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恋文の花吹雪

桜の花びらが美しいのは、神様が破り捨てた恋文の破片だかららしい。

数多の恋で星は汚れて、清掃業者は日々過労。

恋を失ったような顔で、恋に恋して恋い焦がれる、少女たちの向かう地獄。花が咲き乱れる地獄。

「愛してる」のエネルギーで自転は起こる、と唱えた研究者が死んだ。遺書の代わりに残されていたのは、未投函のままの恋文だった。相手は10年も前に、別の男と愛し合い、一人で死んでいた。

「尚、愛してるより愛していたのほうが、高エネルギー反応を起こす」

未完成の論文を、人は、恋文の下書きをするための裏紙として使った。似たりよったりの恋文が量産され、社会はI LOVE YOUで飽和した。ことばの定義など誰ひとりできないまま、曖昧なまま、ロジック破綻した恋愛論が、世の中を白い幕で覆った。そのなかで恋人たちはセックスをした。何もわからないままで。何もわかろうとしないままで。

神様が愛したのは、愛してはいけない人だったらしい。

愛してはいけない人の定義は、広辞苑のどこにも載っていなくて、発狂した文学生が、昨日東京タワーに火を放った。東京は赤く燃えて、崩れた夜の欠片が降り注いだ。古いラブホの一室で、恋人たちは祝福を受けながら果てた。

恋だの愛だの、語る暇があるならいっそ壊してしまえばいい。世界も論理も倫理観も、壊した先に咲いた花を摘んで、愛する人の夜に走ればいい。

夜にしか咲けない恋を数えて、無意識のうちに永遠を未遂して、恋に溺れて息絶えたいだけ。金魚鉢のなかの欲望に餌をやって、懲りずに夜へと繰り出して。


桜が美しい理由は、恋だけが知っている。


永遠の証明をするために、人はひそかに静かに狂う。きみは狂っているよ、わたしも。綺麗だね。


眠れない夜のための詩を、そっとつくります。