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【医師のイギリス公衆衛生大学院留学】Term1の記録②

今回の記事はこちらの記事の続きです。
Imperial College London MSc EpidemiologyのTerm1の振り返りその2です。
各評価の後のパーセンテージはそのモジュールの最終評価に占める割合です。


Research Methods

実際の臨床研究の手法に関して深く学ぶモジュールです。Systematicなものも含めて文献レビューの仕方、質的・量的研究の具体的な手法、メタアナリスの仕方、研究倫理などを扱いました。10週の中でこれら全てを扱うのは難しいため、事前学習としてのCourseraを使ったコンテンツが非常に多かったです。実際の授業日は、午前中がCourseraで扱ったことの振り返りとわかりにくいところを中心とした解説やディスカッションという感じでした。ライブの授業は若干冗長な感じがして、何度かぼーっとしながら時間を過ごしてしまったことが反省です。おそらく質的研究については今後しっかり勉強する機会はないと思ったので勉強できてよかったです。授業は11時〜13時みたいな時間割で、昼休憩を挟んで15時から17時がグループワークという流れでした。
このモジュールの評価はグループワークでのResearch Proposalと個人でのLiterature Reviewの2つで、どちらもまぁ重かったです。

Research Proposal(35%)

本モジュールはMPHとMSc Epidemiologyの合計150人くらいの学生を対象としたものですが、7~8人ずつくらいのグループに分けられて、各グループで最終週にリサーチプロポーザルをせよというものです。研究テーマは完全に任意で、プロポーザルをするものの実際に今後自分たちが行うことになる研究ではないあくまでも架空の研究を作り上げる必要があります。縛りは質的量的研究のどちらもの手法を用いたMixed-method studyであること、が一番大きなものかと思います。
臨床研究なんてやったこともないという学生が多い中、これをグループでやらせようとするのもまたすごいなと思いました。案の定、最初の方はみんな言いたいことを言いまくって議論が拡がる一方で何も具体的に決まらないまま週が進んでいくのが非常に不安でした。おそらく臨床研究の経験が一番あるのは自分だったのですが、拙い英語力でファシリテーションするのはとても難しく、しっかり者のシンガポール人のクラスメートがいつも議論を引っ張ってくれていました。
各グループには大学側の若手教員がチューターとして割り当てられ、さまざまな面で助けていただきました。私のグループは他に、シンガポール1人・インド*1人・マレーシア生まれのイギリス人1人・中国5人という編成で、私以外は全員女性でした。あらゆる場面において、私とシンガポール・インド・イギリスの4人で物事を決めて進めた感があります。中国の子たちは英語が苦手で…ということを理由にしてはいましたが、議論になかなか参加して来ず(そもそもいないことも多々あり)、その都度理解しているか確認してあげたり、具体的にこれを調べたり作ったりして欲しいということを言ってあげないと動いてくれませんでした。
我々のグループは最終的に、West Londonをベースとしたティーンエイジャーを対象とした摂食障害とSNSに関する前向きコホート研究を立案しました。まずこの内容をTechnical Abstract、Lay Summaryというものにまとめます。Technical Abstractは学会抄録や論文のアブストラクトのようなもので、プロポーザルをする際の学術的な内容を要約したものです。一方でLay Summaryは研究参加者をはじめとした医学知識のない方々を対象とした要約で、1000 most common English wordsなどを参考にしながらとにかく平易な文章を作成しました。今回の研究は架空のものですが、現実世界ではこのLay Summaryを用いて対象者に研究説明を行ったり、オプトアウト型の研究の際に一般に公開する文章だったりするみたいです。
これら文書を作成したら、最終週に先生たちの前で15分のプレゼンをしました。プレゼンの場にはメンバー全員がいないといけないものの、実際の発表者は全員でなくて良いというルールでした。私は上記のTechnical AbstractとLay Summaryの取りまとめ役をさせてもらう代わりに、発表はシンガポール・インド・イギリスの英語ネイティブの3人に任せました。
この課題の評価はTechnical Abstract、Lay Summary、プレゼンの3点で決定しますが、私たちのグループの評価は67%でした。後少しでDistinctionだったので惜しい感じはしますが、とりあえずとても大変なグループワークだったので終わったことにホッとしています。

Literature Review(65%)

