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数学科教員の「統計を教えられない」問題

現高校2年生が履修しているのは新学習指導要領に基づく新課程の内容になっています。

これに伴い、多くの教科では既存の内容と置き換わった分野などが発生し、これまでとは異なる教科指導が必要となった場面も増えているようです。

高校数学の新課程での「統計」

私の担当する数学科においても、今回のカリキュラムの偏向はこれまでにない規模のものになっています。

中でも最も大きい変化は「統計」分野の充実です。

これまでも「数学B」の教科書では扱われてきましたが、選択分野となっており必履修とはなっていませんでした。

そのため実際には大学入試に出題されることはほとんどなく、共通テスト(センター試験)においても選択問題としてしか出題されていなかったのです。

ところが今回の変更で必履修内容となり、大学入試問題にも出題されるようになります。

「統計」を教えられない問題

この変更に際して、各地の高校で問題が発生しています。

その中でも興味深い内容が以下のニュースです。

先日、学校の授業で統計を扱ったのですが、先生の説明が全然分からず困っています。先生は教科書を読み上げるだけで、きちんと理解していないようでした。質問にも答えられないし……

有料記事ですので、冒頭部分のみの引用ですが、実はこうした話は決して少なくないようです。

事実、私が面識のある数学科の教員の何人かも統計分野の指導に関して不安を吐露していました。

それなりに指導歴もあり、生徒からの評判なども決して悪くない人であってもそうしたケースは多いようです。

「統計」軽視のこれまでの数学教育

数学教育に関して、その内容は普遍的であり社会の変化に依存しないものであると考えている人は少なくないでしょう。

しかし、実際には実社会の要請と数学教育のカリキュラムには強い関係性が存在します。

明治初期、開国に伴い求められたのは算術(洋算)の習得と論理的思考や論証技術の習得です。

そのため明治期の数学教育は特に代数計算とユークリッド幾何学の習得に重きを置いたカリキュラムとなっていました。

東京大学理学部教授にして、日本に近代数学を持ち込んだ第一人者である菊池大麓の業績などはその顕著な例でしょう。

その後、近代化が進むにつれてその内容は変化し、1900年代に入ると関数とグラフが導入、産業や工業技術が高度化し解析的な知識が求められるようになる1940年ごろには微積分が中等教育に導入されます。

さらに1970年代に入ると近代数学を重視する傾向が強まり、集合論や写像などの抽象的な概念の分量が増加します。
(ただしこれは中等教育においてはあまりに難しすぎたため軌道修正を余儀なくされます)

このように社会のトレンドや求められる人材に関連する形で数学教育に内容は変化してきましたが、一貫して統計分野の内容はそれほど重視されてきませんでした。

「統計」的知識を求める社会

その流れが変化したのは、ICT機器の普及によるものが大きいでしょう。

コンピュータの普及により、統計データを処理する機会が爆発的に増加しました。

特に近年は実社会における実用性を重視する傾向が強まっているため、統計分野の比重が強まっており、今回の改訂もその一環でしょう。

またAIに何を学ばせるかなど人工知能関連の知識といった観点からも統計データの扱いや処理に関してはその重要性が増しつつあります。

「数学科」の中では主流派ではない

ところが多くの数学教員は「統計」が得意でないケースが多いようです。

その理由の一つは、中等教育の数学教員の中で「統計」を専攻とする人は決して多くないからです。

数学の専攻分野は他の学問と同じく広範囲に及びます。

しかし、その中でも有名なのが3大分野と呼ばれるのが計算や方程式の「代数学」、図形やベクトルを扱う「幾何学」、微積分を主に扱う「解析学」です。

特に中等教育の教員は「代数学」か「幾何学」を専攻とする人が多い印象です。

私は「解析学」が専門で、中高教員ではそれほど多くない印象ですが、それに輪をかけて統計を大学で専攻した教員は少ないようです。

少なくとも私の知人の数学教員には統計専攻の人はいません。

近年は統計分野の盛り上がりが顕著で、多くの大学で多様な研究がなされていますが、数学専攻の学生は少なく、工学部などの応用系の学生が多いため、「数学科」の数学教員免許取得者の中で統計を専門とする人間は多くないようです。

教員側の学習が必須

もちろん、生徒を指導するにあたって当該分野の予習や学び直しは行っています。

しかし、専攻分野でもなく、これまであまり扱っていない分野であることもあり、多くの教員は統計を教えなれていないことは間違いないでしょう。

私自身も簡単な大学の統計の教科書を引っ張り出して再度学習をしている最中であり、おそらく多くの数学科教員も同じ状況なのではないでしょうか。

実際のところ、自分の専攻分野が教えやすいということと、生徒が理解しやすいということはまた別の話ですが、苦手意識を抱えた教員がいるのは間違いなく、学び直しが不十分な教員に遭遇する可能性は他分野よりは多いのかもしれません。

言うまでもないことですが、教員という職業として、授業のプロとして苦手だ、専攻ではないという言い訳は通用しませんし、それを理由に指導の質を下げることは許されません。

とはいえそうした現状が存在することを理解した上で、生徒側はリスク管理として何らかの対策をすべきと認識することも必要ではないかと思うのです。


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