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傾聴迷子から脱出する3つの方法

傾聴はビジネススキルとして活用されるほどのブームとなりましたが、カウンセラーや看護師、介護士など、対人援助職の方にとってはそもそも仕事に欠かせないスキルです。

ですが、「他人の話をちゃんと聴く」のは存外難しく、傾聴しているつもりでもうまく話を聴けておらず、相手が戸惑ったり不満を抱えていたりすることがあります。

心理学に学ぶ鏡の傾聴』(翔泳社)の著者、岩松正史さんは傾聴しているはずなのにうまくできないと悩んでいる人を「傾聴迷子」と呼んでいます。

本書では傾聴迷子の人が正しく傾聴する方法や、「セルフ傾聴」について解説されています。セルフ傾聴とは自分自身に傾聴することであり、それによって他者に傾聴する際の効果を高める手法です。

傾聴に興味のある方や、傾聴で悩んでいる方は、ぜひ本書をチェックしてみてください。

今回は本書から、「傾聴迷子の4つの特徴」と「傾聴迷子から脱出する3つの方法」のパートを抜粋して紹介します。心当たりがあったり、参考になりそうだと感じたら、傾聴スキルを高めるチャンスです。

◆著者について
岩松 正史(いわまつ・まさふみ)

一般社団法人日本傾聴能力開発協会 代表理事、365日24時間オンラインで傾聴練習ができるコミュニティ「傾聴大学」学長、心理カウンセラー、傾聴講師、公認心理師、キャリアコンサルタント、産業カウンセラー他。2005年に傾聴専門の講師として「聴く人が楽になる傾聴」を伝える傾聴1日講座® を開始、約20年間で開催は1440回を超える。著書に『「ねえ、私の話聞いてる?」と言われない「聴く力」の強化書――あなたを聞き上手にする「傾聴力スイッチ」のつくりかた(第2版)』(自由国民社)、『その聴き方では、部下は動きません。』(朝日新聞出版)などがある。


傾聴迷子の4つの特徴

傾聴迷子には次のような4つの共通点があります。

①学習経験がある
②情報のつまみ食いをしがち
③一環した指導を受けたことがない
④他人の意見を聞き流せない

この共通点に含まれる特徴が複数絡みあって、傾聴迷子の状態を悪化させる原因になるのです。まずは、一つひとつの特徴を見ていきましょう。

①学習経験がある

傾聴迷子になる人は、資格試験のための講座や社内研修、本やインターネットの動画で、傾聴を一度は学習したことがある経験者です。傾聴を知ってはいるけれどよくわからない、うまくできない人です。

このような人は、知識とスキルがまだ追いついていないので、向上心と同時に問題意識ももつようになります。

②情報のつまみ食いをしがち

真面目な人ほど、傾聴迷子になりがちです。

真面目な人は自己成長への欲求が高く、自分を向上させるべく情報収集を積極的に行い講座にもよく参加します。

本をたくさん読み、動画をたくさん見て学びます。

多くの情報に触れることは疑問の解決に役立つこともあれば、逆に情報過多で混乱を引き起こす原因にもなります。

③一貫した指導を受けたことがない

一貫性のない指導は、混乱の原因になります。

例えば、あなたがテニスを習う生徒になったと仮定して想像してみてください。

個別指導をしてくれるコーチが同時に5人もいたら混乱するでしょう。

みんな言うことが違うと、誰の言うことを信じていいかわからなくなります。

傾聴も同じです。

傾聴も、先生により教え方がぜんぜん違うことがよくあります。

A先生は「そこで質問をしなければダメ」と言い、B先生は「そこで質問なんかしちゃダメ」と言う、なんてことは日常茶飯事です。

会社でも仕事の仕方について指示命令系統が一本化されていないと混乱が起きるように、一貫性のない情報提供は、役立つどころか混乱しかもたらしません。

大きな団体が開催するカウンセラー養成講座の場合、先生が毎回違うことがあります。

運営上仕方がないことですが、同じ先生から習わなければ一貫性が守られず混乱するのは当然です。

④他人の意見を聞き流せない

先生が言うことが違うのも困りますが、すべての情報をうのみにしてしまう受け手にも問題はあります。

傾聴ではよく、話し手役、聴き手役、オブザーバー役に分かれて行うロールプレイ形式の練習をします。

ロールプレイ形式の練習での役割分担
・話し手役:自分のことについて話す
・聴き手役:自分の課題に沿って聴く
・ オブザーバー役:聴き手役にフィードバックする(オブザーバー役はいない場合もある)

話し手役と聴き手役でロールプレイが行われた後、オブザーバー役が聴き手役にフィードバックをします。

通常オブザーバー役はただの練習仲間なので、知識も浅くフィードバックをするスキルにたけているわけではありません。

このオブザーバー役からのフィードバックが、混乱を引き起こす原因によくなります。

「もっと、ああしたほうがいい」「あれはやめたほうがいい」などの個人的な感想からの指摘や指導は、たとえ親切心からの発言であっても、丁寧に伝えないと人の心を傷つける原因になります。

