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〔期間限定公開〕名和高司教授に聞く――「組織にとって、”能力”よりも大切なものは?」

新規事業を成功させるためには、「組織の土づくりから始めよう」
と提唱する『アイデアが実り続ける「場」のデザイン』。
2024年5月15日刊行の同書から、
6月30日までの期間限定で、抜粋をお届けします。

新規事業は、組織のアイデンティティを揺るがし、
組織を自己革新させるもの――。
となると、新しい価値を生むには、自分たちの“DNA”を問い直し、
学習し直していく必要があります。そんな「学習優位」な組織について、
京都先端科学大学の名和高司教授に聞きました。

名和 高司 Takashi Nawa
京都先端科学大学教授、一橋ビジネ ススクール客員教授。
三菱商事を経 て、マッキンゼーで約20年間勤務。
デンソー、ファーストリテイリング などの社外取締役を歴任。
著書に 『パーパス経営』、『企業変革の教科書』などがある。


小田裕和(以下、「小」) 新規事業づくりの現場では、「自由な発想で、これまでにないアイデアを出してほしい」というお達しが出ているにもかかわらず、会社としてのブランドや価値観、事業ケイパビリティに引っ張られてしまうところがあります。
 新規事業や多角化は、組織の「らしさ」やアイデンティティを自己革新していく営み、と捉えることがポイントなのかなと思っています。
 理念やパーパスを起点に、現状のアイデンティティからやや逸脱するような探究を積み重ねていくことが、新規事業において組織を変えていく上で大事なのではないかと。
 まさにこういった観点が、名和先生が2010年に出された著書、『学習優位の経営』(ダイヤモンド社)で書かれています。先生は大学で教えつつ、様々な企業を見てきたという経験がおありですよね。

名和高司(以下、「名」) そうですね。今、京都先端科学大学で教授を務める一方、いろいろな企業のアドバイザーや取締役をやらせていただいているので、片足をリアルに、片足をアカデミアの世界に置いているという立場です。

 まさに、実践と研究の両輪を回しているわけですよね。ご著書では、「競争優位」ではなく「学習優位」な組織をいかに実現していけるかが、価
値をつくり出していく企業のあり方として重要ではないかと提唱されていたかと。
 さらに、「メビウスモデル」を提案されていて、八の字にぐるぐる回りながら組織を変革していくことが重要であると書かれています。

メビウスモデル

 このメビウスをつくったのは2003年で、Appleの研究から生まれ、ハーバード・ビジネス・レビューに論文として出しました。Appleがなぜ、1996年にスティーブ・ジョブズが戻ってきてからイノベーションを連打できるようになったのかという研究で、このメビウスに行き着いたんです。
 この永久運動をずっとやっているというのが一つのポイントで、逆に言うと、組織運動さえしっかりしていれば、イノベーションは連打できるんだと。
 当時、マッキンゼーは左の上にある「顧客洞察」、つまり「お客が何を求めているか考えろ」といった話から入っていたんですけれども、そんなのは当たるわけがないんですね。
 むしろ右上の「顧客現場」を考えないといけない。これは、今の顧客ではなく未来の顧客だというのが難しいところなんです。〝既〞顧客ではなく、〝未〞顧客と呼んでいるんですが、今のロイヤルなお客さんではない。
 今、自社の商品や自社以外の商品を使っていない人たちが、一体何につまずいているのか、なぜ自社の商品を使ってくれていないのか、あるいは何があると本当に嬉しいのかということを、しっかりと未来のお客の視点で見るというのが右上なんですね。
 まず、未来志向であるのが第一で、今のお客さんを見ていても分からないと思っています。それを自分の〝持ち物〞というか、自分の得意技で解くというのが左下なんですが、今の自分の強みだけで解いてしまうと、それはすでにやっていることなので全然進歩がないわけです。

