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体験の質。

「今年は雪、少ないなー」

神様がタイミングを図っていたのか
そんなことを思っていたら雪が降った。

別に待っていたわけじゃないけど、
ひらひらと落ちるそれを眺めていると
「ふぅー」っと息をつく良さがあった。

ふと「この体験を保存したい」と思い
カメラを持って窓際に三脚を立てた。

その結果がこれだ。

再生してみると
窓際で体験したアレとは
全く違うモノがそこにあった。

悪い意味で、だ。

あの舞い落ちる無数の葉のような
ひとつは回転しながらだったり
ひとつは表と裏を交互に繰り返したり
ひとつは左右に揺れながらだったり。

落ちながらも個性を持つその美しさは
その映像のなかのどこにもなかった。

代わりにあったのは
" 今 " の連続では気付けなかった
時間とともに変化していく景色。

左下に猫が現れ、
毛づくろいをし、
去ってゆく姿。

ゆるりと
オレンジからブルーへと
世界の色が変わっていく過程。

うねるように動く空気。

それもまたテクノロジーによって
生み出された新しい体験なんだなー。
と、改めて実感した。

むしろ原体験に近いのは写真だった。

自分の記憶にあるのは
こんな写真がコマ送りに
映像 " のように " 再生されるもの。

そこには上述した
個性あふれる雪たちの演舞が
少なからず原風景に近いまま
記録されている。

でもこの中には
左下の猫はいなかったし、
色の変化もない。

どちらも素敵だし、
できることならもう一度体験したい。
けど全てを保管することはできない。

まして記憶なんて曖昧なものはないし、
テクノロジーほど不確かなものはない。

いつまでもそこにあるのは
都合よく自分が創りあげた理想か
何かが欠けた景色の移ろいだけで
決して原体験ではない。


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