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「Twilight Space online ―シンデレラ・ソルジャー―」第四話

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 ええと……まず、そう。この配信がはたしてうまく出来ているのだろうかを、まず確認しなければ。

 ポッドの中から起き上がり、左肩にマウントさせていた仮想カメラ・ドローンを手に取る。両手で保持してその映像と、現実のネットへ配信しているライブ映像を確認。

 まずはしっかりと配信出来ているか、そして音声等カメラ映像など、しっかりそこに映っているか。

『――なんていうか……すごく緊張しています。心臓がすごくドキドキしていて……』

 :だいぶ緊張してる?

 :ポッドの中狭そう

 :なか暗い。これで飛んでくってこと?

 :カエデさん頑張れ!!

 配信の画面を確認すると、今からおよそ数分前。今まさにポッドへ入ったばかりの私の声と、視聴者からのチャットがちらほらと書かれている。

 今このカメラドローンを覗く私の姿は、こんなふうにさらに数分後に配信の画面に映るはずで。だから、今更このチャットに答えても遅いのだろう。そう考えると、もどかしいような、申し訳ないような気持ちは拭えない。それでも、こうして配信が行えていて、いつも動画を見てくれている人々からのチャットを見ると、驚くほどに自分が安心できているのだと気付く。

「ええ、どうやら配信は上手く行えているみたいですね。皆さん、チャットでの応援、ほんとうにありがとうございます」

 フッとそのドローンを目の前に浮かべ、一応のお礼とともに頭を下げる。

「ここはもうすでに戦場となっているはずですが、見たところポッドはかなり散らばって投下されていて、まだ時間はありそうなので、装備の確認をしていきたいと思います」

 これは、配信の向こうの皆に説明するというより、彼らを仮定して自分自身で改めて意識して確認するため。そして、自分を落ち着けるためでもあるのだ、と思う。

「こちらが、シールド装置。そしてこっちに、三つのシールドセル。肩に掛ける斜めのベルトと、それを下に止める腰のベルトでつながっていて、ここにホールドしたシールドセルを押し込むと……このようにベルトを通じて、このセルの中身であるメタマテリアル粒子が全身を包むように散布されます。散布された粒子は、シールド装置の発する電磁場によって私の周りを漂いつづけ、弾丸やレーザーなどの攻撃を受け止めてくれます」

 頭の中で整理して、説明しながらそのセルを使用すると、小さなシューッというスプレーの音とともに、周囲に半透明な膜のようなものが形成されてゆく。

 この散布されたメタマテリアル粒子は徐々に減少していき、その場に動かなければ2時間の間、運動などをして動けば延べ10分ほどで尽きてしまう。もちろん攻撃を受ければさらに激しく消耗し、無くなれば予備のシールドセルをまた押し込んで解放し、手動でシールドを張りなおす必要がある。

 基本的にはこのシールドの維持によって相手の攻撃を防ぎつつ、こちらも攻撃して相手のシールドを破壊する。正面からの撃ち合いでは互いに激しく消耗するが、もしも相手の隙を突き、倒した相手の未使用のシールドセルを手に入れられれば、このバトルロイヤルでは有利になるはず。

「それから、この腰のポーチには応急パックが四つほど、すぐ取り出せるようになっています」

 たとえシールドがあったとしても、必ずしも無傷のままで戦闘を終えられるわけではないだろう。それにいくつかシールドでは防げない攻撃、危険な現象がこのゲームには用意されており、いわゆるHPは応急パックによって回復するシステムとなっている。

 シールドセルも応急パックも、予備のいくつかをストレージの方に用意してあるが、それらはパックパックを一旦降ろし、落ち付いた状況でなければアクセスできない。

 簡易に持ち運べるそうしたリソースの奪い合いがこのゲームの歩兵戦闘の基本らしく、直感的にはかなり面倒なシステムとなっている。

「それと、サイドアームのハンドガン。ベルトの後ろに予備のマガジンが二個あります」

 右腿のホルスターから抜き出して、銃口を上に向け一度マガジンを抜いて弾を確認。スライドを下げて一発目を装填すると、またホルスターに収めてベルトで留める。いわゆる安全装置はないが、グリップセーフティがあるのでしっかり握りこまなければ暴発はない。

「あと、この胸のポーチに入っているのが、グレネードですね。スタンダードな破砕手榴弾で、ピンを抜いたあと投げてレバーを開放すれば、約4秒で爆発します。爆発の圧力だけでなく、中に入っているフラグメント、つまり金属片が飛び散って意外に広範囲に及びますので、投げたあとは物陰に隠れるか、その場に伏せて防御する必要があるようです」

 簡単な銃くらいならこのゲームを始めた時に試してみたし、前日にも確認した。しかし、こうした危険物は本当に扱うことが初めてで、使い方そのものは解りやすいが、注意が必要かもしれない。

