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「Twilight Space online ―シンデレラ・ソルジャー―」第十六話

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 彼ら自身にも談合していたという、後ろ暗さというものがあるのだろうか。あるいは言われているように、このT.S.Oでの現実感覚というものが、人を圧倒させて思うような判断を行わせないのか。

 私が彼らの符丁を真似すると、明らかに危険な至近距離であっても、こちらへの反撃を躊躇する。彼らはある意味でこのバトルロイヤルのルールを侵しているというのに、逆にその内部へのルールには忠実である。

 あれから二人、三人、四人、五人。
 彼らの位置を確認し、他の相手からの死角から近づき、撃っていった。

 彼らの戦い方を観察し、パターンを掴み、逆手に取る。まるでNPCを相手にそういうパズルゲームでも遊ぶように、簡単に倒すことが出来てしまった。

 途中、反撃を行えるだけの相手がいても、彼らも非常に単純にただ銃を向けすぐさま引き金を引くだけだった。用意した特殊アーマーの効果によって、ほぼ防ぐことができてしまう。

 このアーマーは脳波によるスイッチで任意の2秒間だけ、強力な斥力フィールドを発生できる。クールタイムは14秒でほぼ会敵一回に一度だが、今回のような1体1の状況では、強力すぎる効果かもしれない。

 やがてこの場のプレイヤーの三分の二ほどを片付けると、異常を察して他のプレイヤーたちは逃げていく。そしてその廃墟から人がいなくなると、突然足元にスモーク・グレネードが投げ込まれ、辺りが白煙に包まれた。

「……どこっ!?」

 その場に少し腰を落とし、周囲の気配に集中する。相手は真正面からは来ないだろう。あのスモークが投げられた方向も明らかに正面ではなかったが、たしか背後からでもなかった。

「右っ?」

 根拠はない、しかしその方向からなにか熱のようなものを感じたのだ。

 そちらにしばらく集中すると、奥から何か黒い塊が現れる。始めはそのシルエットが変わらないために動きを感じなかったが、その周囲の白煙の動きを見るに、相手はものすごい速さでこちらに突進してきている。

 ガガガガガッ!

 慌ててマシンガンを発砲し、相手のシールドを削りきった。だが相手は私の攻撃にはまるでひるまず、そのままわたしの身体を勢い任せに掴むと、ものすごい勢いでその場に投げた。

 柔道か、合気道か。とにかく鮮やかな手際で彼は私を制圧し、構えていたライトマシンガンを勢いまかせに投げ飛ばす。何とか抵抗しその場にうつ伏せにさせられることは避けたが、顔面に相手の銃口を突き付けられ、完全に組み敷かれた形だった。

「あなたたちは……何のために、こんなことを?」

 辺りの白煙が晴れ、相手の顔を見る。しかしその色にはなぜか殺意は感じられない。マスクの上から見えるその目は、わずかに目じりを細めている。

「……逆に聞くが、こんなこととは?」

 その目も、声も。やはりあの時一緒に面接を受けた、ユベール・マレーという人物だ。向こうがそれに気づいているかはわからないが、何故だか私と会話するつもりはあるらしい。

「貴方たちは、お互いに符丁だけを決めて、ここで談合プレイをしていましたよね? 曳光弾やレーザーのような軌道の見える弾を使ってお互いの合意や位置を確かめ合い、偽りの戦場を作っていた。同じ仲間同士では戦い合わず、そこに来た明らかにその符丁をわかっていないプレイヤーだけを、皆で狩っていた……」

 誰と誰かという人物による判別ではなく、単に曳光弾やレーザーで返してくるかというシンプルなルール。これならばメンバーを向こうが決める今回のリーグでも談合は人数が集まれば談合は可能。しかも、その合図はそれを知らない他者からは単なる撃ち合いのように見えるので、積極的なプレイヤーはむしろ漁夫を狙おうと、その偽りの戦場へ近づいてしまう。

 そして、前回の私はレーザー照準を使っていたため、彼らからは一見仲間のように見えたのだ。あの時、一時的には私の応報と彼らの符丁がかみ合って見えてしまっていたため、私は彼らにとって裏切り者のように見えていた。

「でも、こんなことをしても、オーディションでは何の意味もないんじゃないですか? 結局、このやり方では止めを刺すのは早い者勝ちで、一人の人間が多くポイントはとれません。しかも最終的にはその場の談合者同士での戦いは残るのだから、順位がさほど有利になるわけじゃありません」

