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「Twilight Space online ―シンデレラ・ソルジャー―」第三話

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 だいぶ時がたってから、これらの僕の主人が帰ってきて、彼らと計算をしはじめた。すると五タラント渡された者が進み出て、ほかの五タラントを差し出して言った、『ご主人様、あなたはわたしに五タラントをお授けになりましたが、ごらんのとおり、ほかに五タラントをもうけました』。主人は彼に言った、『良い忠実な僕よ、よくやった。あなはわずかなものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ』。

「マタイによる福音書(口語訳)」第25章 19-21節

『さて、いよいよ始まります。鷹の旅団、新人選抜バトルロイヤル。第一回戦! 実況は私、鷹の旅団特別広報を務めさせていただいております、皆さまお馴染み、マイキーです! そして、解説はこちら――』

『皆さん、コンニチハ。ステファン・コルビヤノフです』

『はい、こんにちは。ええ、ステファンさんは普段センター・ストライク等、VRシューターのe-Sportsのプロとしてご活躍していらっしゃいますが。T.S.Oなどは、遊んだことはおありなんでしょうか?』

『はい、もちろん。プロとして普段から私は、様々なタイトルには触れるようにいしていますよ――なかでも稀少な資源をめぐり、様々な星を探索するこのT.S.Oは、意外にもこのゲームに代表的な宇宙船やメック同士以外の戦い、地上でや宇宙コロニー内での歩兵戦闘もよくできていると評判です』

『いやあ、ありがとうございます。最近はこうしたVRオンラインゲームも、一種のメタバースとしてのデザインも非常に重視されるようになりました。そのようななかで、VR中の身体制御や感覚の直感的なシンクロを体感できる、シュータースポーツのプレイ感覚は、一つの重要な指標となっていると思います。ステファンさんとしては、そのあたりは……?』

『そうですね。まずT.S.Oは、PoPというユニークなシステムで有名ですが、そのあたりもあって最新のVR機器に対するサポートが非常にしっかりしていますね』

『ええ、そうですね。生体認証によるbot等チート対策は、我々も非常に気になるRMUの価格、ひいてはゲームの収益につながります。そのあたり、運営であるスペース・モンキーもかなり力を入れてアップデートを繰り返していますね』

『――ですからそうした事情もあって、特にVR上での身体リンクはかなり高精度。私が普段プレイするようなゲームと何ら遜色はありません』

『おお。プロの感覚からもお墨付きが!』

『加えて、フィールドの多くが地球とは異なる様々な宇宙環境というのも、非常にユニークです。このゲームには様々な口径、初速などのステータスを持った銃、さらにはビーム兵器のようなSFガジェットも豊富ですが、それらの挙動が環境によってかなり左右されますね?』

『ええ。じつはそのような装備、銃弾等の多くもT.S.oの世界ではプレイヤー自身が資源を集め作り上げたもので、そうしたアイテムの経済的取引もこのゲームの非常に人気のある部分だと思います。プレイヤーは様々な環境で重要となる、そうした装備を揃えることが重要です……』

『いえ、まさに! そうした環境内で適切に武器や戦い方を選ぶことが、プレイヤーを勝利に導くでしょう。例えば惑星内の重力加速度。これらは銃弾の飛距離や放物線のカーブに影響します。それに惑星の自転やコロニーの人口重力は、そうした弾道にさらにコリオリ力を加えてくる』

『なるほど。たしかにこのゲームの長距離射撃では、かなり強いクセを感じますが』

『光速で直進するビーム兵器はそうした物理的な影響を受けませんが、惑星上の大気やそこに舞う埃、または蜃気楼のような現象によっても影響を受けてしまいます。さらにそうしたエネルギー攻撃に対する装備は豊富であり、そうした中でプレイヤーたちの様々な戦術が生れています。これらはこのゲームの、非常にユニークで力の入った部分です』

『いや、ありがたい。ステファンさんにこうしてT.S.Oを褒めてもらえると、私としても非常にうれしいですね』

『いえいえ。しかしそうした意味で、今回このバトルロイヤルの出場者たちは、主催であるギルドの選んだ様々な環境――それも、開催の三日前に発表、リーグごとにバラバラの戦場へ送られます。彼らはある意味非常にカオスな状況での戦いを強いられますが、じつはそうした戦場環境へのリサーチや、アンテナの鋭さを問われているのではと思いましたね。鷹の旅団としても、そうした戦略的組み立ての出来る人材は有望でしょう?』