 おそらく、シューターとは言ってもこうした補助アイテムをうまく使える人間が、本当に上手いゲーマーというものなのだろう。少なくとも、このオーディション大会中は、私も慣れておかなければ。

「――そして、最後ですね。これが今回の私のメインウェポンとなる、アサルトライフルです。予備のマガジンは、すでに見えていると思いますが、この胸のポーチに入っています」

 ポッドの横に置いておいた銃を取り、カメラの前に掲げてみせる。

 現実でなら、弾丸も含め数キログラムはするだろう。ほんとうにスタンダードな軍用のライフルと言った感じで、外装はかなりの部分樹脂製っぽいが、ずっしりと腕に負荷が感じられる。VRなのでもちろんそれで疲れるということはないのだが、どうにも銃というものの重みがあるような気がする。

「以前皆さんに教えていただいた通り、なるべく扱いやすい小口径のものを選びました。この星では比較的重力が軽く、重い装備も持ち運びはしやすいのですが、慣性質量は変わらないため銃の反動自体は変わらない……ということらしいです。特に今回は私自身解らないことだらけにもかかわらず、種々アドバイスいただきありがとうございます。皆様の応援に答えるつもりで、もちろん私自身、精一杯頑張っていこうと思います」

 トリガー横のマガジンリリースボタンをグッと押し込み、ハンドガンと同じく弾薬を確認してはまた戻し、コッキングハンドルを引いて装填する。カシャンと中で機械的な動作がするのがこのライフル全体に伝わって、同時に遠くでタタターンッと銃声が聞こえ、余韻を残したあと、木霊する。

 音の調子からは、かなり遠いところであるとは感じられた。ただし、既に戦闘が始まっているのだと考えると、自分はすこし悠長にしすぎていたのだとも感じた。

「えっと、聞こえましたでしょうか? 今どこかで銃声がして……ここもすぐ他のプレイヤーに、見つかってしまうかもしれません。えっと、地図を出して――すでにフィールドの縮小予定範囲がこのように提示されているので、警戒しつつその範囲内へ向かおうと思います。皆さんおっしゃっていたように、今回はなるべく終盤まで戦闘を避けつつ、順位を目指していきたいと思います」

 半透明のホログラム地図をカメラの前に提示して、指をさして確認する。向こうからは反転したものにはなっているものの、私のやりたいことというのが、図としてはしっかり伝わっているはずである。

 見渡すと以外にも凹凸があり、あちこちにはあの紫の森林、草原、あるいは苔生した大地が広がっている。ひとまずその地図上の一点にマーカーを置き、視界に表示されるARコンパスから目標をめざす。

 周囲を警戒しながらも、とにかく序盤はフィールドの縮小に追いつくことが、第一の目標であるらしかった。

 ***

≪――バトル・フィールドの縮小を開始します。参加者の皆さまは、地図で地点をご確認ください≫

 そうして移動し始めて解ったことは、VR上ではいくら動いても疲労しない事、そして重力の低い星では一歩一歩の感覚をかなり長めにとらなければ、上手く走れないことである。

 疲れることがないというのはなんとなくいままでにも感じていたが、本当に無制限に走り続けられることを実感したのは今この時であっった。

 ドキドキしたり胸に感じる苦しさは、あくまでVRとは関係のない私の身体反応であり、ゲームシステムとは無関係。したがってこんなにも不安な、緊張した重苦しい心を感じながらも、時速数十キロくらいで常に走り回ることが出来ていた。

 T.S.Oには簡単なステータス振りと、装備重量による運動制限のシステムがあるが、さらに重力の影響もあるのでこの星では身体が軽い。まるで自由な夢の中で走るように、意識を向けるとどこまでも飛んで行けそうな気分だった。

「もうすぐ、マーカーの地点に到着します。いったんあの森へ身を隠して周囲を警戒しながら、他プレイヤーが来ないか待ち伏せてみようかと思います」

 追従に設定したカメラドローンに向かって、説明する。音声は周囲へのチャット設定ではなく配信マイクへなので、この場へは響いていないが、逆に配信の方にはしっかり伝わっているはずだ。

 コンパス上のマーカーから少し離れた森のほうへと意識をうつし、すこし減速し身を低くしてライフルを持つ手に力を込める。人差し指でトリガーガードを軽くなぞると、指先を少し、その内側へ滑り込ませた。

 いよいよその紫の森へと近づくと、周囲にはぬるりとした苔が生えており、一瞬足を取られそうになる。

「なんか、すごいですね。この星の植物……なんですけど、すごくおかしなものなのに、ほんとうに何処かの国にあるみたいな」

 毒々しい紫のバナナの木の様な植物が、向こう側が見えないくらい鬱蒼と生えている。芯が通っていて樹木と呼べるほどには大きいが、その茎を包むように生える葉の根元は青白く、どこか瑞々しさも湛えていた。