MPHもMSc EpiもTerm3に各自設定した研究テーマに基づいて研究プロジェクトを行う必要があります。それに先駆けて、研究仮説を立てて既存の背景論文をまとめ、どんなリサーチギャップがあるのか、その研究を行うことのRationaleはどんなところにあるのか、ということをエッセイに落とし込むというものです。この課題をこなすことを目的にライブセッションの授業ではResearch Questionの立て方、文献検索の仕方などを教わりました。実際のエッセイは1000 wordsとそこまで長いものではないのですが、研究疑問によっては背景論文の数も膨大となり時間がかかるので、モジュールの序盤からこの課題に関しては告知され、モジュール終了後冬休み後半の1月12日が提出締め切りでした。
この課題で扱った研究テーマをそのままTerm3の研究プロジェクトに用いる人もいれば、そうでない人もいるという感じのようですが、良いテーマで指導教官もうまく見つかればそのまま使うことも出来て一石二鳥のようです。私はTerm3の研究プロジェクトのテーマがすでに決まっていたのですが、諸事情によりこのレビューのテーマには出来ないことになってしまったので、別のテーマを設定しました(またまた諸事情により詳細は記載しません)。
1人で取り組めるという意味でグループワーク課題と比較すると随分と楽でしたが、本モジュール最終評価の65%も占めているのでやや不安はありつつ提出を終えたところです。

グループメンバーの相互評価

こちらはモジュールの評価には普通は関わって来ないのですが、グループ課題でのメンバーに対する相互評価の機会がありました。この相互評価で明らかに貢献度が低いことが判明した場合は、厳重注意が入ったりモジュール評価に影響を与えるというものです。上記の通り、中国の子たちの貢献度は他メンバーより圧倒的に低く、うち2人は正直何をやっていたのか全く不明で、ただそこにいただけ(いないこともあった)という感じだったので厳しい評価を書かせていただきました。この相互評価はFacultyが内容を確認の上で各人に返却されるようです。

モジュールの感想

とにかくグループ課題がつら過ぎました。具体的な研究疑問が決まって、詳細を詰め始めたのがWeek5くらいからだったので、それまではひたすら拡がる一方の議論で本当に間に合うんだろうかという感じでした。自分の英語力の問題で思ったように貢献できない自分の能力のなさを痛感するモジュールでもありました。貢献度の高いメンバーたちのリーダーシップと頑張りのおかげでなんとか終えることが出来てよかったです。シンガポール・インド・イギリスの3名とはとても仲良くなれたので、おそらく今後のTermでも助け合える存在になったと思います。

Introduction to Infectious Disease Modelling

感染症数理モデルのモジュールです。Imperial College Londonの感染症疫学部門はコロナ禍において数理モデルの手法を用いた数々の研究をもとに政府にアドバイスをしていたことで知られており、そのような強さもあってTerm1の必修授業でこのモジュールがあります。午前中はライブでの授業、午後がモデリングの実習でした。授業では、R0のさまざまな状況における計算方法、アウトブレイクにおけるモデリング、マラリアをはじめとしたVector-borne diseaseにおけるモデリング、モデルをより厳密にしていくためのさまざまな手法(Stochasticity, Heterogeneity, Non-random mixing, ワクチンなどのInterventionなどなど)に関して勉強しました。実習ではシナリオに沿ってコンパートメントモデルを用いたフローダイアグラムを描いて、微分方程式に落とし込んで、それを統計ソフトに入力してシミュレーションをする、というようなことを毎週していました。
本モジュールの評価はPaper Critique、グループ課題、筆記試験の3点がありました。

Paper Critique(30%)

すでに出版されている感染症数理モデルに関する学術論文を批判的吟味をし、800 wordsのエッセイを提出するというものです。Principles and Methods of Epidemiologyのモジュールでも同様の課題がありましたが、大きく異なるのは対象となった論文が数理モデルの論文であること。しかも指定された論文はこちらで、Natureに掲載されたマラリアに関するモデリング研究でした。先生たちは「論文をしっかり読んでエッセイを書き上げるまで5時間くらいを目安に取り組んで欲しい」と言っていましたが、私の場合は5時間かかっても詳細を理解することが出来ませんでした。正直Natureに掲載されている論文に批判できるようなところが沢山あるはずもなく、かと言って良いところを褒めてばかりのエッセイにするわけにもいかず大変苦労しました。なんとか提出したものの返ってきた結果は50%台というひどい点数で、一応50%以上が合格なのでなんとか合格ではありました。短くフィードバックももらえたのですが、「全体的に論文の要約でしかなく、指摘している批判は現実的ではない」などと書かれており、数日はかなり落ち込みました。ただほとんどのクラスメートが悪い評価を受けたようで、Principles and Methods of Epidemiologyで最高得点を獲得していた優秀な子がすごく悪かったので焦っていると連絡をよこしてきました。高評価を得るためにどんな点を批判すべきだったのか未だにわかりません。
このエッセイで70%以上のDistinctionを取った人を2名知っていますが、彼らはこの課題のために感染症疫学部門のTeaching AssistantにあたるPhDやポスドクの先生たちを捕まえて指導してもらっていたようです。そんなのありかよと思ってしまいましたが、まぁ明確に無しとも言われてもいないので、利用できるものを何でも利用するスタンスの違いを感じました。