『いやあ、鋭い! さすがはプロ……と言いたいところですが、未だオーディションは始まったばかり。なにぶん選考期間中ですので、そうした質問にはノーコメントでお願いします』

『ああ、それはソーリー……たしかに、そうですね。ハハハ』

『しかし、そうこう言っているうちに……ようやく始まりました! 各リーグの選手たちが今、戦場へと続々投入され始めたそうです。この配信はリーグの公平性を維持するため、5~10分ほどの遅延を入れさせていただいておりますが、その間AIによりピックアップした熱い戦場の光景を、引き続き実況していきます。同じく遅延を入れての各々の出場者自身による配信も許可されておりますので、皆さま是非、SNS等でコメントし、大会を盛り上げていってもらえればと思います――』

 ***

「えっと、みなさん。こにちは、ニーハオ、ハロー。そして、こんばんは。すみません、ほんとうに……ライブ配信は行うかどうか迷っていたんですけど。すみません。ほんとうに、急になってしまって」

 眼前に弧を張る、黄色の大地。その周囲には淡いブルーの大気が覆い、フラクタル図形を描くように、ビビッドな色の紫が侵食する。

 ギルド鷹の旅団所有、アウタースペースのとある星。Hl_S443_P3と呼ばれるこの惑星は、ゲーム中ではバイオレベルⅡという区分を受けている。

 群体として樹木化した藻類、苔類等の原始植物。細菌、菌類、そして小さな原生生物。黄色の大地に広がったそれらは、不安定な季節の中で、活動し呼吸し、老廃物質を排出する。

 結果として大気は中性化。酸素濃度は高いものの、不活性である窒素の割合も多く、地球の様なコンクリートや金属物の施設を建て、化学燃料による工業化が可能。鷹の旅団はこうした星を、低レベル消耗品の製造拠点としていくつか所有しているらしい。

「……私が居るのは、今からリーグが行われる星の成層圏内の上空です。先先日から私のアバターのクローン素体が同じくほかの参加者のクローンとともに、ギルドの巡洋艦によってこの星系に運ばれており、少し前にそこでインした状態で待機していました。現在は選手ごと隔離された状態でドロップシップに乗っており、私も含めこの戦場へ赴く時を今か今かと待っています」

 どうしてこうも、このゲームの船内は少し窮屈な感じがするのだろうか。以前から考えていたその答えに、配信を始めようとこのゲーム内での様々なツールを弄っていた時に、ふと気づいた。

 真空の宇宙の中で、周囲の大気から伝わる雑多な音がないのである。聞こえてくるのは私自身の出す音と、このスペースプレーンの殆どが電子化されてしまった機器の作動音。この場には圧倒的に、低い音域が抜けている。

「これから私たちは、各種ドロップポッドによってバラバラに戦場へと送られ、戦います。フィールドとなるおよそ15kmに及ぶ区域には、高度上空から中立ドローンが巡回。事前に受け取った地図データには常に戦場となる範囲が示されており、その区域を外れると警告を受け、そして無視し続けるとドローンに攻撃を受けてしまいます。この範囲は時間とともに狭まってゆき、最後の一人がチャンピオンとなるまで戦いが続くことになるようです」

 用意された個室でVRカメラに向かい、あらかじめ用意した原稿データを読み上げていくが、正直緊張はまぎれない。それどころかこれが数分の遅延の後には皆に届いてしまうのだと考えると、余計に緊張が高まった。

「前回の動画。コメントをたくさん下さってうれしいです、とても感謝しています。Takenakaさん。アドバイス通り、今回はなるべく初速の出る小口径アサルトライフルを用意しました。ありがとうございます。油揚げ煮込みさん。ご指摘の通り、なるべくここと近い星を選んで、射撃の訓練をしてきました。ありがとうございます。それからこうして応援してくださっている皆さま。このライブは8分ほど遅延を入れており、チャットコメント等読み返すことは出来ません。本当に申し訳ありませんが、それでも見ていてくださって感謝しています。ありがとうございます……それでは、いよいよ私はこのドロップポッドに乗って、地上へとおりていきます。何度目かになりますが、どうか、応援よろしくお願いいたします」