 今のお客さんを見て、今の自分の持ち物を見ていると、今と同じビジネスになってしまう。

 そうです。だから、未来の自分の強みをここでしっかり読み解く。ここがまた未来志向なので、難しいところなんですね。ここで実は、パーパスというのが必要になってくるわけです。
 パーパスと言えば、「創業の精神」のような、原点思考のイメージがありますが、ここで言っているのは未来志向のパーパスです。よくシリコンバレーでMTPと言っている、”Massive Transformative Purpose”です。一体我々は、どういう社会、どういう未来をつくりたいのかという「想い」ですね。
 自分で何をしたいのか、どういう世の中をつくりたいのかを〝思い詰める〞ことがパーパスなんです。そこに向かっていくときに、もちろん今の
持ち物は最大限使いますが、それだけでは足りず、獲得していかなくてはいけない。
 未来に自社が獲得するであろう能力も含めて、左下のボックスで「組織DNA」と言っていて、これが「今の持ち物だけで解こうとしない」上でのポイントなんですね。
 言ってみれば、右上が未来の需要で、左下が未来の供給であり、これをかけ算したところに新しい顧客洞察が生まれると。未来のことなので、仮説を置かざるを得ない。仮説を立てた上で実証していくわけです。

“想い”に駆られて、新しいDNA を獲得する

 一番難しいのは、組織DNAの読み解き方で、静的DNAは、自分の今までの強み、自分らしさなので、これは自分を見つめれば分かりますが、未来の我々の強みは、何とでも言えてしまうんです。そこは、自分たちの〝想い〞に寄り添っていないと、自分では獲得できません。
 そういう意味では、パーパスに紐づいたことをやろうとすると、「足りないものは何なんだ?」と、自分で学習するなり、他者から学習するなりして
いかないといけない。そういう未来進行型の能力が、左下に入っているんですね。
 それを規定するのは、パーパスがどこまで煮詰まって、自分の心の中に、しっかりと紐づけられているか。そして、その能力を本当に獲得するつもりで一心不乱にやらないと、自分の新しいDNAになりません。
 それをやっていくのが、動的DNAの力なんですよね。静的DNAと動的DNAの2つがあれば、その会社ならではのものが出てくると思います。

 組織DNAを学習につなげていくのは、本当に大事だと思うんですが、例えばSoup Stock Tokyoなどを展開するスマイルズさんは、「世の中の体温をあげる」という理念を掲げていて、その理念の意味を書き換え続ける、考え続けるということに組織として取り組んでいる。
 だからこそ、スープ以外にも多様な業種展開をしているわけですね。「世の中の体温をあげる」ことにつながるものを串刺しして、組織として探究し続けているというところに、今の組織の強さがあるのではないかと。こういった組織学習や探究の姿勢が重要になってくるなと。
 でも実際のところ、社内で新規事業を公募する施策を見ていると、こういった探究が対話的に行われているケースはほぼ見ない気がします。

 自分の強みも深掘りせず、何か分かっているつもりになっていることも多いし、もっと言うと、どういう“想い”にせよ、それを実現するために何が欠けているかについての自覚も足りなくて、「想い先行型」になっていることも多いですね。
 さらに言うと、「こういう世の中にしたい」というのを考えても、たいていみんな同じようなことを思いつくわけです。それが国連お墨つきとなったものが、SDGsですよね。あの17の目標は誰でも思いつくし、誰もが言っていること。それを掲げたところで、レッドオーシャン中のレッドオーシャンでしかありません。
 そういう、みんなと同じ未来をつくっても仕方がないんですよね。自分の想いが本当に強くて、そこに自分らしさをしっかり描けて、自分らしい能力が裏側についていないと、自分らしい世界にはならない。
 当たり前の未来予想図は、ほとんど何も生まないと思っていて、そういう意味で自分の想いはすごく大事なんです。
 どうせ未来なんて分かりませんから。VUCA時代の未来なんて分からない。とすると、未来をつくり上げるしかなくて、それをつくりたいというコミットメントというか、覚悟の度合いが、学習のスケールとスピードを決めると思っているんです。
 速く多く学習して、多く学んで多く失敗して、そこから次の新しいことを打ち出して駆け上がっていく。この組織能力こそが、差別化につながるのではないかと思っているんです。

 失敗から学習につなげていくのが大事だという話にはなるものの、結局失敗を切り捨てて目を向けようともしない、それを学習につなげていないという現実があるなと。どういったところに課題があると思いますか?

