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「Twilight Space online ―シンデレラ・ソルジャー―」第十五話

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 一タラントを渡された者も進み出て言った、『ご主人様、わたしはあなたが、まかない所から刈り、散らさない所から集める酷な人であることを承知していました。 そこで恐ろしさのあまり、行って、あなたのタラントを地の中に隠しておきました。ごらんください。ここにあなたのお金がございます』。 すると、主人は彼に答えて言った、『悪い怠惰な僕よ、あなたはわたしが、まかない所から刈り、散らさない所から集めることを知っているのか。それなら、わたしの金を銀行に預けておくべきであった。そうしたら、わたしは帰ってきて、利子と一緒にわたしの金を返してもらえたであろうに。さあ、そのタラントをこの者から取りあげて、十タラントを持っている者にやりなさい。

「マタイによる福音書(口語訳)」第25章 24-28節

 投下カプセルを開いて思うのは、この惑星が何だか硬い感じがするという事だった。

 このゲームの根幹となる物理やゲームシステムを規定する、いわゆるゲームエンジンは、アラヤシキ・エンジンと呼ばれている。古い仏教の用語から来ているらしいが、私には分からない。

 ただこのエンジンでは漸進的に細かな物理演算を行うことで、複雑な流体やパーティクルの表現に長けているらしい。

 もともとゲームの中に作られているオブジェクトが、時間変化やプレイヤーの介入によって変化していく。そうした環境の変化によって、また何らかのフラグメントオブジェクトや投射物のようなオブジェクトが発生する。それらのオブジェクトもまた何か環境に影響を及ぼし、消滅してもその影響からまた何かしらのオブジェクトや効果が生れることもある。

 このような複雑な処理を一つ一つ軽量な疑似アルゴリズムによって再現し、恒に世界を暴流のように流転させる。流体表現や様々なノイズのある情報を作り出し、人の脳へリアルだと思えるような情報を作り出している。

 ただし私たちが私たちがそれを十分にリアルなものだと思えるには、それだけでは足りないともいわれている。

 やはりどれほど複雑にその場の状況を描き出しても、人はそのなかにパターンがあることをすぐに認識してしまう。どれほどの大量のデータ、計算パターンを用意しても、人の脳はさらに大きなパターンそのものを探り出す。

 一見して無秩序な、膨大な組み合わせ爆発の中から法則性を探るのが、知能というものの役割である。そしてその人の知性の性質を逆利用して、その法則性の発見に熱中させることこそが、ゲームという娯楽の本質だからだ。

 地上ではいかにも起伏に富んで複雑な地形が、上空からはテクスチャが賽の目に並んだ、安っぽいグラフィックに。様々なシルエットパターンの並んだ森の木々が、実はよくみると数種類の多少複雑な木のモデルが、回転させてならべてある。初見ではいかにも意志を持ち、こちらの動きを読んで攻撃をしているとおもわれた敵キャラクターの行動が、一定のカウントダウンタイマーとこちらとの距離に応じた条件分岐、そしていくつかのプレイヤーの行動に対する反射的な行動の組み合わせだった。

 私たちはこうしたある種のパターンを発見し、自分が今までプレイしていた世界の中にある構造がある事を発見すると、それらの情報をつまらないもの、既知の情報と見なして意識の外に置くようになる。

 しかし、またある別のアプローチでそうした構造に出会った場合では、むしろその発見に好意的になる場合もある。

 敵の攻撃パターンの把握は攻略の基本で、自らもその対処のパターンを確立してクリアを目指す。風景やオブジェクト配置のパターンを覚え、地形を覚えなければマップを踏破することは出来ない。マップテクスチャと敵やエフェクトのパターンをおぼえ、複雑に重ね合わさった画像の中からそれらを的確に識別しなければ、アクションゲームなどの立ち回りは不可能だろう。

 これらのことを自ら意識して発見し、それらを学習した場合では、人はそれに満足感を覚え、ときにそのゲームの世界に愛着を持つ。「あの子はいつだって」「お前はいつも」、「アンタはそんなだから」「あの子はいだって、あんなにも……」。人間は自分たちの認識した情報を恣意的に識別し、それに善悪や好悪、上等や下等といったラベル付けをすることで、主観的な世界を作り上げる。