ロールプレイを終えたばかりの聴き手役は、うまく聴けなくて気弱になっていることが多く、指摘やアドバイスは心にグサグサ刺さりやすい状態にあります。

指摘された内容はもっともな内容ばかりなので、聴き手役はぐうの音も出なくなり、「おっしゃる通りです」と言って心にとげが刺さったまま帰ります。

危険な状態に気づける先生がそばにいれば、きっと介入するのでしょうが、生徒数が多く先生の目が届きづらいグループ学習会や、指導経験が豊富なファシリテーターがいない仲間内の自主練習会もあります。

このような場合、不要な情報をうまく聞き流せないと混乱して悩み始めてしまいます。仲間は教えるプロではないので、意見は真に受けすぎないことが大切です。

傾聴迷子から脱出する3つの方法

迷子とは、方向感覚を失い、自分がどこにいるのか、目的地にどうやって行けばいいのかわからなくなり、誰にも聞けず困っている人です。

傾聴迷子も同様ですが、次の3つの脱出法(課題)に取り組むことで、このような混乱から抜け出せます。

混乱からの脱出法① 自分軸で聴く
混乱からの脱出法② 効果的な学習法で学ぶ
混乱からの脱出法③ 傾聴をよく知る

混乱からの脱出法① 自分軸で聴く

傾聴迷子の人が次のような負のスパイラルにはまる原因の一つは、自分軸でなく他人軸でいるからです。

傾聴の負のスパイラル

傾聴する上で大事なのは、他人軸ではなく自分軸で聴くことです。

ここでいう他人軸とは、相手の反応により自己評価が変わってしまうような聴き方です。

他人軸での聴き方

「話し手が喜んだから成功」とすると→喜ばせようとして聴く
「話し手が笑顔になったから成功」とすると→笑顔が出るように話しかける
「話し手に気づきがあったら成功」とすると→ヒントを与えて気づかせようとする
「話し手の本音を深掘りできたから成功」とすると→どうにかして本音を引き出そうとする
「話し手が前向きになったから成功」とすると→ネガティブな発言はポジティブに転換しようとする

他人軸が強いと、このように話し手をコントロールしようとする聴き方になってしまいます。

ポジティブな反応を得たくなるのは、聴き手の心の中に、話し手から「嫌われたくない」「好かれたい」「自分が役に立つ人だと思われたい」という欲求があるからでしょう。

例えば、キャリコンの実技面接の試験中に、試験官の視線が気になって「今の自分は、どういう風に見られているだろうか?」と心配したり、クライエント役との応答で「今の話し手の反応が薄かったから、失敗だっただろうか?」と気をもんだりするようでは、集中して聴けていません。

悪い意味で、自意識過剰な状態が他人軸なのです。

よくも悪くも相手の反応により自己評価が左右される人が、傾聴迷子になりやすいのです。こういった人は、なかなか自分の聴き方に自信がもてません。

話し手が変わろうが変わらなかろうが、ポジティブだろうがネガティブだろうが、よい反応があろうがなかろうが、今の自分にできる精一杯の受容、共感の姿勢で話し手のそばに居続ける自分軸をもつことで、安心して聴けるようになります。

自分軸での聴き方

話し手の反応に一喜一憂せず、ひたすら受容、共感の姿勢で受け止めながら聴き続ける

しかし、このような自分軸の価値観は、社会ではただのわがままと捉えられがちです。

昔どこかの人材募集の広告で「お客様の笑顔をあなたの笑顔に!」というキャッチコピーを見たことがあります。このように、まず他人の幸せが先、自分は後という価値観のほうが社会では受け入れられやすいのではないでしょうか。

自分軸というのは、自分を我がままに優先させるという意味ではありません。

自分も相手も価値は同じという考え方です。

私ももちろん、話し手が喜んでくれたらうれしくなります。

でも同時に、話し手が喜んでくれなかったら自分の価値はないかというと、それも違うと思います。

他人から評価されなければ自分に価値がないのであれば、それは自分の価値を他人にゆだねる他者依存です。

悩み事を抱えている人ほど「相手から嫌われたらどうしよう」と相手の反応が気になり、期待にうまく応えられない自分はダメだと考える、他人軸思考に陥りがちです。

私が傾聴を通して学んだことは「聴き手が自分軸でいればいるほど、話し手も自分軸をもちやすくなる!」ということです。

傾聴は、話し手の中に自分軸を育てるサポートにもなるのです。

まず、聴き手のあなたが自分軸をしっかりもちましょう。

この後説明していく受容、共感の姿勢で鏡のように聴く傾聴をしていると、相手の反応に一喜一憂しなくなる自分軸が育っていきます。

混乱からの脱出法② 効果的な学習法で学ぶ

傾聴も学習の方法によって、得られる成果は大きく変わってきます。

人間は意識、無意識を問わず心をもった生き物ですから、脳が動きやすくなるような学習の工夫が必要です。

特に昔から気になっているのは、傾聴では「〜してはいけない」という禁止がとても多いことです。

・途中で口を挟んではいけない
・意見やアドバイスを言ってはいけない
・聴きもらしてはいけない
・間違って理解してはいけない
・受容や共感を示さなくてはいけない

このように禁止をされると、余計にそのことが気になって再現性が増してしまったり、反発心が芽生えて期待するのとは逆の反応が出てしまったりするので、学習の仕方として間違っています。

