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科学的に効果が証明された「とっとり方式認知症予防プログラム」とは?

認知症は一度発症すれば完治させることが難しい病気。自分はもちろん、家族や知り合いが認知症にならないためにはどうすればいいのでしょうか。

近年では研究が進み、認知症に罹る可能性を高めるリスク因子が特定されてきています。例えば、最もリスクが高いのは「中年期(45~65歳)の難聴」の8%。この8%という数字は、中年期に難聴になる人が誰もいなければ認知症になる人が8%減るだろう、という意味です。

ほかのリスクとして喫煙(5%)や抑うつ(4%)などがあり、現在では12のリスク因子(計40%)が科学的に確実だということが昨年明らかにされました。言いかえれば、これらのリスク因子を避けることができれば、認知症になる人を40%減らせます。5人のうち2人が認知症に罹らないで済むということです。

そのために大切なことが、早期から予防に取り組むことです。アルツハイマー型認知症の原因物質とされるタンパク質が脳内に蓄積し始めるのは、認知症が発症する20年近く前からなのです。

では、実際に効果のある予防法はあるのでしょうか。その1つが、認知症専門医の浦上克哉さんが開発し、科学的に効果が実証された「とっとり方式認知症予防プログラム」です。

浦上さんの著書『科学的に正しい認知症予防講義』(翔泳社)では、こうした認知症のリスク因子や予防法について、最新の研究と専門医の見地から詳しく解説されています。

今回、この記事では40%という数字が持つ意義や、とっとり方式認知症予防プログラムの概要が解説されたパートを抜粋して紹介します。

日本では今後10年以内に認知症の人の数が700万人を超えると推定されています。だからこそ、誰もが早くから予防に取り組むことが大切です。

◆著者について
浦上 克哉(うらかみ・かつや)
2001年4月に同大保健学科生体制御学講座環境保健学分野の教授に就任。2005年より同大の医用検査学分野病態解析学の教授を併任。2011年に日本認知症予防学会を設立し、初代理事長に就任。日本老年精神医学会理事、日本老年学会理事、日本認知症予防学会専門医。

◆執筆協力
田中 留奈(たなか・るな)
2011年より医療者向けウェブサイト(m3.com)の編集者・メディカルライターとして従事。2019年より独立して「伝わるメディカル」を開業。日本認知症予防学会、日本医学ジャーナリスト協会の会員。
以下、『科学的に正しい認知症予防講義』の「講義1 認知症に対して現代医学ができること/できないこと」から、「2 正しい予防で、認知症になる人を4割減らせる」と「3 科学的に証明済!「とっとり方式認知症予防プログラム」」を抜粋します。掲載にあたって一部を編集しています。

認知症の40%は予防できる

「認知症は予防できるのか?」という問いへの答えは、認知症の専門家の間でも医師の間でも見解が分かれているところです。私は「予防できる余地はあるし、すべきだ」という考えのもと、認知症予防の研究を長年続けてきましたし、近年それを裏付けるような信頼性の高い論文が発表されるようになりました。その中の1つは英国ロンドン大学の教授らが書いたもので、

『Lancet』という超一流の医学学術誌に掲載されています。彼らが、科学的根拠が最も高いとされるメタアナリシス(多くの研究データをまとめて解析する手法)という方法で解析を行ったところ、認知症の発症に関わる12のリスク因子と、それぞれの関係性がわかりました

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その結果をまとめたものが上の図です。ライフステージを3つ(若年期、中年期、高齢期)に分け、それぞれの時期で気を付けるべきことがわかるようになっています。この中で一番数字が大きいリスクは「中年期(45~65歳)の難聴」(8%)です。

8%とはどういうことかというと「中年期に難聴になる人が誰もいなかったなら、認知症になる人は全体の8%減るはずだ」という意味です。難聴のほかにも、喫煙(5%)、抑うつ(4%)、高血圧(2%)などのリスク因子もあります。これら12のリスク因子を足し合わせると40%にのぼります。

たかが40%? されど40%!

