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認知症は発症の20年前から予防する! 専門医が語る"完治"の難しさ

認知症は自分にはまだ関係がない、と思っていませんか? 

日本では10年以内に認知症の人が700万人を超え、高齢者の20%が認知症になると言われています。自分だけでなく、家族が当事者になる可能性もあります。

現代の医学では一度発症してしまうと完治させることが難しい認知症。ですが、認知症専門医の浦上克哉さんによれば、最新の研究でようやく効果的な予防法がわかってきたとのこと。

これまで13万人以上の認知症の方々を診察してきた浦上さんは、発症しやすい年齢になる20年近く前から脳の変化が起きており、できれば40代から予防したほうがよいと言います。

では、具体的にはどのように予防すればいいのでしょうか。今回は認知症の予防方法が浦上さんの知見と科学的な証拠に基づいて解説された『科学的に正しい認知症予防講義』(翔泳社)を紹介します。

◆著者について
浦上 克哉(うらかみ・かつや)
2001年4月に同大保健学科生体制御学講座環境保健学分野の教授に就任。2005年より同大の医用検査学分野病態解析学の教授を併任。2011年に日本認知症予防学会を設立し、初代理事長に就任。日本老年精神医学会理事、日本老年学会理事、日本認知症予防学会専門医。

◆執筆協力
田中 留奈(たなか・るな)
2011年より医療者向けウェブサイト(m3.com)の編集者・メディカルライターとして従事。2019年より独立して「伝わるメディカル」を開業。日本認知症予防学会、日本医学ジャーナリスト協会の会員。

本書では発症の4割に関与する12の認知症リスク因子(難聴、社会的孤立、生活習慣病、知的好奇心の低下など)について解説し、リスクを減らすための方法を提案。特に運動、知的活動、コミュニケーションが鍵となります。

完治が難しいからこそ予防が大切なのですが、認知症の完治が難しいのには理由があります。この記事ではそのポイントについて解説された「講義1 認知症に対して現代医学ができること/できないこと」の一部を抜粋しますので、まずは予防の第一歩として参考にしていただければ幸いです。

以下、『科学的に正しい認知症予防講義』の「講義1 認知症に対して現代医学ができること/できないこと」から「1 認知症は『発症しない』ことが一番大事!」を抜粋します。掲載にあたって一部を編集しています。

現代医学では認知症を完治できない

私は認知症専門医として、これまでに13万人以上の認知症の方々を診察してまいりました。

症状が軽いうちからみつかり、生活上の工夫と周囲の支援により自分らしく暮らせた人、徘徊などが出てから診断され、周囲の対応が後手に回り、ご自身もご家族も大変な思いをされた人、かなり症状が進んでから病院に来られて見守ることしかできなかった人……。認知症の人の暮らしは十人十色です。

そのなかで、すべての人に共通することがあります。それは、一部の種類を除いて、認知症は「完治」しないという事実です(※)。認知症を発症すると、ゆっくりですが確実に症状は進行していきます。経過中に認知機能が少しだけ良くなることもありますが、長期的にみればやはり、認知症はだんだん悪くなる一方の病気です。

※薬物の副作用、低栄養、神経や精神の病気などによって起こる一部の認知症では、原因を取り除くことで完治が可能です。

残念ながら、現代の医学では「認知症になった人」を「認知症でない人」にしてあげることはできません。薬などを使って認知症の進行を緩やかにすることしかできないのです。

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認知症は自立した生活を奪う病気

ここで簡単に、認知症の症状について解説しておきます。「認知症=もの忘れ」というイメージが強いですが、もの忘れは認知症に特徴的な症状(中核症状)の1つにすぎません。

もの忘れ(記憶障害)の他にも、それまでできていた料理が難しくなったり(実行機能障害)、人の見分けが付かなくなり、家族を知らない人と勘違いしてしまったり(見当識障害)します。

そして、認知症が進行し、たくさんの中核症状がみられるようになると、着替えや排泄などの日常生活に不可欠な行動が一人でできず、家族など周囲の手助けが必要になります。つまり、認知症は自立した生活ができなくなっていく病気なのです。

また、徘徊や暴言・暴力、幻覚、妄想など、認知症が原因で起こる困った行動のことを行動・心理症状(BPSD)と呼びます。BPSDは認知症の人すべてに起こるわけではなく、接し方や環境整備などで軽減・解消できますが、家族や介護者に心配や苦労をかけるという点では、自立した生活を遠ざける要因といえます。

なお、認知症にはいくつかの種類があります。最も患者数が多いのはアルツハイマー型認知症(約6割)で、次に血管性認知症(約2割)が多く、他にもレビー小体型認知症、前頭葉側頭型認知症などが知られています。認知症の種類により、症状の出方は少し違ってきますが、基本的にはどれも認知機能症状(中核症状)や行動・心理症状(BPSD)によって、自立した生活が送りにくくなります。