 実のところ眼、耳、鼻、舌といった感覚器官から、身体や意識と言った自分自身でさえ、その主観的な世界においては、そうした感情的なラベル付けによって出来上がっている。

 私たちは内から湧き上がる記憶の世界、夢の中で出会ったものを、まるでその場で初めて見たかのように、生々しい現実として感じている。大脳から発生したその神経信号が、同時に脳内側の視床や偏桃体興奮と合わさると、まるで視神経や聴覚神経、嗅覚や感情の刺激として体験する。これは映像である、音である、匂いである、私は怒っている、という情報も、また脳によってラベル付けされた情報なのだ。

 本来、人間の脳にただ一方的に情報を流す幻覚装置であるVR機器は、こうした人間の現実感覚を司る情動や意識のアーキテクチャの制御なしには、仮想現実の体感装置としては機能しない。

 この第三回大会の行われているβー136という惑星は、大気が厚く重力も重い。空気からはじっとりした暑さを感じ、身体は重い。踏み出すごとに踵や膝に痛みを感じ、心臓は血を絞り出すようで、呼吸もどこかから回った感じがした。

 こうして荒野に立つだけで、既に周囲で戦闘が始まっていて、銃声がいくつも響いている。

 この星での音速はかなり速く、建物の廃墟や山に響く木霊はほとんど間を置かず、あちこちから帰ってくる。これだけ広い荒野の中心で、まるで狭い人口の環境に閉じ込められたみたいに奥行きを感じない。

 私は耳の裏に手を当てると、その頭の奥に頭痛のように響く銃声の中から、ひとつひとつ音を拾って吟味する。

 ターン、ターンと鳴る、大口径ライフル。タタタ、タタタ、と連続するバースト射撃。しばらくそのリズムに集中すると、その音の中には熱を感じ、撃つ人の呼吸を感じる。

 つまり、私の探しているものとは違っていた。

 つぎは、南西の方角。ここから何キロか離れた市街地。いくつも連続した銃声が聞こえ、かなりの激戦区だいうことは分かる。

 その銃声の集団の中に、また一つの新しい銃声が加わった。

 ダダッ。カチッカチッ。ダダダダッ。ターン、ターン…………ダダッ。バボボボボボッ……。

 はじめに何度かの応報があった後、突然戦場全体が発火したように一斉にその場の銃声が熱を帯びた。しかし、痛いほどのその銃撃がおわると、その場の銃声はまた一斉に熱を失う。

 銃声は鳴っている。応報も、ある程度のリズムもある。
 ただし、その中に撃ち手の感情はまるでなく、安易なパターンが繰り返される。怒りも、興奮も、痛みも、重みというものも感じない。この暴流のような情報の渦の中で、でもそれ以上の有機的なシグナルというものがのっておらず、死んだ、偽りの戦場がそこにあった。

 私はその方向へとスコープを向けると、ゆっくりと警戒しながらその廃墟へと向かっていった。


 ***


 6×47mm曳光弾。このゲームではかなり一般的なライフル弾の、視覚効果付きの特殊弾薬。命中率や射程に少し劣るものの、発射から数百メートルほどの間、弾道に沿って光を発する。

 何らかの合図や弾道の修正目安、あるいは弾倉の最後の1~2発に装填しておき、弾を撃ち尽くした時へのマーカーとして。特殊弾とは言ってもべつだん高価なほうではなく、このための安価なライトマシンガンとともに、さほどの出費にはならなかった。

 貯金を下ろして揃えたのは、高精度フレシェット拳銃とそのアクセサリー一式。脳波入力式の特殊シールド装置を備えた全身アーマー。そしてそうした装備を生かすために今回のクローン・アバターにインプラントしたいくつかの高度サイバネティクスMOD。

 サイバネティクスMODによるアバターのステータス強化は、このPCのクローンが死ねばロストするが、今回、上手く戦うためには必須だろう。このクローン改造やそれに合わせたハイテク装備は、文字通りに桁違いの出費だったが、もう兄の貯金を惜しんでいても仕方ないと思う。

 VRを買うときにには結局はいくらか残しておいたが、もともとくだらないようなことに、パーっと使ってしまうつもりだった。

 私はそのライトマシンガンを手に取ると、あの偽りの戦場の中へ入っていく。あいさつ代わりに向こうからこちらへ弾が撃たれ、その軌跡には激しく光る燃焼物の跡がのこる。そして私が彼に撃ち返す弾も彼へは命中せず、同じく光のあとを曳く。

