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【読了】青くて痛くて脆い

僕ら、その季節を忘れないまま大人になる。

この一文を読んだ時、過去を思い出した時点で、僕はすでに「その季節」の真っ只中にはいないのだ。けれど思い出したものがあるということは僕にも確実に「その季節」があったのだろうとも思う。少年と少女のように若葉のような青い希望を抱き、思い出すと胸のどこかがチクリと痛む、そんな時頃。消せるものならそうしたいのに、こべりついて離れない、ならそれでもいいかと記憶の片鱗で留守番させて前を向く。
それが良くも悪くも大人になるということかもしれない。

「この世界に暴力はいらないと思います。」

曇天も宵も存在するこの世界で、青空の色しか知らないような少女だと思った。

誰もがそんなことはわかっているし、暴力のない平和な世界が良いと僕も思う。
それでも暴力も悲しみも、なければ良いと思うもの全ては必ず存在して消えない。それが調和であり、現実であると割り切っている。それなのに、声高らかに理想を現実として語る少女に、理想を実現する為に奮闘する実直な姿に少年は異物に触れるような気持ちだったのだろう。

人に不用意に近づきすぎないこと

少年が大学入学時に定めていた信条だ。
気持ちは分からなくもない。1人は楽だ。番って傷つくこともない。余計な他者との亀裂もない。それこそが理想だと信じる少年はすでにはっきりと現実を象っているように見える。
けれど孤独には人は耐えられない。
少女との出会いで、幸か不幸か少年の信条は波に流される砂の城のように崩れていく。
その姿がまさに「青くて痛くて脆い」

僕の人生はまだまだ続き、そこには
この抱えてしまった空洞や痛みがつきまとう。

一見、卑屈や絶望に駆られているだけに見える。
だが違う。
少年は自分の人生がこれからも続くと確信している。心に穴がぽっかり空いたような虚無感を味わっても、全身を突き刺すような痛みや罪悪感に苛まれても歩みを止めない、弱さと強さが混同した少年の意思を感じる。その痛みや脆さ諸共命を絶っては、本当に何も残らない。
若葉が日に当たり水に濡れ、天へと丈を伸ばすように何もないまま大人へはなれないのだ。

傷つきたくない、怖い。......けど。
もう1度、君と会いたい。

誰しも傷つくのは怖い。見えない傷はかさぶたになってぽろっと剥がれてはくれないから。
けれど、痛みを抱えたまま生きるからこそ、
今度はその痛みに気づくことができる。
少年がもう1度少女に会いたいと思うのは、今度は君を傷つけないから、などという傲慢からではないだろう。自らの青さ、弱さ、脆さ故に塞がってしまった過去を清算する為だ。崖から身を投げるような恐怖と勇気が必要だろう。少年が果たして少女に再会したのかは描かれていない。
しかし、きっと少年は会ったのだろう。
でないと少年の中の羅針盤は止まったままなのだから。


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