OL小説家の休日日記 1
今日は、夏休みの匂いがする。
初めての風が、遠い夏の記憶を連れてくる。
畳に寝そべって眺めていた入道雲。自由研究用の大きな模造紙。溶けかけのスイカバー。母親の茹でたそうめん。おばあちゃんが育てた黄色いトマト。桃畑に囲まれた墓地。線香の匂いとヒグラシの鳴き声。
夏の記憶はどうして、こんなにも輝かしくて、胸をしめつけるんだろうか。
青色の追憶に浸りながら、洗濯物を干した。昔よく聴いていた音楽を流しながら。音楽は、その時の景色とか温度ごと思い出させるから、残酷な救いだ。
今日は病院の予約があったから、昼前に家を出た。徒歩25分かかるけれど、家から病院までの道は好きなので、ゆっくり歩くことにしている。
今日は、小さな花屋さんを見つけた。
店先にピンク色のバラが置いてあって、少し幸せな気持ちになった。この子と一緒に暮らせたら素敵だな、と思った。バラと暮らすなんて、星の王子さまみたいだ。この感情を言葉にして、誰かに伝えたくなった。
メダカを売っているお店も見つけた。小さなメダカが水槽の中を泳いでいる横に、「千円」と書かれた木の看板が置いてあった。店の中に人の気配はなかった。一体どんな人がどんな思いで、メダカを千円で売っているのだろうと思った。
病院には五分遅れて着いた。
引っ越してきてから見つけた病院。初めての病院はいつだって怖い。今まで沢山のお医者さんと会ってきたけれど、本当に合わなくて泣きながら帰ったこともあるし、怒りのあまり二度と行かなくなったこともある。
「あなたと話すのは楽しい」
前通っていた病院の先生は、そう言って、診察時間をいつも沢山取ってくれるひとだった。
身体のことも、家族のことも、就職のことも、時には恋話まで、程よい距離感で親身になって聞いてくれるひとだった。精神的に傷を負う出来事があった時も、一番怒ってくれたのはその先生だった。普段は冷静なのに感情的に怒りを見せ、あなたは何も悪くない、と言ってくれた。すべて自分のせいだと思って生きてきた私は、その場で決壊したように泣いた。
だからこそ、新しい場所で自分に合った先生と出会えるか不安だった。けれど、
「あなたはきっと、自分の居場所を見つけられるひとだよ」
最後の診察の時、先生はそう言ってくれた。
「今までもそうだったんだから、これからも大丈夫」
ああ、そうか。
私は、今までうまくいったから、これから「は」うまくいかないと考えてしまいがちだった。
うまくいったから、これから「も」うまくいく。
そう考えて、いいんだよなと思った。
実際、新しい先生はとてもいいひとだった。診察のあと、ちゃんと「受けてよかった」と思えた。
ここに辿り着くまでに、沢山傷つきもしたけれど。ちゃんと自分に合った先生を、自分で探して、自分で見つけられた。
とりあえず、安心。
これから先はわからないけれど、少なくとも今は、安心。
やるじゃない。私。
でも、この一ヶ月分の胃薬代があれば、何回カフェに行けるんだろうと考えて少しかなしくなった。ストレスがすべて胃にいってしまうから薬を飲む、そのことを悪いとは思わないけれど、いつか薬がなくてもおいしくごはんが食べられるようになればいいなと思った。
自分の好きなひとといる時は、薬なんかなくてもごはんは美味しいんだけどな。
そう思えたことに少し驚いて、嬉しくなった。ひとりになりたがりの私が、誰かといたいと思えるようになった。それは、今まで出会ってくれたひとたちのおかげだな。皆元気かな。今どこで何をしてるかな。会いたいなあ。
薬局を出たあと、暑かったのでカフェに避難した。
アイスティーを飲みながら、同期の子とスタバに行く約束をして、書きかけの小説とエッセイを書いた。
つらいことやかなしいことや不安なことは、沢山ある。
でも、やりたいことはそれ以上に沢山ある。
職場で任せられた案件は無事遂行したい。自分で企画も立てたい。
小説も、詩も、短歌も、沢山書きたい。
好きなインクを使ってお手紙も出したい。
「誰かの大丈夫」になれる何かをしたい。文章でも、居場所づくりでも。私にできることは何かを考えたい。
だからこそ、こうして心を整える休日が必要なのだと思う。
皆さんの休日は、どんな匂いがしますか。
また日記を書くので、よければそっと、覗きにきてください。
眠れない夜のための詩を、そっとつくります。