きっとこの人がいなくても幸せでいられるんだろうけど(ショートストーリー)
『心が満たされてると他に欲しいものがなくなるって、この前読んだ本に書いてあってさ。』
「何それ?どんな本読んでるの?(笑)」
『そんでね、その満たされてる状態の自分がナチュラルな自分なんだって。』
「ナチュラルな自分?」
『うん、ありのままの自分みたいな?本来の自分でいるとヘンテコなもの欲しがったりしなくなるらしいよ。たぶん、名声とかお金とか薬とかそういうの、あとお酒とか完璧なパートナーとか。』
「何それ、もう悟りの領域だね。」
『俺はそこまで満たされたって感じた瞬間まだないかもなぁ。』
私はそれを聞いて胸のまんなかあたりがずぅんっと痛くなる。何だろう、ぽっこり空洞ができた感覚。だって、私、実は今まさに、他に何もいらないって思ってる。こうやってふたりで、裸で抱きしめ合って寝転がってるこの瞬間、もう何もいらなかった。ずっとこのままでいたいし、このまま世界が終わってもいいよ。じゃあこれがナチュラルな自分ってこと?ありのままの私?でもこの人にとってはそうじゃないんだ。でもそんなのどうでもいいや。今、暖かくて気持ちがいいのは確かだし、余計なことはもうどうでもいい。私はその人と、もっともっとくっつきたくなって、くっつけることができる場所をおもいつくかぎりぜんぶくっつけてみた。いっそのこと、溶け合ってしまえたらいいのにと思ったけれど、無理だった。当たり前か。
この人がいないと私はダメになってしまう、そう思ってしまうこともあるけれど、きっとそんなことないんだろうな。それは切なくて悲しくもあるんだけど。
この冬に買ったダウンジャケットが思いのほか暖かくて、コンビニまでの自転車の道もぜんぜん寒くなくって、生きてて良かったとか思えたし、インスタント珈琲の粉とクリープの分量とお湯の温度がちょうどよかったのか、まるでココアみたいなまったりした珈琲に仕上がったときにも至福の気分になったし。
きっと本当はナチュラルな自分になれる瞬間ってたやすく見つけられる。きっと私はこの人がいなくても幸せでいられるんだ。わかってる。それでも、わからないふりをして、誰かに甘えることの贅沢に、何も考えずに、ただ酔いしれていたいんだ。
自分の内側から発せられる何かを、掴んだと思ってもすぐに消えてしまいそうなそれらを、1枚でも多く作品にしたい。同じ感性や同じ心象風景を持つ人たちの元に作品を届けたい。と願って日々描いています。またサポートして下さることでいのっちの電話に使える時間も作れるので助かります!