 最初のとっかかりとなる仮説が、しっかり考えられていないですね。仮説は当然、試してみては塗り替えていくんですが、仮説がないまま「とりあえずやってみましょう」と。そもそも仮説がなければ、成功も失敗も分からないですよね。
 自分が目指すパーパスがあった上で、それを実現するためにまずどういうステップを踏むべきかという仮説がある。そこに向けていろいろな取り組みをして、実験して、それで失敗したとか成功したとか判断するわけです。
 どう実現するかというパスの描き方とか、どういうときに成功して、どういうときに失敗するのかという成功と失敗のシナリオ、あるいは何をもってノックアウトファクターとし、何をもって〝可能性〞と判断するのかという仮説を持たず、とりあえずやってみよう的なものが多すぎる。
 ひところ起きていたリーンスタートアップの失敗は、それなんです。考えをしっかり詰めず、とりあえずつくってみましたと。私は「POC病」と言っているんですが、そういうPOC(Proof of Concept)がやたら多くて。何が何のプルーフなのかもよく分からないし、何が足りなかったのかも分からなくて、学習になっていない。やること自体が目的化してしまっている。

 学習仮説になっていないということですよね。「ビジネスとして成立するか否か」を判断基準にしてしまっていて、「成立しませんでした」という結論だけしか得られず、結局そこに学習が生まれていないという。

成功も失敗も、どんどんためて「型化」する

 あとは、それを個人に委ねがちで、会社としての学習仮説になっていないという気がしていて。誰が、どの部署がアカウンタビリティを持っているのかが不明確だなと。

 例えば、新規事業の打率が高いリクルートを見ていると、全部「型」になっているんですよね。もちろん、新しい型をつくってもいいんですが、それをまた次の型にするという。「型化」というのが彼らのキーワードです。
 それが組織の知恵、組織の学習になっているかどうか。成功も失敗も、どんどんためていく。マッキンゼーもそういうことの連続でしたね。
 リクルートやキーエンス、ファーストリテイリングなど、しっかりと価値を連打できている会社は、どんどんそういうものを蓄積していますよね。どこかの部門がそれをやっているというより、そうしないと気持ちが悪いというマインドになっている。

 普通の新規事業施策の担当者だと、「アイデアが何本通りました」というのが成果になりがちなんですよね。

 そうなんですよ。新規事業や投資案件の数をアピールするというのはよくありますよね。やるのは自由で、いくらでも愚かな投資はできるし、詰めの甘い新規事業を通すことはできるんですが、どれだけしっかりインパクトを出しているんですかと。
 新規事業の成功確率は、普通にやっても7パーセントぐらいで、大企業は0.7パーセントと言われていますから。本気でやってもこういう数字なので、初めから失敗を前提に「数打ちゃ当たる」でやっていたら、たぶん埒が明かないでしょうね。
 でも、今の本業をつくったときには、できたはずなんです。たまたまだったかもしれないけれど、なぜできたのかというリバースエンジニアリングがしっかり型になっていない。「それをもう一回再現してごらん」「第二の創業をやってごらん」と言うと、できないんですよね。
 第一の創業はできたので、少なくとも一つの型はあるはずなんです。それをどう〝ずらす〞かというところにもポイントがある。学ぶ材料は自分の中にもあるのに、それすら学べていないというのが残念と言えば残念だし、やりようによってはこれからチャンスではありますよね。

