズを出したまでで、1人1人の読者と繋がり、コミュニティを作ってよい空気感を醸成していくマーケティングをやりたいと考えてはいます。が、なかなか難しい……。

新聞やSNSでの広告が効果を出しにくいのは、本に興味がない人に訴求しなければならないからです。本は無数にある情報収集手段の1つで、しかもいまでは選ばれにくくなっています。宣伝をするならテーマや内容に関心を持ってもらうだけでなく、本という手段を選んでもらう必要もあるわけです。この2つを満たすのが難しい。

それゆえに、最初から本に興味のある人が来てくれる場での販促が中心になります(媒体としての本を選んでもらう必要がなく効率的です)。営業が強いのは、まさに書店が本に興味のある人が来てくれる場所だからです。

Amazonなどのオンライン書店も同様で、特にAmazonは広告メニューが豊富なため、翔泳社でも力を入れています。

※本に限らず別の手段でも情報を販売すればいいのではと思われるかもしれませんが、そうすると書店という強い力を利用できなくなってしまいます。書店を利用しない情報の販売は、最初からそういうビジネスモデルで取り組むか、よほど大々的に意識から手法まで転換しないと難しいでしょう。

Amazon内での広告は外から見ても何をしているのかあまり分かりませんが、例えば検索をしたとき目につきやすい場所に商品が表示される広告枠、個別の商品ページに表示される広告枠などがあります。商品ページの情報を充実させることも大切です。

リピート購入されない「本」

翔泳社ないし出版社の販促が下手なのではと言われるかもしれませんが、前述のように本1点にかけられるお金が少ないのでなかなか大がかりなことはできません。大半の出版社で、おそらく3桁万円の広告費は無理です。そもそも、本という商品がそういう性質になっていません。

考えてみてください、皆さんは一度買ったことのある本をもう一度買うでしょうか。何度もリピートして購入しますか? しませんよね。あるとすれば、売るなり捨てるなりしたあと、やっぱり手元にほしいと思ったときや、紙の本を電書で買い直すとき、誰かにプレゼントするときくらいでしょう。

一方で、食品や化粧品、ゲームの課金アイテムなどは同じものであっても繰り返し購入すると思います。なぜなら、いずれも消費してなくなるからです。本は読んでもなくなりませんし、二度読むこと自体も稀です(二度目も追加でお金は必要ありません)。

ということは、同じ本をたくさん売るには常に新規顧客を獲得し続けるしかありません。既存顧客を大事にしてリピート購入を促す、というマーケティングで王道中の王道とされている手法が、商品の性質自体によって阻まれているのが本なのです(だから顧客分析より新規獲得の広告にお金を出すほうがいいと考えられます。顧客分析自体は必要で、本の制作に活かせます)。

同じ顧客に同じ商品が売れないとなると、その商品を買ってもらえる新規顧客を獲得する一方で、同じ顧客に対してはどんどん別の新しい商品を作って売っていく必要があります。どうして翔泳社のような中小出版社でも年間150点~200点もの新しい本を発売するのかというと、結局は本がリピート購入されないからということに尽きます。

※本1点で考えると新規顧客にしか売れないので、同じ顧客と繋がってコミュニケーションする必要がありません。でも、近いテーマの本を作って買ってもらうという考え方を持てば、同じ顧客と継続的に繋がる意義があります。

なにより、前述したように多くの出版社では具体的な顧客が分かりませんし、顧客と繋がる術を充分には持っていません。これらが出版社にファンベースやコミュニティマーケティングがいまいち普及しない理由でしょう。

また、一口に「本」と言っても、福祉に関心がある人にマーケティングの本をおすすめしても買ってもらえません。本はそのテーマと内容によって無限の属性を持ちます。本はただ情報を載せる媒体なだけです。

出版社によっては医療専門やIT専門のところもありますが、翔泳社のように多種多様なジャンルを扱っている出版社が大半です。そんな出版社がSNSアカウントを持って情報発信したところで、興味のない本の情報が大量に流れてくるからフォローされません。テーマを絞るかターゲットを絞る、これはオンラインの媒体では最低限やるべきことです。

ですが、テーマを絞るだけだと1年間に出せる情報(本)が非常に限られ、事業として成り立ちません。テーマを絞ってそのテーマでの刊行点数を増やさないといけないといけません。これを実現するにはよりテーマの専門性を高める必要があり、その出版社の戦略・体制から変えなければならず、簡単ではありません。

出版社が取り組むコミュニティ作り

手をこまねく前に、ここには発想の転換が必要です。上記のような現状があるからマーケティング(ファン作りやコミュニティ作り)ができない・必要ないと考えるのではなく、マーケティングを通して現状を改善しようと考えるということです。