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たとえ完治しなくても、治療には重要な意味がある

認知症が早期に診断できた人には、認知症の薬(症状改善薬)が処方されることがほとんどです。治らない認知症になぜ薬が必要なのかというと、症状の進行を抑える効果が少しだけ期待できるからです。いずれ認知症は進行してしまいますが、それまでの時間稼ぎができるということです。

これを聞くとガッカリされる方もいらっしゃいますが、時間稼ぎには大きな意味があります。認知症になっても「住み慣れた家で長く暮らしたい」という方が多いのですが、認知症の症状が進行してしまうとそれが難しくなります。症状の進行を遅らせることで、在宅期間を延ばすことができる。これが私の考える意義のひとつです。

また、認知症はそれまでの生活を大きく変えるものです。ご家族など周囲の人が認知症について学び、受け入れ、ご本人との接し方や環境整備、介護のための準備などを行うには時間がかかります。その準備時間を確保することができるのも意義のひとつでしょう。

だからこそ、ちょっとおかしいなと思ったら、認知症の早期発見のためにも、早めにもの忘れ外来などの専門外来で診てもらうことをお勧めします。

認知症の特効薬の開発が難しい理由とは?

初めての認知症の症状改善薬であるドネペジル(商品名:アリセプト)が発売されたのは1999年のことです。この薬は症状の進行を抑制するだけですが、当時は「やがて認知症そのものを治す薬が開発されるに違いない」と期待が高まりました。

しかし、アリセプトの登場から20年以上経っても、認知症を完治させるような「特効薬」は開発されませんでした。世界中の研究者が、何百種類もの候補薬を生みだしてしのぎを削っているのですが、今のところ苦戦を強いられています。

特効薬の開発が難しい理由は認知症の発症より20年近く前から脳の変化が始まっているからです。例えば、アルツハイマー型認知症では、脳にアミロイドβなどのタンパク質が溜まり、そのために脳の神経細胞が壊されてしまうことが原因です。

このアミロイドβは、健康なうちからジワジワと増えてきて、もの忘れなどの症状に気付く頃にはもう脳の中にたくさん蓄積してしまっています。

現在、臨床現場でよく使われている認知症治療薬には、この原因物質(アミロイドβなどのタンパク質)を取り除いたり、壊れた神経細胞を復活させたりするような作用はありません。ですから、原因物質が溜まって神経細胞が壊れてしまってから薬を始めても、その効果は限定的なのです。

そこで近年では、原因物質が溜まらないようにするための薬(疾患修飾薬と呼ばれています)の開発が進んでいます。原因物質が溜まらなければ、脳の神経細胞が壊れず、認知症にならないはずですから。

ただ、ここで難しいのは、アミロイドβが溜まり始めるのが発症の20年くらい前からだということです。もちろん、すべての人が認知症になるわけではないので、医療費の観点からも、薬の投与が必要な人(=脳内でアミロイドβが増えている人)を見つけ出す必要が出てきます。

しかし、現状でそれを調べるためにはPETという非常に高価な検査か、脳脊髄液を採るという少し身体に負担がかかる検査をする必要があります。これらを国民すべてに行うのはあまり現実的ではありません。

このように、疾患修飾薬が開発されたとしても、その治療は一筋縄ではいきません。アミロイドβが増えている人を見つける簡便な方法が発見されたり、アミロイドβが溜まった状態でも効果の出る新薬が開発されたりすることを願うばかりです。

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認知症発症の一歩手前までなら回復できる!

このような現状を知ることで、「認知症にならないように予防する」ことの重要性がよりいっそう理解できるのではないでしょうか。

ところで、認知症予防は認知機能の衰えを自覚し始めた人にも効果はあるのでしょうか。

認知症は気付かぬうちにジワジワと迫ってきます。その最終防衛ラインの状態が軽度認知障害(MCI)です。信号機でいえば黄色信号に当たります。

MCIは、本人も周りの人も記憶障害(もの忘れ)が増えてきていることに気付いているが、その他の症状はなく、日常生活や社会生活には支障がない状態のことです。もの忘れが心配になって医師に診てもらっても「認知症ではない」と診断されます。

つまり、認知症になると元には戻りませんが、ギリギリ認知症ではない境界ラインであるMCIならまだ間に合うということです。

私は長年にわたり、MCIの人たちの認知症予防に取り組んできました。「ちょっと認知機能が心配かな?」と思われるような人でも、本書で紹介する認知症予防を行い、積極的に脳を使うようにすることで、MCIの状態を脱することができた人を数多くみてきました。もちろん、黄色信号(MCI)になってからではなく、青信号(認知機能正常)から予防しておくのがベストです。

そして、たとえ認知症を発症した後だったとしても、認知症予防を行うことは無駄にはなりません。認知症を発症した後に脳を鍛えることで、症状の進行を遅らせることが期待でき、本人や家族が望む暮らしをできる限り長く続けることにつながるからです。ですから、認知症予防に遅すぎるというタイミングはないと私は考えています。

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講義のポイント

●発症した認知症の進行を止めることは、現代医学では難しい
●認知症になる手前の状態(MCI)なら、回復は可能
●高齢でも遅くない! 今日から認知症予防をはじめよう


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