 上を向くと天井に傘状へ茂った葉は羊歯のようで、その裏には赤い色の蕾がポツポツと並んでついている。今はこの木々の実りの季節なのだろう。時折その蕾が開くと、同じく赤い色の胞子が舞って、この森の空気の中に漂っていた。

 ハッと気づき、手で口を押えその場にしゃがむ。

「すみません……どうやらここは、生物毒の判定があるようです」

 視界の左下、HPバーの上に錨を模した家紋の様な、バイオハザードマークが浮かぶ。よく見ると少しHPが減っており、先ほどからこの地域で発生している毒ダメージの判定に当たっていたらしい。

 流石はVRと言うべきか、所詮はゲームと言うべきか、こうして息を止めて数秒すると、その毒ダメージは消えていく。口から手をはなし、息を吸い始めるとまたダメージを喰らってしまう。

 この毒ダメージのDPS(ダメージ・パー・セコンド)そのものは、プレイヤー・キャラクターのステータスでも変わるらしいが、プレイヤー自身の身体操作で息を止めれば、回避もできる。幸いにもこの地域の毒は低度のもので、ある程度なら問題ない、とも思われた。

「どうやらダメージは低くて、それほど問題ないみたい……です。おそらく、他のプレイヤーに見つかってなにも無い場所で戦闘になるリスクを考えると、今回はこちらを進んでみようと思います」

 正直なところを言えば、他のプレイヤーと出会うことが、私は怖いのかもしれなかった。なんとなく自由に宇宙を飛べるゲームとしてこのT.S.oを選んだものの、そこにはあまり人がいないということが、私の安心だったのかもしれない。

「どうやら、こんなふうに……はい。息を止めている間は、ダメージを防ぐことが出来るみたいです。VRをやっている私自身は寝ているようなものなので、いざとなってもゲーム上では動きながら、数分くらい止めていられるかもしれません」

 三分か、二分だろうか? もしかしたら、実は一分でもかなり苦しいかもしれなかったが、いざとなった時の移動速度もこちらでは早いので、この森がどれほど広いかを地図で確認しておけば大丈夫だろう。

 つぎのラウンドが始まり範囲の縮小が開始されるまで、この森の中でやり過ごすか、上手く奇襲を行えそうなら、機会をうかがうことにする。

「それでは、すこし移動して進んでみましょう。この森の事をある程度見て回り、どのように迎え撃つべきか考えたほうが良いかもしれません」

 それから慎重に森を進み、この森のことを知っていく。どうやらこの同じ種類の羊歯に近い植物がこの森を支配していて、そこに地に落ちた葉や胞子をまた栄養にして細かな苔類が生えている。

 この羊歯の胞子は毒性だが、それは進化的に機能を持ったものではないだろう。あくまでこの羊歯の胞子のたんぱく質が、私達プレイヤーにとって毒となる成分だっただけだ。なぜならここには、毒を持って自分を守らなければならないような、草食動物はいないのだから――

「……っ! いま、誰か動きませんでしたか?」

 もちろん配信の向こうに聞いても答えは帰っては来ないが、一応こういうリアクションも、必要なのだろうとは思う。

 ただ下手に動いて、向こうにこちらの位置を与えるわけにはいかない。近くの木に背をあずけて慎重にあたりを見渡すが、相手の位置はわからない。

 ダダダンッ!

 近くの木がいきなり爆ぜたと同時、森の奥から銃声がした。すぐさま私もライフルを身体に引き付け、その銃声の方向から隠れられるような木に飛びつく。

 ダダッ!

 すかさず移動した私は次の発砲を受けたものの、幸いにも当たらなかった。相手の方向はこれでだいぶ絞れたものの、実際の位置までは視認出来ていない。

 どうやら一方的に、私は狙われているらしかった。私と同じようにこの森にやってくるものを迎え撃とうとは、彼の方が先に考えていたらしい。

 しばしどうしたものかと考えた後、胸のポーチから手榴弾を取り出し、ピンを抜いた。そして破れかぶれで顔を出すと、思いっきりそれを振りかぶる。

 ダダダダンッ!