 「型」にしても、どこかから成功する型を見つけてこよう、みたいな安直な考えを持ってしまうケースが多い気がしていて。リクルートがすごいなと思うのは、リボンモデルなど明確な型があって、いかに新しいビジネスをたくさんつくっていくかを学習しているのはもちろん、それ以上に、この型自体がどう深まっていくか、変容していくか、という学習を積み上げる構造がある。企業が価値を生み出していく型自体を探究し続けている。
 ファーストリテイリングもそうですよね。SPAという、生産と小売をダイレクトで結ぶ仕組みでうまくやっているわけですが、現場から学習する仕組み、お客さんからニーズを吸い上げて商品を作る仕組みという「型」をつくり続けているところに本質がある。今、新規事業施策にはここが根本的に欠けているよなと。

 アイデアがおもしろければおもしろいほど、それに飛びついてしまいがちですよね。
 私はリクルートの委員を2年間やっていたんですが、そのとき分かったのは、彼らにとってアイデアはゴミなんですね。アイデアを本当に事業化するためには3つの条件があって。まず「ユニーク」である、これは当たり前で、新規事業だからユニークですよね。あとは「リピータブル」と「シェアラブル」。
 リピータブルというのは、それが一過性のアイデアではなくて、事業としてちゃんと流れますか、ということ。
 それから、シェアラブルというのはスケーラブルと同じだと思いますが、単にちょろい小川をつくっても仕方がなくて、それが大河になるかどうか、横に展開できるかどうか。
 この3つを必ず聞くんですね。ただのアイデアは、全部撃ち落とされる。そういうディシプリンがすごくはっきりしていて。
 だから、アイデアがおもしろければおもしろいほど疑われるんです。「それって本当に次に続くの?」とか「それって横展開できるの?」というのは、結果的に「型」になるのかを初めから聞いているんですね。
 ありがちなのは、まずやってみてから型に落とすという。そうではなく、リクルートは仮説の段階から「それは型になるのか」と問い、やるかどうか決めている。

 なるほど。今持っている型に対して、どれぐらい深みを出せるか、あるいは全然違う型ならどんな変革をもたらすのかをちゃんと言語化できるか。それが、最初の最初に求められるということですね。

 リクルートは、新規事業を生み出す制度のRing(リクルートイノベーショングループ)が有名ですね。Ringでは、社内からいろいろな新規事業のアイデアが出てきますが、私が委員を務めていた2年間で1つも通らなかったんです。
 月に100件くらい出てきますが、1つも通らない。怖いお兄さんお姉さんたちが、どこでどうしくじるか、ビシバシ指摘するわけです。彼ら彼女らは、すごい失敗の歴史を持っているので、どこでこけそうなのか分かるんです。
 結果的に、Ringというのは、何か新しいものをパイプラインに入れるプロセスというよりは、いかにちょろいアイデアがダメかということを、世の中に迷惑をかける前に知らしめるためのトレーニングなんですよね。

 よくいる「お手並み拝見おじさん」とは全然違いますよね。

 本当に違いますね。〝お手並み〞が出る前にしばきまくりますから。「だからダメだって言ったでしょ」とあとから言うのは「犯罪だ」、と私
はよく言っているんです。若い人の時間と労力を無駄にした犯罪ですよと、よく「後付けおじさん」たちに言っています。

 いかに早い段階でフィードバックを返せるかという、フィードバックする側にもプレッシャーがかかっている。

 そうですね。そこは真剣勝負でやった方がいいですね。

新規事業に取り組む目的は何か

 大企業の新規事業施策を担当する人たちって、本人たちが前向きになれていないという現状を感じることがあるんですよね。
 学習の姿勢を持って、新規事業をクリティカルに判断していくことに、ちゃんとモチベーションを持ってコミットできる状態は、どうすれば組織文化として定着させられるんでしょうか。