 VRの中でも、口の乾いた感覚というのは解るものだと、改めて驚く。

 私はひとまず仮想カメラ、そのT.S.O上でのアバターともいえる小型ドローンを肩にのせ、個室内にある一人用小型ドロップポッドに向き合う。ポッドの内側には何かクッション性の素材が人型――背嚢を背負い、銃を抱えた人物のシルエットに凹んでおり、なんだか映画でみる死んだ兵士を運ぶための棺桶のように思えた。

 私はゆっくりとその中に腰を下ろし、バックパックの位置を確かめながら、寝転がる。そして肩上の仮想カメラにむかい、緊張を伝える。

「あとほんの数分で始まりますが、なんていうか……すごく緊張しています。心臓がすごくドキドキしていて、ほんとうに、なんか……あっ」

≪参加者の皆さまは、装備をご確認の上ポッドに御搭乗ください≫

 登録しておいた大会アナウンス用のチャンネルから、自動音声と思われるボイスチャットが流れる。ほんとうに、いよいよ始まるのだ、という緊張がいっそう深まった。

≪事前に通知いたしました通り、本大会には歩兵用装備全般についてのみお持ち込みいただけます。したがって車両、航空機等機械兵器の転送要請、または航空支援、軌道上支援要請を行うビーコンなどの支援要請アイテムについては、あらかじめお断りさせていただいております。ポッド内の手荷物・ストレージスキャンにてそれら装備が認められた場合には、当該装備を整理したうえで今一度のご確認をお願いしたしますが、万が一の持ち込みそれらを使用した場合には、戦域内に巡回する自立ドローン、または惑星軌道上の本大会主催ギルド鷹の旅団所有の戦闘艦船にて、それら支援機械等について攻撃を行う場合がございます。準備がお整い次第、ご了承を頂いたうえでポッドのドアを密閉、ドア内側のパッドにて最終確認への同意を頂きスキャンを開始してください≫

「……えっと、大丈夫だと思います。そもそも、そういうアイテムはまだもっていないので……ええ、大会への参加同意――と」

 真っ暗なドロップポッドの内側に、薄黄色の枠と文字が現れ、確認の文章が現れる。その文面にはアナウンスで流されたような、大会中の不正アイテムの扱いの他、持ち込んだ装備類は大会中他参加者によって収奪される恐れのある事が注意として書かれている。

 さらりと目を通すだけで、どれも既に知らされていた情報だとすぐにわかる。この狭いポッドの中でどうやって操作するのだろう、と思うが、目線認識によって文面の上にカーソルが踊っている。

「ええ……読み上げていいものか分かりません――というか見えているのかわかりませんが、簡単な合意の確認とルールの説明ですね。問題ないので、同意します」

 マイク出力を配信へ切り替え、同時に文書下部の同意確認の項目を注視・瞬きをするとダイアログが現れ、またその中の「はい」のボタンへ注視し、また瞬きで合意する。

 VRカメラからの視界は、どうなっているのだろう。カメラアバターである小型ドローンは他のPCからは見えないが、偵察用のものとして悪用できないように、その視界も外部へ配信しているライブ画面も、ドローンを両手に保持した状態でなければ確認できない。したがって、この狭いポッドに入ってしまった今では、確認のしようがなかった。

≪参加者全ての合意が頂けました。ありがとうございます≫

「いえ、あの。こちらこそ」

≪本機は戦場上空を横断しつつ、参加者のドロップポッドを随時投下していきます。各ドロップポッドの投下予測時刻は、前面のモニターをご覧ください。カウントダウン終了とともに、投下が開始されます≫

「はい。ご丁寧に、ありがとうございました……」

 アナウンスが終了するやいなや、目の前に黄色い数字が浮かび上がり、その前面――どころかデジタルな効果とともに視界が開け、三百六十度の全面に外の風景が映しだされた。

「あっ、凄いです! 見えますでしょうか!? こんなにも……」

 いつのまに、空気を切るような中低音の疑似サラウンドが辺りを包み、自らがこの輸送用スペースプレーンの中にいて、高い高い空の上を飛んでいるのだと実感する。

 輸送機そのものはこのポッド内の全方向モニターに映し出されず透明だが、同じく投下を待つ白色のポッドが私と平行にいくつも並んで飛んでいる。上空は真っ黒な宇宙空間、下方は黄色と紫の大地そして少し緑がかった海が広がり、先ほどの小窓から見る風景よりもずっと大きな惑星だと感じる。

