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渋谷スクランブル交差点で狂う

可愛くないと殺される街、渋谷。
ある詩人が、かつてそう歌った。

私は殺されるだろうかと、
怯えながら歩くセンター街。

学生の頃、早く起きすぎた朝や眠れない夜なんかに、よくスクランブル交差点の定点カメラ映像を眺めていた。
この中に自分が混ざる未来と、一生混ざらない未来を想像した。

いつか、この定点カメラの前で狂ってみたいと思っていた。

結局、混ざる方に人生は動いた。
けれど混ざった自分が、こんなに人生に疲れ果てているとは思わなかった。

初めて入る、高いビル。
よほどのことがない限り、
崩れやしない、固いビル。

地上から何十階も離れた窓からは、
くすんだ東京の景色が一望できた。
都庁も、他のビルも、なんとかドームも、
皆私の視界の下にあった。

自分がそんな景色を眺めていることが、ひどく、非現実的に思えた。
社員証を見せただけで、笑顔でゲートを通されることが、薄気味悪かった。

かつて、こんなシチュエーションに憧れていたような気もするのに。

満足か。

耳元で、かつての私が囁く。
この景色を見られて、お前は満足か。

うるさい、と私は首を振る。
うるさい、うるさい、全部、うるさい。

ここにしがみついていられたら、
きっとお金に困ることはない。
東京でちゃんとOLをしていれば、
誰にも頼らず生きていける。

なのに、どうして、
私はどうして、ここにいられないと
気づいてしまったんだろう。
気づきたくなかった。
大切にしたいものがここにはないなんて、
気づきたくなかった。

私は東京に求められたかったはずで、
今の私の幾分かは東京に求められているのに、
私が、東京を求められなくなっている。
求めたいものはここにはない。
どうして。
心が分裂しそうになる。

用事を済ませてビルを出て、
来た道をひとり舞い戻る。

永遠に鳴り止まないポップス。
YouTubeで観たことのあるラーメン屋。
水溜りに落ちたコンドーム。

お腹は全く空いていなかった。何を食べても気持ち悪くなるから、何も食べたくなかった。でも午後から会社に行かなければならないから、無理やりでも何かを胃に入れたかった。

半ばやけになり、BURGER KINGに入った。ちょっといい肉を無理やり食らってやる、と思考がバグった。初めてのワッパーは想像の2.5倍大きくて、途中でひどく胃もたれした。でもどんなに気持ち悪くなっても、絶対吐いてやんねぇと思った。全部私の一部にしてやる、と思った。

口についたケチャップを拭い、誰にも見せない紅を引き直し、私はまた雑踏に出た。スクランブル交差点の信号を待ちながら、これから私は、かつて見ていた風景の一部になるんだ、と思った。
信号が青になった瞬間、ひとが動き出す。流れにのまれるように、私も動き出す。横断歩道の真ん中で、空を仰ぐふりをして、定点カメラを探した。それらしき物体を見て、今が狂うチャンスかもしれないと思った。

でもいざとなると、狂い方がわからなかった。
大声で喚き散らせばいいのか、髪の毛を振り乱して踊りだせばいいのか、露出狂のごとく服を脱ぎ散らせばいいのか。ただ呆然と、カメラらしき物体を眺めることしかできなかった。

でもその瞬間、
私は確かに狂っていた。

これからのことを考え、憂い、絶望し、何を大切にしたらいいのか、誰の言葉を信じればいいのか、悪意と好意の境目はどこにあるのかわからなくなり、頑張れば頑張るほど大切なものから遠ざかっていく気がして、いつかすべてを失う気がして、音も匂いも言葉もすべてが怖くて怖くて怖くて、

ひとり穏やかに、狂っていた。

観てる?いつかの私。
これが、
渋谷スクランブル交差点だよ。

東京に来てやりたいことリストを、また更新した。
いつも思わぬ形で、更新する。人生みたいに。

穏やかな狂気を隠したまま、
殺さないでくださいと渋谷に懇願する。

可愛くもかっけぇOLにもなれない私を、
渋谷はつまらなそうな顔で半殺しにして、

レモンケーキ色の、銀座線に押し込んだ。

眠れない夜のための詩を、そっとつくります。