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高速バスと琥珀糖
休職になって2週間経った今日。
漂流の旅から、ひとりぐらしの部屋に帰ってきた。
バスで3時間半。立ちっぱなしで電車に揺られること1時間弱。最寄り駅から徒歩15分。重いキャリーケースと気温32度。疲れた。
この街に、ただいまを言ってくれるひとはいない。
仕事帰りにいつも寄っていたスーパー。ぼやけた色の夕空。この街で私のことを知っているのは、私と、野良の三毛猫だけ。
この圧倒的な寂しさを、心地よく思うときと、耐え難く思うときがある。
寂しさを心地よいと思えるのは、一緒にいるひとがいるからなんだよ、お嬢さん。
懐かしいと感じるべきか、
忌まわしいと感じるべきか、
わからないマンションの入口。
宅配物の詰まったポスト。高級分譲マンションのチラシ。はい、これ入れたひと、懲役50年ね。
2週間ぶりに使うカギ。
2週間ぶりに入る部屋。
あ、ここは私の部屋だ。
私が生きていた部屋だ。
江國香織と太宰治とフランス文学が並ぶ棚。
イギリス産の紅茶缶。好きな詩が刻まれたグラス。
殺風景な冷蔵庫。畳み掛けのバスタオル。
2週間、ひとの生活空間の中にいたからか、
自分の生活空間にいることが、
逆に不自然な気がした。
ただいま、と呟いてみた。
ただいま、ただいま、ただいま。
返事はない。
返事をしてくれるひとは、ここにはいない。
寂しくなる前に荷解きをする。
キャリーケースをひっくり返す。
途端に襲う疲労感。
ぬるくなった午後の紅茶。
のどごし全然良くないです。
スマホを見ては放り投げる。
転職サイトからのメールが煩い。
復職するって職場に言っちゃった。
だってそうしないと生きていけないもん。
通帳を開いて閉じて、窓の外から放り出した。
この中にひとつ嘘があります、どれだ。正解はCMの後。
電子レンジでお惣菜をあたためる。あんまりお腹空いてないけど。食べなきゃ死ぬ。人間て厄介ね。
片付かないままベッドに倒れる。ああシャワー浴びなきゃ。眠い。何も考えず35時間くらい寝たい。明日は病院だっけ。病院行けば全部うまくいくんだっけ?
琥珀糖を噛む。
これからのことを考える。
あれ、今日って何曜だっけ。
しゃくしゃくしゃく。
木曜か。
そして明日で、7月が終わるのか。
しゃくしゃくしゃく。
この不安感をどう飼い慣らそう。
8月は私を好きになってくれるかな。私は好きだよ。
人生の川があるならば、
私はどこに流れ着く。
人生の川があるならば、
どんな岸辺で息をする。
どうか私が、私に、ちゃんと帰れますように。
しゃく。
あ、これミントの味がする。
眠れない夜のための詩を、そっとつくります。