グループ課題(20%)

Week9とWeek10でそれまでの授業と実習の総まとめがてら、4名の小グループで何らかのモデルを組むという課題でした。感染症は何でも良く、何かしらの介入を加えて疑問を解決するシナリオを作成するように指示されました。このグループは指定されず、各自話し合って決めてね、というスタイルで日本だと余ってしまう子への配慮とか色々問題になりそうだなと思ってしまいました。私は課題がリリースされた瞬間に複数のクラスメートから声をかけていただき、医師2名、学部時代のバックグラウンドが統計・数学の2名の最強チームを結成することが出来ました。
テーマは私が臨床感染症の知識があるので、いくつか候補をあげてみんなに選んでもらいました。イギリスでは水痘ワクチンがコストの観点から定期接種ではないのですが(!)、最近ワクチンに関する諮問委員会であるJCVIが国に対して定期接種にすべきと推奨を出したというのが結構なトピックだったので小児への水痘ワクチン接種をテーマにしました。当初そんなにややこしいモデルになることは予想してなかったのですが、帯状疱疹をモデルに入れるかどうかとか、いくつの年齢カテゴリーに分けるかどなど考えることが地味に多く、2週間の中で実習時間外に何度か集まったり、グループに割り当てられていたTeaching Assistantの先生に何度も泣きついたりする必要がありました。
そんなこんなで出来上がったモデルのフローチャートが以下の通りですが、これを数式とコードに落とし込んで、統計ソフトでシミュレーションしました。感度分析など経て、イギリス国内での水痘アウトブレイクを減らすために小児への接種率は90%前後の高い値が必要という結果となり、まぁ現実的な数値を出すことが出来たかなと思います。
最終週にモデルに関してプレゼンをして、学会抄録と同じ形式で250 wordsのAbstractを提出するという課題でした。結果は未着なのですが、まぁ普通に平均的な点数は取れていると思います。

グループ課題で作ったモデル。
10週間前まではこれが何のことがさっぱりだったことを考えると成長したということで良いでしょう。

筆記試験(50%)

クリスマス休み明けに2時間15分の筆記試験がありました。本モジュールでは沢山特有の数式が出てくるのですが、この試験は一切の持ち込み禁止のClose Bookの試験でした。コンセプトを尋ねてくる多肢選択式の問題が20問ありました。残りは、架空の感染症に関して問題として提示されているシナリオを読み取ってもっともシンプルなモデルのフローチャートと微分方程式を描く、検査やワクチンや導入された場合のモデルへの反映、などかなり実践的な内容でした。自分にとっては提示されたシナリオを誤解のないように何度も何度も読んで理解するだけで大変で、試験全体を全部解き終わるのに普通に2時間くらいかかってしまいました。この後半の問題はフローチャートを間違うと後全部間違うというタイプの問題でした…。おそらく大丈夫だと思いますが、結果をおとなしく待ちたいと思います。

モジュールの感想

自分が感染症に興味があるので大変興味深く面白いモジュールでした。この留学期間が始まるまで感染症数理モデルの論文を読もうとしても、ちんぷんかんぷんだったのを考えるとだいぶ成長できた気がします。しかしモジュール全体を通して、要所要所でどんなに考えても理解できない数学的な要素があったのは事実で、Paper Critiqueの評価が酷かったこともあり、自分がどんなに面白く興味があると思っても、適正というものはあるのかもしれないなと思いました。実際、臨床感染症の知識があることがものすごく役に立ったかというとあまりそんな感じはなく、この分野において臨床感染症の専門家が数理モデラーになる必要は(ものすごく数学の能力がある場合を除いて)あまりないような気がしてしまいました。Term2以降も感染症数理モデル系のモジュールをいくつか取っているので、引き続きもがこうとは思います。

最後に

非常に濃密なTerm1が終わり、明日からTerm2が始まります。忙しく胃が痛い日々ではありますが、そ色々な面において確実に知識もスキルも向上しているのを実感しています。授業の進め方や課題の評価方法など、同じ分野でも結構大学によって異なるようなので、いつか本学のMSc Epidemiologyに興味がある人の参考になれば良いなと思います。


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