 それから彼はその撃ち合いは一旦やめ、私も彼にはそれ以上撃たない。しばらくすると他の人がレーザーで私の近くを撃って生きて、私も先ほどと同じように、彼に当てるつもりのない反撃を行う。

 重力の強く音速も早いこの星では、この廃墟での比較的近距離での撃ち合いでも、弾は緩い放物線を描いて、その銃声はタタタタと壁を短いスパンで反響し返ってくる。

 かなりこの星での感覚に慣れていなければ、この市街では相手の方向を銃声で把握することは難しい。

 私はしばらくそうしたプロトコル的な撃ち合いを続け、まずはもう一人この場に犠牲者が現れるのを待つことにした。外からは互いが牽制しにらみ合っていこのる状況は、後ろを取っての奇襲、そして漁夫が簡単に狙えそうにみえるだろう。

 その犠牲者は、しばらくの間待っていると、思いのほか早くやって来た。スタンダードな近距離戦型で、高レベルボディアーマーとSMGで武装している。

 まず初めに、この中のレーザー射手が近づいてくる彼に牽制する。彼はそのレーザーが当たらなかったことを幸運だと思ったのか、一旦近くの遮蔽に隠れ、身をひそめた。そしてしばらく廃墟の中で動き回り、あのレーザー射手を撒くつもりのようだった。

 そこで私が、他のこの場のプレイヤーにあえて先ほどの挨拶をして見せる。当然彼も曳光弾を打ち返し、近くにいる彼には私たちが戦闘を始めたと考えただろう。

 そしてしばらく待っていると、突然、それまで一度も撃たず街の高いビルに潜伏していた一人が立ち上がり、先ほど私と挨拶を交わした彼の背後に向かって射撃した。

 すると一斉にその着弾点に向かって他の人たちも射撃を開始し……おそらく先ほどの犠牲者は、それでやられてしまったのだろう。

 私はその銃撃には参加せず、逆に射撃に参加したプレイヤーの位置を確認すると、その銃撃にまぎれ一旦彼らから身を隠した。

 またしばらくすると、彼らはまたお互いに向かって撃ち合って、またあたらしいターゲットにアピールする。ここでは戦闘が行われており、しかしその状況は硬直し、皆この場の敵に集中している。したがって、いかにもここは漁夫でのキルが狙いやすく、ポイントを稼ぐには絶好である。

 私はその中の一人にゆっくりと近づき、左手にマシンガンを抱えると、右手で腿の拳銃を抜く。そして彼がまた他の誰かに挨拶を返している最中に、さらに距離を詰めていく。

 ――次。
 次に彼が射撃を還すタイミングで、私はその拳銃を持って背後から近づき、彼を撃つ。

 今回選んだのは、銃種としては拳銃だがグリップではなく引き金の前に弾倉のある、5mm径のフレシェットガン。

 もともとの重心が遠く、しかもサプレッサーをつけているためバランスは悪い。しかし持ち手が握りこみやすく、フレームと重心が一体となっているため、単発での精度は悪くない。サイバネティックでステータスを底上げしたこのアバターでなら、リコイルも短時間なら力技で抑えられる。

 弾丸には電磁効果を付与された特殊針状フレシェット弾を選んでおり、対シールド効果と至近距離での高いアーマー貫通力を両立させた。そのぶん弾薬費はかさんだが、今回のメインウェポンはむしろこちらだと言えるだろう。

 ――パパパパッ。

 ターゲットの近くにまた、曳光弾の赤い弾道が刻まれて、赤褐色のこの星の土が舞う。

 するとそのターゲットも銃を構え、しかし、その発射地点とは少しずれた場所へと同じように曳光弾の弾幕を放つ。私は彼の背後から、そしてその発射地点とは彼の隠れる遮蔽と重なるように隠れて近づき、至近距離へと歩を進める。

「――誰だっ!?」

 途中、ターゲットは私に気づき、声を上げた。

 本来ならばすぐさま銃で撃ち返さねばならない状況だったが、奇妙な間ののち、私は歩みを緩めながらも距離を詰め、左手に持ったライトマシンガンをわざと相手の足元に向けて撃って見せる。

 ダダダッ。

 そして同時に右手に握った拳銃で、素早く相手の胴体を狙い、シールドのエフェクトが消えるまで連射する。

 パチ、パチ、パチ、パチッ。

 わずかにプシュと燃焼ガスの音を伴い、しかしほとんどが銃のパーツを鋭く弾くような金属音。銃口の噴出ガスを制御するサプレッサーが、発砲音の殆どを逃がし、おおよそ銃声とは気づかないような音へと変える。