「たったの40%」と思いますか? いえいえ、40%という数字はとても大き
いものです。放っておけば5人が認知症になっていたところ、予防すればそのうち2人は認知症を発症せずに済むということですから。

日本では2025年には認知症の人が約700万人にのぼり、「高齢者の5人に1人が認知症になる」といわれています)。ごく単純な試算ですが、もし日本人すべてに12のリスク因子がなかったなら、700万人の40%、つまり280万人
が認知症にならなくて済み、認知症になるのは「高齢者の9人に1人」で収まる計算になります。

しかも、認知症は一度発症すると完治することはなく、じわじわと自立した生活を奪う病気ですから、いずれ家族や介護者の手助けが必要となります。そう考えると、280万人が認知症にならずに済むということは、その何倍もの人々に影響を与え得るということです。この社会的インパクトは非常に大きいですよね。

睡眠とか…? 残りの60%はどうなの?

ここで多くの方が気になるのは、残りの60%の認知症リスクについてはどうなのか、 ということではないでしょうか。私たちが努力して変えられるのは40%しかなくて、残り60%は諦めるしかないのでしょうか?

いえいえ、そんなことはありません。この40%という数字は近年までの認知
症予防研究を総ざらいして「これは確実だろう」といえるものだけを集めた数字です。これからの研究の進展により、もっと「これは確実だろう」といえるものが増えてくるだろうと、私は考えています。

例えば、注目を集めているのは「睡眠」です。アルツハイマー型認知症では脳内にアミロイドβというタンパク質が蓄積してしまいますが、良い睡眠が取れている人ではこのタンパク質が溜まりにくく、睡眠の質が悪い人では溜まりやすいという研究結果が出ています。つまり、睡眠の質を向上させることが認知症の予防につながるという可能性が示されているのです。

では、なぜ今回紹介した12の認知症リスク因子のなかに睡眠が入っていないのでしょうか。それはまだ研究が発展途上にあり、確実な証明ができていないからです。今後、認知症と睡眠の研究が進めば、いずれこの仲間入りをすると思います。

睡眠のほかにも、世の中には「認知症に良い」とされているものが色々紹介されています。それらの中には、ここで紹介したような「確実な」リスク因子があれば、研究が発展途上で「可能性があるが確実とはいえない」というものもあります(睡眠や視力低下などがそれに当たります)。

なお、なかには、ほとんど研究がされていないのに、「これで認知症予防ができます」と紹介されている場合もあります。このように世の中の認知症予防に関する情報は玉石混交ですが、本書で取り上げている12のリスク因子は確実性の高いものであると捉えていただければ幸いです。

認知症を100%予防できる日は来る?

それでは、認知症を100%予防できる日がいつか来るのでしょうか?

その実現を私も願わずにはいられませんが、残念ながらあまり現実的な望みではないようです。生まれつきの体質によって認知症になりやすい人が一定数いるからです。

その最も代表的なものに「アポE遺伝子」があります。この遺伝子はアミロイドβの蓄積と関係していて、遺伝子の型によって「普通」「やや蓄積しやすい」「蓄積しやすい」の3パターンがあります。

このうち蓄積しやすい型では7%のリスクがあると計算されています。今のところは認知症予防のために遺伝子を変えることはできません。同様に「どうしようもない因子」が他にもいくらか含まれていると考えられます。ですから、認知症を100%予防できる日は来るとはいえません

しかし、「100%でないなら何もしなくていい」というわけではありませんね。いま確実にわかっている40%の対策を講じた後で、残りの60%について
も考えていけばいいのではないでしょうか。

科学的に正しい認知症予防法とは?

さて、認知症予防として当面は12の認知症リスク因子(40%)を優先して対
策をすることが、科学的に理にかなった認知症予防だということがおわかりいただけると思います。それでは、具体的には何をすればよいのでしょうか。

【科学的に理にかなった認知症予防】
Ⓐ 自分に当てはまっている認知症リスク因子を知り、日常生活を変えて、それを取り除くこと
Ⓑ まだ当てはまっていないリスク因子については、今後も該当しないように、少しずつ対策を行うこと

私は、これらのⒶ、Ⓑに同時に取り組むことが、現時点で認知症の予防のために重要だと考えています。Ⓐについては、「認知症リスクチェックシート」と講義2で、ご自身のリスク因子とその対策を確認できるようにしています。

Ⓑについては、認知症リスク因子が12個もあるため、日常生活で、今は当てはまっていないリスクにまで気を付けることは大変ですよね。

そこで、講義3でも紹介する、「3つの習慣」(認知症予防のための運動・知的活動・コミュニケーション)を実践して、リスク因子の大半をカバーすることを提案します。次の図をみてください。

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ここでは12の認知症リスク因子とその関連性について矢印で示しています。そして、これらのリスク因子のほとんどは、運動の円、知的活動の円、コミュニケーションの円の3つでカバーできていることが感覚的におわかりいただけると思います。

つまり、この3つの習慣に気を付けていればいいのです。とりあえず3つだけならできそうな気がしませんか?