現在のインフラが強固で一体化しているとしても、その一部がおかしくなれば途端に全体が瓦解してしまいます。選択肢を多く持っておくことが欠かせませんし、顧客について理解を深めることは必ず役に立ちます。

実際、出版社でもコミュニティ作りに挑戦しているケースはあります。特に漫画や小説などエンタメ系の本を刊行している出版社や、1つのテーマに特化したレーベルを持っている出版社などです。noteだと文藝春秋や早川書房が有名でしょうか。両社のあり方はすばらしいと思います。

「翔泳社の福祉の本」も、私の目論見としてはその文脈上にあります。ただ、それ以前に翔泳社が売っている福祉の本の情報がオンライン上でまったく届けられていなかったため、1年目は情報発信を中心にしました。

あいにくnoteではpro版でないと読者情報が分からないのですが、一般的にはコミュニティができれば読者のことを詳しく知ることができます。そうすれば商品開発やマーケティング、営業に展開・応用することも可能になり、どんどんできることの幅が広がります。

書店や取次だけでなく、1人1人の読者にも目線を移してアクションできるようになると、出版社が読者のことを把握できない時代は少しずつ過去のものになってくるのではないでしょうか。そこからが「出版社のマーケティング」の始まりだと思います。

翔泳社がやっていること

ここまで、翔泳社だけでなく出版というビジネスモデルのどこに強みと弱みがあるのかを書いてきました。ということで、遅くなりましたが実際に翔泳社でマーケティングとして何をしているのかを紹介しましょう。

前提として、すでにお話しした営業活動とAmazonでの広告は省略します。省略するといっても、翔泳社で最も売上に影響を与える手段であり、マーケティング活動はまだまだ追いつけていません。

さて、実は翔泳社には業界トップクラスのウェブメディアがあり、そこで本の情報をお知らせしています。

ITをテーマとするCodeZineでは、例えばPythonの本や機械学習の本について。マーケティングをテーマとするMarkeZineでは、マーケティング全般の本から顧客分析や広告など個別ジャンルの本について。ほかにも事業開発や経営戦略をテーマとするBiz/Zineや、セールステックや営業をテーマとするSalesZineなどがあります。

刊行する本のテーマが自社のウェブメディアに合っていれば、そこでニュースや抜粋記事を掲載しています。また、各メディアで数万~数十万の会員がいるので、メルマガも配信します。

加えて、本の情報に特化したメルマガもあります。本を購入した読者など追加コンテンツや特典を利用する際に登録してもらう形式です。これは出版社と読者が直接繋がれる手段でもあります。

とはいえいずれも一方的な情報発信であり、方法としても改善の余地大ありです。ただ、そこからどう発展させていくかは今後の課題。この「翔泳社の福祉の本」もいまは一方的な情報発信になっており、次の計画を動かさないといけない段階です。

いかに読者と繋がり売上を生むか

単にコミュニティを作り始めても、とにかく本のジャンルやテーマが細分化しているので継続的に情報提供をするのは簡単ではないと想像しています(福祉全体では年間30点以上出ますが、介護の本は数冊しか出ません)。

基本的に、コミュニティは人が中心にいることが多いです。その点で、翔泳社は人中心の施策が非常に弱いんですね。本が良質でウェブメディアが強くても、その中にいる人に影響力があるかといえばそうではありません(一部例外あり)。

昨今、オンラインでの施策には人の力が大きな影響力を持ちます。いわゆるインフルエンサーです。そういう社員が出現する可能性はなきにしもあらずとはいえ、逆にインフルエンサーに依存しない方策を検討・実践するチャンスでもある、と言っておきたいところです。

翔泳社はそれが多少はできていると言えるかもしれませんが、私としてはオンラインで売上を作るには多大な影響力のある人か、コミュニティ作りだけに特化して動ける人が不可欠だと考えています。いきなり翔泳社の本を売ってくれるインフルエンサーが誕生するわけもないので、結局は地道なところから始めるしかありません。

どうやら「翔泳社の福祉の本」は2021年、編集長もいま以上に取り組んでいくという話を聞いています。私も陰ながらサポートしつつ、アカウントのそもそもの方向性やあり方から再検討していければと思います。

それでは、日頃から翔泳社の福祉の本で記事を読んでくださっている方、今回「出版社のマーケティング」という言葉で興味を持ってくださった方、今後も良質で役に立つ本をお届けしていきますので、どうぞ翔泳社をよろしくお願いします。

よろしければスキやシェア、フォローをお願いします。これからもぜひ「翔泳社の福祉の本」をチェックしてください!