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場づくりの挑戦 まちの記憶をつくれるか

* 2022年12月25日に福井新聞「ふくい日曜エッセー」に寄稿した文章です。https://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/1702636 

 福井商工会議所・福井県・福井市が手を取り合い議論を進めてきた県都グランドデザインが完成した。2024年春の北陸新幹線延伸に向け、福井まちなかにおける“場づくり”の推進を明確に打ち出す形となっている。

 場づくりの「場・場所」というのは、ただの空間ではない。場・場所というのは、経験を通じて、意味や感覚を獲得し、愛着のような人間の感情を生み出す空間を意味する。空間における人間の主体性を重んじる人文主義地理学では、“スペース(空間)からプレイス(場所・場)へ”と呼び、人口減少時代に増加傾向にある未活用の空間を含め物理的な空間を、人と人とが交歓し、まちへの愛着を生み出す場へと変容させていくことを志向している。

 さて、福井駅前周辺である福井まちなかでのこれまでの経験を尋ねられると、みなさんはどのようなことを思い出されるだろうか。デパートでクリームソーダを飲んだこと、駅構内で家族を出迎えたこと、路地裏でお洒落(しゃれ)な洋服を買ったこと、大事な人と映画館に行ったこと、ハレの日の会食や盛り場での飲み食いなどなど、さまざまだろう。この多種多様な感情を伴う経験こそが、一人ひとりにとっての場を生じさせ、その集合体が「まちの記憶」となる。活気ある豊かなまちというのは、人々のたくさんの記憶が蓄積され刻まれたまちと言えよう。

 その観点から捉えれば、私たちが直面している福井含め日本の地方都市における中心市街地の衰退は、まちの記憶の喪失なのだ。経験や体験が生まれなければ、大事だと思える場も、それに付随した記憶も生まれない。記憶がなければ、人はそこに立ち戻る理由を失う。まちの記憶を守り、新たにつくり、引き継いでいくこと。それが、“場づくり”の目指すところなのだ。

 私もお役目いただいて、県都グランドデザインの具体的な行動の一環として、福井まちなか全体を大学のキャンパスと見立て、老若男女が参加できる開かれた学び場「ふくまち大学」という取り組みを開始した。福井まちなかでのリアルな体験をベースに、県都の真ん中に位置する地理的利点を活用し、新しい価値観や人との出会いに溢(あふ)れた学びの場になってくれればと願っている。

 7月末からスタートし、これまでに講座を12回あまり開催してきた。中央公園での学びに関する野外映画上映(まちの文化学部 野外映画学科)、ゲストハウスでの福井の教育の歴史を振り返る鼎談(ていだん)(福井の学びを学ぶ学科)、足羽山や足羽川河川敷を歩きながらの地球史レクチャー(まちの暮らしをつくろうゼミ)、プラネタリウムでのまちの未来を想像する講座(まちの未来を想像する学科)、駅前コワーキングスペースでのプロジェクトづくり(まちの企画学部 スタートアップ学科)、県庁屋上での参加型音楽ワークショップ(まちのドラムサークル)などなど。福井まちなかにおける様々な空間の特性と講師を務めてくれる福井人の好きなことや得意なことを組み合わせて、まちの楽しみ方を拡(ひろ)げる装置としての市民大学を目指している。あまり肩肘張らずに、暮らしの延長線上で、ともに楽しく経験を拡げ深めていきたい。

 このような小さな体験の積み重ねは、いずれ場を生み、その場は、きっとだれかの居場所に、またきっとだれかの舞台となり、まちの幸せな記憶をつくってくれるはずだ。100年に一度の好機と呼ばれる変革期の今。まちの記憶をつくる“場づくり”から始めてみよう。

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