「嫌われた監督」落合博満は、何をして、何をしなかったのか

日々の読書に記録を、メモ程度の備忘録として残していきます。

嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか / 鈴木 忠平(著/文)

そんなによく見るわけではないが、少年時代にはテレビで巨人戦が定期的にやってたりしたわけで、それを見ていたほどには野球を知っている。そのため、もちろん落合中日についても知っていたのだが、まさかこんな話があったとは、全く知らなかった。

この本を知ったきっかけは、Dos MonosのラッパーTaiTanとMONO NO AWAREのギターボーカル玉置周啓によるポッドキャスト『奇奇怪怪明解事典』のこの回で、紹介されていたことだ。TaiTanがめちゃくちゃ面白いと言っていて、気になっていたところに、その後いくつかのブログなどでも紹介されているのを見た。そうなると、これはちょっと読んでみるかとなり、次回に書こうと思っている、たまたま気になった他のスポーツ関連の本と合わせて買ってみたのだった。

読み始めてすぐ、これはめちゃくちゃ面白いと分かった。Amazonレビューの超高評価も伊達じゃない。読んでいてまず思ったのは、プロのスポーツ選手の苦しみが、ありありと伝わってきたことだ。落合の行動を理解できないながらも、プロの選手としてそこに従わなければプレーの場は与えられない。その状況において、それぞれの選手がどのように苦しみ、もがいていたのか。プロのスポーツ選手が楽だなんて思っているつもりはなかったが、自分が想像していたよりも、どれだけ過酷な環境であることかを、複数の選手の話から感じ取れた。

そして何より、やはり落合だ。この本は落合博満という人間が、組織のリーダーとなり、どのように組織を創りあげていったか。それを克明に記録した、そういう本であった。組織のリーダー論的な視点でみると、そういう本は、どこかの会社の長が書いていたり、その近くにいる人が書いていたりというので、本屋に並んでいたりもする。しかし、この本がそういった有り体の本と決定的に違う点は、落合と中日について、スポーツ新聞の担当記者という立場・距離感の人間が、複数の選手の具体的なエピソードとともに、詳細に描き出しているということだ。この圧倒的なリアリティと解像度には、ただただ驚きしかなかった。

これを読んでいて、もし落合が上司だったらどうだろうかと考えてみたが、正直な話、自分は無理だと思う。病むと思う。ここまで語らず、孤立した不気味な上司にはついていけないなと思う。普通に考えると、今の時代のリーダー論からすれば、圧倒的な心理的安全性のなさから、評価はされないことが多いのではないか。しかし、それでも、結果を出したことは確かだ。そして、監督辞任が決まったという最終盤のクライマックスを迎えて、ようやく明らかになる落合の行動の真意を読むと、自分でも、すべてがやっと理解できた。

これは、落合博満という一人の人間が、結果を出すために、考えに考え抜き、苦しみながらも、プロフェッショナルとして、自分なりのやり方を貫き通したという物語だ。本人の言う通り、確かに、これは必ずしも正しいやり方とは限らない。しかしながら、その一つの方法を、自らを賭して証明したことには間違いない。落合がやったこと、そしてやらなかったこと。その一つひとつを考えることに、意味は見出すことは出来るだろう。

プロ野球という特殊な世界の話ではあるが、これだけのものを、遠い世界の話として終わらせてしまうのは、もったない。我々は皆、日々訪れる不安と向き合っていかなければいけないという現実の中で、確実に何かを感じ取ることが出来る、そういう本だったと思う。

「俺の話をすれば、快く思わない人間はたくさんいるだろう。それにな、俺のやり方が正しいとは限らないってことだ。お前はこれから行く場所で見たものを、お前の目で判断すればいい。俺は関係ない。この人間がいなければ記事を書けないというような、そういう記者にはなるなよ」

きっとこの先も不安に揺れることはあるだろう。それでもひとり、この歳月の意味を考え続けるのだ。それがこの世界を生きていくたった一つの物差しであり、落合が遺したものであるような気がした。  

参考

 第85巻(前編) 新庄剛志と『嫌われた監督』論 - 奇奇怪怪明解事典

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9月22日(水)『嫌われた監督』を読んで放心する

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