金木犀未遂

誰も彼もが金木犀を歌っている、夜が冷えてくれば好きな人が恋しくなる、戻れない過去ばかり想起する、なんとなく寂しくって気のないふりしてLINEする、秋はそうやって始まる。

夏が死んでいく音がぎしぎしと鈍くて、でも不思議と嫌じゃなかった。紅葉が赤いのはかつて輝かしく生きていた彼が最後に血を吐いたからで、その鮮明な赤を眩しいと思った瞬間、また季節が変わる音がする。

コンビニのおでんは美味しいのに、家のおでんでテンションが上がったことなんか一回もなくて、それはとても重い罪だったような気がしてくる。好きな具を聞かれたとき「だし巻きたまご」と答えたら、普通ゆでたまごじゃんって言ったあの子、あれから連絡がない、お元気ですか。東京ミッドタウンに咲く花、砂浜に落ちた銀時計。

素敵な大人になりたかった、なりたくって仕方なくって、19歳のとき初めて長編恋愛小説を書いた。どこにも出さずにひとりで読んで、下らないなと思って全部デリートした。エンターキーを押したときの感覚がまだ右手の中指に残っている、ひりひりとじくじくと、深夜2時に見る夢のごとく、静かに痛みを連れてくる。かわいいね、キス。

そもそもなんだっけか、きみも眠れないんだっけか。眠れなくって寂しくってなんとなく不安で、どうしようもなくSNSを徘徊する、おんなじだね、おそろいだね、友達だね、さようなら、お元気で、幸せで。数多の人が行き交う、表面だけ切り取ってラミネートして勝手に神棚に飾って、この世界は何かがおかしいと気づいた瞬間、私は狂人認定を喰らいました。嘘だよ。

都会にも金木犀の匂いはするのかなって、一度も行かなかった芝公園の景色を思い出します。上野公園で見た夜桜はひどく妖艶で、私は水槽のなかの金魚で、酸素が足りなくて、この世界のすべてが愛しくて、未来がこわくてたまらなかった。覚えてますか、どうか忘れていて、届かなかったあいらぶゆーだけで埋め尽くされた墓場でピクニックしませんか。

スターバックスから秋のフラペチーノが出たって、そのニュースだけで幸せの起爆剤になりうるような人生を、何よりも誰よりも求めているきみ、そこのきみだよ、愛してる。夢なんか見なければよかったって、程々にしておけばよかったって歌ってる、きみは誰より美しかった、忘れない、忘れるまで忘れないから、命は有限で美しい。秋。

つらつらと書き連ねた筆の先が明日を向いていて、皮肉だとひとりで笑って、やまない動悸を握りしめて、世界を呪ったふりをして花束を、眠れない夜に、きみに、あなたに、世界に、私に、真紅と藍の花束を。

ありがとう。おやすみ。

『金木犀未遂』夕空しづく 2022.10.4

眠れない夜のための詩を、そっとつくります。