 相手はすかさず撃ち込んできて、その内の二発がビビッっとシールドに命中する。しかし幸いにもそれでシールドは削りきれず、薄暗い森の奥に相手のマズルフラッシュが見えた。間髪入れず、私はその方向へとグレネードを投げつける。

 もう一度その木の陰に身を隠すと、心の中で4秒を数える。すると数え終わってしばししたところで爆発し、キンッというような、シールドに対するヒット音。そしてこちらの方にも破砕片が飛んで、周囲の木の表面が破裂したかのように、突き刺さった。

 今のでどれだけのダメージを与えたか分からないが、かなりの牽制になっただろう。続けて、あの投げた方向へ威嚇射撃でもするべきだろうか、それともここから素早く逃げて、この森を出るべきなのだろうか。

 じっと考えながら、同時に耳を澄ませてこの森の中で相手の存在を感じようと集中する。風に揺らされる樹木の葉、時折遠くで聞こえる、こことは別の戦場の銃声。しかしそれらの中に明らかに自分たちに近いところで、なにか分からないジジジという音が近づいてくる。

「なに……この音?」

 と同時に、先ほど相手のいたあたりから、ザザザザと木々を分けて何かが遠ざかる音がした。

 私はとっさに木の陰からその方向を覗いたが、葉が折れたり揺れている相手の動いた形跡は解るものの、そのプレイヤー姿そのものは見えなかった。そちらに向いている意識のよそには、またジジジというおかしな音が近づいており、さらにパチパチと細かい何かが爆ぜるような音もその中に混じっている。

 いったい何が起こっているのだろうか。私がその音のする方向を見ると、森の奥で何かが激しく白く光り、そしてものすごい勢いで白煙を吹きながら、その奥の木々が焦げていく。

「なに……あれ? レーザー!?」

 ジワジワと、そして怖ろしいほどの範囲が、それによって灼けていた。

 まるでインターネットの動画で見る精密加工のレーザー処理のように、黒く焼かれてゆく森の縁が、もうもうと煙を出しながら激しく光を発していた。衛星兵器か、宇宙船からの航空支援か、とにかく恐ろしい出力のレーザーで、この森が皆焼き払われて行こうとしているのだと思った。

 私は振り向いて、間髪を入れず全力で逃げた。一応ハンドサインでドローンを操作し、逃げる私とその奇妙な現象をカメラに収めるように調整する。

「何なんでしょう、アレ!? 恐ろしい速さで森を焼いていきますが」

 もはや先ほどのプレイヤーなど、気にしてはいられない。おそらく彼自身がこれを招いたものではないし、今となってはだいぶ先を逃げているはずである。

 あの判断の遅れが、もしかしたら決定的なものかもしれなかった。すでに森の焼けた蒸気がムッと身体を包み始めていて、もうすぐそこまであの何かが近づいている。

 こうなってはせめてこの森から出たほうが、障害が少なくていいだろう。アレがどこまでも追いかけてくるようなものであれ、平地の方が逃げやすいことは確かだった。

 しかし、私が素早く地図を確認してその境界へと近づいていくと。

 ――ターンッ!

 またどこかから銃声が聞こえた。

 思わずその場に身をかがめ、辺りを窺う。焦る気持ちは大きかったが、それよりも今は、何が起こっているのかを知らなければ、結局は負けてしまうのだ。木の陰から銃声のしたほう、そして着弾の跡を探していると、もう一発。どうやら、私を狙っているわけではないらしい。

 この森を出た先、その向こうの黄色い土の見える荒野に同じく黄色い土煙が上がっていて、そして全身鮮やかな紫の服を着た人物が、その近くを走っている。

 先ほどの二発で、射撃の感覚はつかめているらしい。土煙はかなりあの人物の近くで上がっており、そうこうしているうちに三発目が撃たれると、青白いエフェクト共にあの紫の人のシールドが破壊され、そして遠くから遅れてターンッと、大きな銃声が響いてきた。

 先ほど私と交戦していた人物が、あの紫の人だろう。彼はこの星の環境に備えて迷彩装備を用意しており、いち早くあの森で待ち構えていた。しかし……そう。しかし、そういう手を打ってくる人物がいることを考えて、あのスナイパーは森に火を放ったのだ。

 このバトルロイヤルの選手は誰であれ、あのような森を灼けるレーザーのような大規模兵器は使えないはず。つまりスナイパーがあの現象を利用しているという以上、それは簡易に起こしうるなにか自然現象の利用だろう。

 そしてそうでなければ、こんなにも短時間で森から出た人物を発見して、狙撃を仕掛けられる説明がつかない。

 おそらくこの星では、大気の高い酸素濃度の影響で、あのように森が焼けるのだ。地球のように炎を上げてということにはならず、しかも瑞々しい植物でさえ理科の実験でのスチールウールのように、空気中の酸素とすぐ結合し非常に早く燃焼してしまうのだ。

 あの紫の迷彩の人は、まんまとその罠にはめられて、今や格好の的となっている。彼自身非常に用意周到な人物だが、それ以上にあのスナイパーは狡猾だろう。

 私は意を決すると、今度はさっきとは逆の方向へ。つまりモウモウと水蒸気を発する森へ飛び込み、その激しく燃焼する火の向こう側へと、思い切って飛び込んだ。

 どこか遠くから、またターンッとあの銃声が響いていた。


五話へ。

マガジン。

#創作大賞2023

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