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激安の迷宮 ドン・キホーテ

今宵もまた、「激安の殿堂」に集う者を傍観し、思うことがある。


 改めてこの場で書くことでもないが、ドン・キホーテに陳列されている商品は安く、「激安の殿堂」の名は伊達ではない。(調べてみたところ、2010年頃から少しずつ改称され「驚安の殿堂」となっているらしい。言われてみれば文字列に見覚えがある。)
 更に困ったことに、この店では食品や日用品は勿論、家具や家電に衣類、ゲームに玩具・パーティグッズ等も揃っている。そして唯一無二の「激安のハイブランド」なるものまで、同じ袋に詰めることができてしまう。この世の全ての小売店は黄色の看板とペンギンに集約されてしまうのではと錯覚すらしてしまう。


 斯く言う僕も、日用品のストックが切れたらドン・キホーテで買い足していく生活をして早3年が経つ。足繁く通う僕の見解では、先述したように無いものがない総合ディスカウントストアという性質上、年齢や性別を問わず様々な顧客が行き交う。

家庭のために汗水流す専業主婦、制汗剤のキャップを交換しあう放課後の高校生、4Lウヰスキーをカゴへ乱雑に詰める限界大学生、焼き芋の匂いに釣られた競馬場帰りの紳士達、ひとつなぎの大免税を求めた極東の海賊団と、どれも容易に想像できるのではなかろうか。そんなこの店に集う顧客の誰もが、安さの真髄を追求し購買というミッションを遂行する。
 また時には、その使命を阻害するかのように、激安の殿堂は稀に「激安の迷宮」へと変容することもある。


 いつも通り買い物をしていると、あろうことか店内でマダムに道(これが正しい表現なのかもわからない)を尋ねられた。この瞬間、激安の殿堂は「迷宮」へと変異した。
 マダムは僕とは人生経験の桁が1つ違うのではないかという程の体裁をしている。にもかかわらず、目の前に現れた人生の祖は明らかに迷子だ。(大人の迷子を目にしたのは後にも先にも、ドン・キホーテだけだ。)
 こんな場所でと、話しかけられた際には面を食らってしまったが、ジェントルマンとして最善の対応をし、何とか誤解を与えずに迷宮の出口までご案内。反り腰でゆっくりと歩みを進めるマダムが深淵へと姿を消すまで見送った。


 今でも最後に見たマダムの顔は忘れない。感謝の微笑みではなく、店内BGMの音量に顔を歪めていたのだ。どうやら耳はいいらしい。そうだ、公式によるとドン・キホーテは迷宮ではなく『ボリューム満点激安ジャングル』
 ーーー無事帰れたのだろうか。

 
 そういえばこんな場所と省略をしたが、補足をさせて欲しい。マダムと出会った迷宮は『18レベル以下立ち入り禁止』のオトナダンジョンだ。お世辞にも推定4倍以上のレベル差がある彼女は、最上階に潜むボスで間違いない。


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