「ああ、ごめんなさい。これが皆さんに、しっかりと見えているんでしょうか。それとも、配信そのものが上手くいっているのかどうか……今は確認できない状況です。おそらくあと二分くらいで、私の乗るこのポッドも投下されるはずですが……地上に着いたら、もう一度確認してみようと思います。それまでもしかしたら、お見苦しい画面のままかもしれませんが、どうかチャットなどでご確認いただけると助かります」

 というか、この二分間の間なにか話をして、せめて場を繋げておくべきなのだろう。しかし、今の私はこの風景や情報を飲み込むことに精いっぱいで、なにを話したらいいのか分からない。

 緊張で上がっている、というのだろうか。それとも単に、この景色に圧倒されているのだろうか。

「あっ……」

 思わず喉が鳴り、その声に自分でも驚く。

 どこまでも広がる、巨大な大地。こんな遠くからでも見える、紫の森。照らす恒星の昼間から、昏い夜の方へまで、どこまでも滑らかなグラデーション。

 どうやら、このスペースプレーンだけじゃない。透過処理でこのモニターには映らないが、明らかにもっと遠くの空の方から、ドロップポッドが落ちるのが見えた。スッと大地に吸い込まれるように、輝く流星となって落ちてゆく。

 ここが仮想のものだなんて、頭では分かっているけれど、それでもウソ
には感じない。だってほんとうは、私達、という意識のほうが本物の宇宙からはかけ離れている。恒星や銀河、ブラックホール。ほんとうの宇宙というのは、ただ自然の法則で出来ていて、だったら数式で出来ているはずのこの宇宙も、ほんとうはホンモノのはずなのに。

≪投下開始まで、あと10秒。9、8、7、6……≫

 アナウンスの声にハッと気づくと、目の前のモニターに0が並んでいる。秒数を表す数字はあと一桁で、最後の二桁は複雑なアニメーションのように目まぐるしく変わっていく。

≪3、2、1……投下、開始≫

 とは言われても、正直私自身、とくに変化は感じなかった。

 三半規管の加速度の感覚までは感じられないVRでは、この高さの空中で、自分自身がどんな運動をしているのかまでは解らない。ただアナウンスの終わりとともに、隣のポッドが上空の星空の方へと、逆向きに落下したという奇妙な感覚を覚えただけだった。

 それから数十秒の間。少しずつ空気を切る音が、大きく、そして含まれる音域が広くなっていく。初めはスーっと、次第にゴーッと。ポッド全体がガタガタと揺れ始め、ボッボッボッと不規則に空気の塊にぶつかるような音がする。

 やがて外の風景を映す全方位スクリーンの下部が黒くつぶれ、その端から断熱圧縮で熱せられた赤い空気の層が覗き始める。

「ええと……操作は特に、できるようなものはないんですけど、大丈夫なんでしょうか……?」

 少し不安になり、尋ねてみるも、もちろん誰も答えない。

 そうこうしている間にポッド内のスクリーン半分くらいまでが黒くつぶれ、端からみえる空気の層は、さらに赤々と光りを発し、大きくなっているように思う。パチパチと何か砂粒が当たるような音がして、線香花火のような火花が外に飛び散っている。

≪地上へ接近。逆噴射を行ったのち、パラシュートを展開します。衝撃に備えてください≫

「あの、衝撃って……?」

 私のつぶやきも虚しく、問答無用で内部スクリーンがオフになる。そしてシューと内部に噴射される音がして、ポッド内の壁が膨張し始める。

≪3、2、1……逆噴射、開始≫

 ボーっと、音というよりも振動が、私を包むエアバック全体から伝わってくる。それが数秒ほど続いたあと、またガツンっというような衝撃と、ボッとパラシュートの広がった音が響く。

 もはや、どうにでもしてくれという感じで、しばらくその布団圧縮袋の中という感じのポッドの中で、息を整える。おかしな話だが、この息苦しさもあくまで仮想のものであって、別段熱くはないし、呼吸も問題なく行える。ただ皮膚へ感じる圧力や振動はそこにはっきりとあるみたいで、これが数十分も続けば本当に熱中症で死んでしまうような気がする。

 やがてゴツッという振動が背中から広がり、周囲のエアバッグがしぼんでゆく。そしてボッっと目の前のポッドの蓋のヒンジが破裂、噴射して、二メートルほど宙を舞う。

≪空の旅、お楽しみいただけましたでしょうか? ここからは先はルール無用の戦場です――貴方にどうか、ご武運を≫

「ええ……うん。ありがとう」

 こうして、私の初めての戦いが始まった。


四話へ。

マガジン。

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