 目の前のターゲットは自らのシールドが全て消失する間、私へそのアサルトライフルを向けるべきなのか、外すべきか、未だ混乱したまま、銃口をフラフラさせている。

 そして私はそんな彼の額へと拳銃を向け、改めて一度グリップを強く握る。

 ――ドチュッ、ドチュッ。

 手の中で何かが弾けるような感覚。金属の固い振動。弱点ヒット時独特の生々しい効果音が耳の奥に響き、彼の顔に重なった赤い大きなヒットマーカー。

 彼はそのまま後ろの壁に背を持たれて倒れ、両足を投げ出しライフルを落とす。肩を落としてうな垂れて、両手を力なくだらんと地に落とした。

 彼のその姿を見ていると、先ほどまでしっかり銃を握っていたはずの拳がなぜか輪郭がぼやけたように曖昧になり、手足や額が冷たくなる。心臓にドロドロとした血液が流れ込み、張り裂けそうなほどに重くなった。

 視界は軸がブレたように回りはじめ、立っていられないくらい頭の中が揺れているのに、なぜか私はその場に直立したままで、倒れこむということが出来なかった。

≪――急激なストレス反応を検知しました。ただちにプレイを中断し、水分や睡眠をとるなど休憩をとることをお勧めします――≫

 急に視界全体が白くぼやけ、その真ん中に大きく白い字で注意書きが浮かぶ。

 メッセージは私の視界にピタリと張り付いたように浮かびつづけ、顔をそむけても手で振り払っても、その奥のぼやけた視界の中の出来事でしかない。

 どうやらこのままゲームを続けるには、下の小さなダイアログに注視して、「いいえ」のボタンに視線操作のカーソルで数秒間しっかりとホールドし続けなけらばいけないらしい。

 しかし私は落ち着いているはずなのに、なぜか視界のピントが上手く合わず、カーソルが上手くそのボタン内に合わせ続けることが出来ない。VR機器かゲームプログラムの不具合なのか、文字のレイアウトさえグニャグニャに変化しつづけ、そもそも視界中央に固定されるはずのダイアログがあちこちにブレてしまって、映像出力がバグっていた。

 ――タタタタタ……。

 少しぼんやりとノイズかかった音声で、この場の誰かが射撃を行っている。しかも視界の端に少しだけ赤いフラッシュが入っており、誰かがあの曳光弾をこちらに向かって撃っている。

 まず、落ち着かなければ。この場を何とかしなければ。
 ここで落とされてしまったら、ここで戦えなかったら、私はこの宇宙でも居場所を失ってしまうのに。

 「修也が可哀そうだった……修くんが可哀そうだったでしょ!?」「大丈夫ですか? なにか、あったんですか!?」「ううん、頑張れなくてもいいよ?」「あんたはほんと、冷たいのよ。普通の人間じゃないから」「自分が間違っていると感じた時素直に頭を下げられるということは、何よりも大切な人としての資質のひとつではないでしょうか」「てめぇが修也の代わりに死ねばよかっただろうがっ!! 死ね、ブス! テメェが死んでみろ! 死ねっ! ブスが、てめぇが死ねぇーっ!!」

 これもVR機器の異常だろう。私の記憶の中のはずのいつか誰かの話した声が、耳元に蘇って聞こえてくる。背筋がゾワリとし、また心臓が鷲掴みにされたように、収縮する。

 だからこれは違う。違うのだ。これは、現実ではない。
 全て私の脳やそれに干渉する機械の見せるただの夢で、私は今も私の部屋で、安全なベッドに横になっている。ここは現実の戦場でもないし、あの日はもう遠い過去のことだ。

 ゆっくりとその場にしゃがみ込み、地面に手を付け細く、長く息を吐く。鼓動や呼吸のこの感覚は現実のもので、私自身で確実にコントロールできるもののはずだ。

 もう一度ダイアログへ集中し、注意メッセージをスキップする。そして目の前の廃墟へと駆け寄ると、先ほどの誰かが射撃していた方向へ、こちらもすぐさまマシンガンでの射撃を返す。しばらくすると他の方向からも射撃が行われ、同じように返すとまたしばらく止む。

 隣で彼のラグドール化した亡骸が、静にドサリと横に倒れた。


十六話へ。

マガジン。

#創作大賞2023

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