本心を抑圧する(される)と、脳がリバウンドしてしまう現象として心理的リアクタンスがあげられます。

障害が多い恋愛ほど燃え上がるといわれるように、自由や選択肢を制限されると抵抗感が生まれ、その制限や圧力に反発する動機づけがかえって高まる心理現象です。

他者からの抑圧は反発心を生み、自分への抑圧は頭で心を抑え込もうとすることでフラストレーションが溜まります。

ダイエット中なのに、ついつい食べすぎてしまって失敗した。子どもを叱らないように心がけているのに、何かの瞬間に爆発してひどい言葉を言ってしまった。そういう経験がある人は多いでしょう。

心の中に、欲求というバネ(スプリング)があるイメージです。

バネを両手で上下に押さえ込むと、一見小さくなって見えますが、内側には逆の向きへの反発力がどんどん溜まっていきます。

そして強い抑圧に耐えられなくなり、心理的なリバウンドを起こし爆発して終わるというのがお決まりのパターンです。

強く抑圧した当然の結果としてリバウンドが起きて、たくさん食べすぎたり、子どもをひどく叱ってしまったり、傾聴では自分のことを話さないよう強く抑圧した結果として、話し手に余計なことを言ってしまったりという現象が引き起こされます。

リバウンドというとダイエットに失敗して体重が戻ることを思い浮かべがちですが、リバウンドの正体は食べる行動の前に起きる心理的反応のほうです。

悪い問題点を見つけて、それを減らそうとすることは一見よいことのように思えます。

でも、そのような改善思考は心をもたない工業製品には有効ですが、心をもった人間には微妙です。

人間の場合「悪いことを減らしたら改善されてよくなる」という理屈通りにはいかず、「悪いことを減らそうとしたら、余計悪くなる」ことがよくあります。

「〜してはいけない」と、心理的抑圧をしながら聴く学習法そのものが間違っているのですが、残念なことに多くの人はそれに気づくことができません。

理由は、何かをガマンすることで一瞬よい成果が出るので、問題は自分の抑圧の足りなさにあると勘違いしてしまうからです。

傾聴学習をするための前提としてお伝えしたいのは、傾聴を阻害する悪い原因を見つけて減らそうとする「マイナス思考」ではうまくいかないことです。

傾聴に必要なよき行動を増やしていくプラス思考で学習することで、努力を無駄にせずに済みます。

例えば、次のような法則や理論が傾聴学習にも役立ちます。

・欠点を減らそうとすると、余計悪化する(心理的リアクタンス)
・具体的な目標設定は、達成率が上がる(目標設定理論)
・脳は1つのことにしか集中できない(マルチタスク禁止)
・3つ以上の情報を受けとると、脳は混乱する(マジカルナンバー4の法則)
・矛盾した情報を受けとると、脳は混乱する(不確実性の増加)
・参考になる人のマネをする(モデリング)
・大きな課題は小さく区切って進めたほうが達成しやすくなる(スモールステップ)

混乱からの脱出法③ 傾聴をよく知る

突然ですが質問です。傾聴とは何でしょうか?

スマートフォンでもメモ帳でもいいので30文字以内で書き出してみてください。

傾聴の定義はさまざまにあります。

何を傾聴と呼ぶか人によっても違いますし、「これが傾聴」という絶対的な答えはありません。

また「いい傾聴」の定義も、個人の好みによりさまざまにあるでしょう。「自分が聴きたいように聴ければそれでいい」というのが自分軸です。

しかし、知識がない人は「自分が聴きたいように」といわれても、自分がどのように聴きたいのかさえ、わからない場合もあるでしょう。

傾聴といえばカール・R・ロジャーズということはカウンセラー養成学校でもよく習いますが、あまり深くは学びません。

そこで、心理学としてのロジャーズの傾聴について紹介します。

ロジャーズは傾聴の意味を「深く傾聴してもらった人は、深く自分の心を傾聴し始める」ことにあるといっています。

確かに本質はそうだと思うのですが、それだけではよくわからないと思うので、私なりにロジャーズの傾聴を別の言葉でいろいろ表現し直してみました。

110個もできてしまったので、翔泳社のサイトにアップしました。興味があれば見ていただいて、あなたが思っている傾聴との共通点や相違点から傾聴への理解を深めてみてください。

▶ 筆者が考える「ロジャーズの傾聴」110個(ダウンロードにはSHOIESHA iDへの会員登録が必要です)

◆本書の目次
第1章 傾聴迷子が増え続けている
第2章 傾聴迷子は、カウンセラーの中にもいる
第3章 傾聴がもつ「5つの鏡」
第4章 傾聴を最新バージョンにアップデートする
第5章 セルフ傾聴で楽に傾聴できる人になる
第6章セルフ傾聴力を鍛えるワーク

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