 それはたぶん、目的を明確にした方がいいと思うんです。
 トヨタの奥田碩さんが社長だったとき、新規事業のパターンは大きく2つやりました。1つは、「第二の創業をやるぞ」というパターン。これは真剣中の真剣なんです。ごく少数のエースをそこに送り込んで、結果的にプリウスを立ち上げた。
 これがなかったら次は死ぬ、というぐらいのコミットメントでやるので、本人たちはモチベーションがすごく高いですね。
 もう1つは、あえて会社を揺さぶるために、「全くトヨタらしくないことを仕掛けろ」というパターン。そう言われて集められたチームが、VVC(バーチャル・ベンチャー・カンパニー)ですが、3年で解散することを前提に、およそトヨタらしくないことを仕掛けろと。
 トヨタのカルチャーを揺さぶるのが目的なので、商業的な成功より、いかにトヨタらしくないことを演出するかということを、3年間かけて必死にやった。これはこれで、面白おかしいことを随分やっていたので、それなりのモチベーションはありました。基本的には3人しかアサインされなかったんですが、これはこれで、トヨタを変えましたよね。
 本気で第二の創業をやる場合と、今までの凝り固まった静的DNAを揺さぶるために、あえて変わったことをするという、新規事業には2つの要素があるのではないかと思うんです。

「この会社を変えよう」と、志を揺さぶる

 日本企業では、社長がすぐ交代してしまいますよね。自分の代で結果を出さなければいけないとなると、なかなかこういう施策をとれないという気もするんです。名和先生は、そういう会社にはどう接していますか?

 2段階あると思いますが、まず、会社全体でなんとかしなくてはいけないという気運がある会社に対しては、やはりトップに迫りますね。
 日本の社長は、1期でいなくなることはなくて、だいたい2期8年務めることが多いんですが、そうなると最初の4年は無難なことしかしないんですよね。先輩たちがたくさんいて、気兼ねするから。海外だったら新社長にけしかけますが、それは日本ではうまくいかない。
 だから、社長の2期目で、「さあ、あなたも次で終わりだけれども、何を残すんですか」と。「あなたはもう先を考える必要がないから、思いっきり自分のやりたいことを仕込みましょう」と言うと、乗ってくる人と、そのまま無難に会長職に滑り込みたい人に分かれるんです。
 でも、自分のレガシーを残したいという人が、そこでもう一回気持ちを改めるケースは十分あるんですね。だから、私はいつも2期目に賭けているんです。もちろん、新規社長がすごくいい社長だったら、初めから仕掛けますけれども。
 まずトップに「この会社を大きく変えようじゃないか」と志を揺さぶる活動をしますね。それができない会社、あるいはトップがそれに乗らない会社は、次の次ぐらいの社長に賭けます。
 次の次の社長に、「次の次の社長として、この会社を変えてみませんか」と言う。あまり目立ってしまうとまずいので、何か小さくてもいいから、この会社の新しいDNAを生むような活動をしよう、とそそのかす。「あなたはこれで次の社長候補になるんだ」ぐらいのことをやっていく。それが、現社長が乗ってこない場合のバックアップシナリオですね。

 短期的な何かではなく、長期的に大きなムーブメントを起こすものを残そうよと。結局、そこで志がちゃんと耕されるかどうかですね。

 次の次の社長に仕掛ける場合は、わりと辺境の方がやりやすいんですよ。ど真ん中でやると目立ってしまうし、上が保守的だったら何もやらせ
てくれないんで。
 どうでもいいところと言ったら失礼ですが、海外や子会社で、思いっきり自分の城というか島というか、そこで仕掛けてみてくださいと。むしろ辺境にいる人の方が仕掛けやすいですね。
 小さな成功をアウェイでつくる。それが彼らにとっては、すごく大きな成功になるんですが。

 そういう話を聞いていると、新規事業はまさに組織の次のあり方をつくるための重要な活動だと思うんですが、「ボトムアップでやる」みたいな話になりがちですよね。なぜそうなってしまうんでしょう?

