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シャイロックの子供たち [池井戸潤]

もしかしたら、初めての池井戸潤小説かもしれない。映画はいくらか見たことあるんだけれども。

「現金が足りないんです」。銀行の支店で起こった現金紛失事件。捜索の結果、当日の日付の入った札束の帯封が女子行員のショルダーバッグの中から発見され、疑いがかかる。女子行員は盗ったことを否定し、ミスを隠したい銀行は支店長らが金を出し合って補填をすることに。そのうち、別の男性行員が失踪――。

東京第一銀行長原支店――中小企業や町工場がひしめき合う場所に立地し、それらの顧客を主な取引先とする銀行を舞台に、〝たたき上げ〟の誇り、格差のある社内恋愛、家族への思い、上らない成績……事件の裏に透ける行員たちの人間的葛藤を描く。銀行という組織を通して、普通に働き、普通に暮すことの幸福と困難さに迫った傑作群像劇。

シャイロックの子供たち

タイトル前のページに、ご丁寧に「シャイロック」について説明があります。

シェークスピアの「ヴェニスの商人」に登場する強欲な金貸し。

この説明書きに勝る紹介文章は何もない。

初めての銀行ミステリ?小説を読んで抱いた印象は「説明が丁寧」であること。池井戸潤の作品はバンカーがメインな作品も多いのですが、そういった特殊な界隈の作品でもここまでメジャーになる理由を理解しました。銀行業務の特殊な部分については、丁寧に補足説明が描かれています。これだけ説明されていれば、一般のサラリーマンなら、その特殊性を受け入れられなかったとしても、理解はできるでしょう。

ある程度、広く、多くの人に読んでもらおうとした時には、こういった地道な丁寧さは必要なんだろうと実感しました。おかげさまで、この昭和狂気的な銀行の仕組みを踏まえて、今回の事件にもスムーズに入っていくことができました。

人物の表現手法も凄い。この小説ではクセのある登場人物がとても多い。これらをいっぺんに出してきたら、はっきり言ってそれらを区別して理解しながら進めることはできません。そこでとられた手法が、一人一人に焦点を当てて自己紹介的ショートショートを先に入れてあることです。

実は読み始めた時に、銀行あるあるのオムニバス小説かと思ったんです。ところが、読み進めていくと、みんな同じ支店に巣くう人たちです。よくもまぁこんなに大量の事件が起きるもんだなとか思いつつも、主要人物にフォーカスして話が進んでいくもんだから、彼らの人となりをとてもよく理解できます。

悪の経典のようにクラス全員が出てくるような小説においても同様の手法はちりばめられていますが、ここまでフォーカス度合いは高くありません。本当に主となる一部の人間です。

ただ、このシャイロックの子供たちにおいては、後々の事件に関わってくる人たちの素行や行動が、第三者視点で表現されても、なにを考えているかをまるでその人を知っている人かのごとく理解できます。嗚呼、あいつならそういうだろうな、そういうことするよな、という理解。伝え方がとてもよくできた小説だなと、とても感銘を受けました。

では、実際の話はどうだったか。

地獄絵図

どうしてこうも誰も彼もが悪いところへ堕ちていくんだろうというか、人の悪いところばかりが出てくる。モラハラから始まっての偽造融資に殺人疑惑。でも、これ最終的に解決していないんですよね。西木は結局生きているのか、死んでいるのか。石本も行方不明。事件の本当の話は分からないままなんですよね。その辺含めて黒すぎる。

そしてこの小説の何がひどいかって、この出てくる人たちは家ではちゃんとお父さんしてたりして、その乖離というか落差というか、善と悪が入り乱れていて苦しい気持ちにしかならない。事件の首謀者というか、たぶん騙されて主犯にされただろう滝野。一瞬の甘えが命取りといわんばかりの集落ぶりに対して、カツカレーの最後の晩餐。こんなつらいことあるだろうか。

人の明と暗。そして、すべては「シャイロック」である強欲の金貸しに繋がる。結局、強欲の金貸しがたどった道は。

ある意味、正義は最後に勝ったんだけれども、笑っている人が一人もいない話とか、ただただ苦しいだけで、今の時代を表現している気がしてならない。

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