しかも、3つの習慣の組み合わせについては、私たちが認知症予防の効果があることを科学的に証明しています。次の講義で3つの習慣に着目して開発された「とっとり方式認知症予防プログラム」について紹介するとともに、その認知機能改善効果を詳しく解説していきます。

講義のポイント

●現在確実にわかっている、「自分で変えられる認知症リスク」は12ある
●それらの対策を行うことで、認知症になる人を4割減らすことができる

科学的に証明済!「とっとり方式認知症予防プログラム」

私たちは長年にわたる実践で練り上げてきた認知症予防のノウハウを生かして、2016年度から、鳥取県と日本財団との共同プロジェクトの一環として「とっとり方式認知症予防プログラム」を開発しました。

そして、約1年かけて試験を行い、このプログラムが認知症予防に効果があることを実証しました。このプログラムこそが、まさに認知症予防のための運動・知的活動・コミュニケーションを効果的に組み合わせたものだったのです。

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運動を50分した後に、コミュニケーション(休憩)もしくは座学の時間を20分とり、知的活動を50分間行います。この2時間のプログラムを、週にたった1回のペースで半年間行っただけで認知機能を向上させることができました

また、認知機能だけでなく、手足の筋力や柔軟性など、身体機能の向上も得られました。これはとても重要なことです。

なぜなら、身体機能が落ちると、歩くのがしんどく(下肢筋力の低下)、物をもつのが大変になり(上肢筋力の低下)、着替えなど出かけるための準備(柔軟性の低下)などが億劫になりやすいからです。

そうすると自然と外出の機会が減ってきます。出不精になって家に閉じこもる生活……これはまさに認知症リスクになります。身体機能の低下は認知機能が落ちる原因になるのです。

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一方で、認知機能の低下は、身体機能が落ちる原因になります。認知機能が衰えると、一人で外出することが少し難しくなってきます。乗るはずだった電車に乗れない、地図通りに目的地に着くことができない、買うはずだったお土産を買い忘れた等々……いつしか外出が苦痛になり、だんだん出不精になってきます。

そして運動不足により身体機能が落ちてきます。運動機能が衰えると転倒しやすくなり、頭部外傷(認知症リスクの一つ)や骨折を起こします。寝たきりとなり、さらに認知機能が下がるという悪循環が起こりえます。

このように、認知機能と身体機能は「車の両輪」の関係になっているのです。認知機能と身体機能は相互に影響を及ぼし合うものなので、この両方に効果がある方法こそが、認知症予防の王道だと私は考えています。

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しかも、認知機能と運動の両面に効果のあった「とっとり方式認知症予防プログラム」は、実は軽度認知障害(MCI)疑いの人、すなわち認知症まで一歩手前の段階であった人を対象にしたものでした。

つまり、普通の人より認知機能が下がっている人でも、週にたった2時間のプログラムを半年続けただけで効果を得ることができたということです。半年といわずもっと長く続けていたなら、より高い効果が得られたはずです。

さらにいえば、MCIに至っていない若いうちから12の認知症リスク因子への対策と運動・知的活動・コミュニケーションの3つの習慣を実践したときの認知症予防効果と、その社会的なインパクトは非常に大きいと確信しています。

なお、先ほど説明したように「とっとり方式認知症予防プログラム」はMCIの人(平均年齢77歳)を対象としたものです。もしかすると、認知機能が正常の方、まだ若い方がこのプログラムをそのまま実践するのは、少し簡単すぎるかもしれません。

ですから本書では、読者の皆様それぞれの生活に合わせてアレンジができるようにした認知症予防のための運動・知的活動・コミュニケーションの方法を「3つの習慣」として講義3でご紹介しています。さあ、認知症の予防を今日から始めましょう!

講義のポイント

●「とっとり方式」は科学的に証明された認知機能改善プログラム
●「とっとり方式」から生まれた「3つの習慣」で、効率よく認知症リスク対策を!


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