 正直言って、今の経営者世代からミドルまで、新規事業で成功した経験がないですよね。既定路線でしっかりとインクリメンタルにやる、というのは強いんですが。
 新しいことをやって成功した経験は、戦後の人たちはあったし、ある時期の成長期もちょっとあったけれども、要するに日本がおかしくなったこの30〜40年はないんですよね。
 その中で例外的に成功体験を持ったのは、私がこれまで挙げたような会社です。既得権益を持ってしまっている人たちは、商社も含めて、ほぼ何も新しいものを生んでいないんですね。
 Soup Stock Tokyoは、私がかつて所属していた三菱商事から生まれていますが、三菱商事からするとスケールが二回りぐらい足りなかった。だから、立ち上げた遠山正道さんが、外へ出て好きにやりたいと考えるのはよく分かるんです。
 でも、そういう人が外へ出て小さなものを生むのは、もったいないなと。商社は、新しい商圏をつくるのが本業なわけで、今までの路線にそのまま乗っかっているというのは本来はあり得ないわけです。だとすると、スピンアウトするのではなく、自分たちのスケールに合ったものをスピンインしなければいけない。
 要するに、遠山さんをもう一回戻して、今のSoup Stockの100倍ぐらいのビジネスをつくる。そういうことこそ、大企業がスタートアップと一緒にやるべきなのに、今は大企業からどんどん人が外に出て、小さな新規事業を生み、大きなインパクトを生んでいないというのが日本の姿ですよね。

パーパスと熱意があれば、能力はついてくる

 企業が長期目線を持って、ちゃんと志を生んでいけるようにならないと、本当に日本の未来が危うい気がするんですが、改めて何が大切になるとお考えになりますか?

 私が好きな経営者は稲盛和夫さんなんですが、稲盛流の人生の成功の方程式は、「考え方」×「熱意」×「能力」なんです。
「考え方」は、私の言葉で言うとパーパスに近くて、稲盛さんはときどき「大義」とおっしゃいますが、一体何をしたいのかという〝想い〞が、どの方向に行くかを決めると。そして、熱意がこれを大きくブーストしてくれるわけです。
 この2つがあれば、能力はあとからついてくる。稲盛流に言うと、未来志向、未来進行型の能力と言います。これは、先ほどの「学習」だなと。能力は学習の産物、学習の積分であり、現状の静的なものではなく、どんどん新しくなり、積み上がっていくものだと思うんです。
 それには熱意がなくてはいけないし、もっと言うと「これをしたい」という大きなパーパスがないと、能力もついてこない。
 もう一回ひるがえって言うと、そもそも一体何をしたいんだという原点が希薄なままのサラリーマンや、学生上がりの人たちが多すぎるんです。会社にパーパスがあっても、「あなたのパーパスは何ですか」と聞いたら、みんな分からなかったりするんですよね。
 ある意味、会社のパーパスは空虚だと思っているんです。紙に書いてあるだけで、一人ひとりが自分のパーパスと紐づけないと意味がない。会社のパーパスは、ないよりはあった方がいいんですが、あっただけでは全然ダメなんです。
 会社のパーパスは、一人ひとりのパーパスと食い違っていたり、うまく重なっていなかったりする場合も多いけれども、重なっているところは会社を軸に実現すればいいし、重なっていないところは会社の外でそれを自己実現するぐらいの気迫を、若い人には持ってほしいなと。
〝やらされ感〞満載で、会社に言われたからやるとか、変なガチャを引いちゃった、みたいな人生観はやめてほしいなと。自分で変えられるはずなんです。

 学習優位な状態というのは結局、その志や大義など「想い」の総量ででき上がっていく。それを組織環境として膨らませ続けるために、それこそ「型」が必要なのかもしれませんね。


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