「アイツらのオーディションのことなら、初めから狙ってはいないさ」

「じゃあ……何のために?」

「金のため、と言えば君は納得するかね?」

 お金のため……?
 その意味するところは一瞬理解に戸惑ったが、彼はじっと見つめ返すだけで、決して嘘という訳ではなさそうだった。

「君のこの銃だって、結構な値が張るだろう? それに今の装備だって、揃えるのにはかなりの金額を費やしたはずだ……」

「それは……」

 彼がストラップで肩から下げ、脇に抱えていたのはあのミズキからもらったSMGだった。確かに調べたところでは、あの銃だけでも数万くらいはするものだし、今の装備だってそれ以上に費やした。

≪――バトル・フィールドの縮小を開始します。参加者の皆さまは、地図で地点をご確認ください≫

「ある程度参加者を狩って、装備を剥いだらべつに順位やスコアを狙う必要はない。適当に場外へ出て、やられるだけさ」

「えっ……?」

「このバトルロイヤルでは、必ずしも死ねば装備を失う訳じゃない。相手プレイヤーにその装備を漁られ、持ち去られた場合にだけその相手のものとして扱われる」

 それは、確かにその通りだ。現に私の以前の参加時の装備の多くは、そのまま鷹の旅団さんから、私のアカウントに送られてきた。彼は主催者としてちゃんと管理し、その装備の所有権を尊重している。

「だからわざと場外へ出てやられ、他のプレイヤーからストレージの中身を奪われなければ、奪った装備は手に入る。それらの装備を何処かで売れば、ちょっとした小遣い稼ぎににはなるだろうな」

 しかしどうであれ、ギルド側にはこんな不正簡単にわかってしまうのではないだろうか。

「なあ、”ブラック・マネー”というものを知ってるか?」

「なんですか? ブラック……?」

「べつに不正資金とか、汚れた金とかの隠語じゃない。本当に黒塗りにした、黒いドル紙幣……それが大量に出回ってるって、大昔の話さ」

 なんだろう。本当に聞いたことがない。
 何故お札を黒く塗ってしまって、それになにか、意味があるのだろうか?

「むかし、むかし。資源安定性のためアフリカ諸国へ影響力を伸ばそう押していたアメリカ軍とCIAは、その足掛かりとなる資金をどのように現地に持ち込むかで苦労していた」

 資金の調達ではなく、どう持ち込むか。

「当時不安定だったアフリカではアメリカ・ドルはべらぼうな価値を持つが、そのためにやたらと横に流れる。現地の人間が持っていないから、金の価値があり石油やレア・アースのような資源を安く買い叩けるのに、そのための金がはじめから流れてたんじゃ意味がない……そこで彼らが考えたのが、通常のドル紙幣を普通には使えないよう真っ黒に塗り、アメリカ軍だけが持つ特殊な薬品で使うときだけ元に戻すという作戦だった」

「それで、ブラックマネー。ほんとうに、そんなものが……?」

「ハハハッ……ある訳ねーだろ? そんなこと」

「……ふざけてるんですか?」

「いや違う。そういう詐欺だ。そんな黒塗りの金は実在しないが、そういうトリックと詐欺事件、そして儲けた人間はこの世の中にごまんといる」

 存在しないお金の話で、儲けた人たち。
 それはとても不思議なことだが、しかし世の中、そういう事もあるのかもしれない。あるいはこの男の言う事を、簡単に信じるのも危ういが。

「『実はアフリカで、CIAの裏資金を手に入れたんだ。どうにか戻すにはある薬品が必要で、いくらか元手が必要なんだが……』

『信じられない!? なんだ、こっちはあんたのことを信用して話したのに! どうしてもというのなら、この黒い金をあんたに預ける。それで信用してくれるだろう……?』

『実は薬を流せるって協力者に、追加の資金が必要だって言われてな……例の薬品さえ手に入れば、あのドル紙幣が戻せるんだ。これくらい、安いものだろう?』

『ああ、最悪だ!! 俺たちのことがFBIのやつらに嗅ぎつけられた! 奴らに捕まれば、俺たちはおしまいだ……例の黒い金は表に出すな? 絶対に隠し通して、俺たちのことも誰にも言うなよ!?』

……なんて、バカバカしい話だろう? だが騙される奴は世界中に存在して、だいぶ古い手口だが……何年かすると、同じような話でまた騙される奴らが出てくる」

 こうして聞くとそれはいかにも与太話という感じだが、実際にはそれなりにそうした話にリアリティというものがあるのだろう。詐欺にあってしまう人というのは、なにかその時に特殊なある種の幻想の中にいて、その嘘を信じこんでしまう、と言われている。

「まあ、要するに。この機械と同じだよ……」

 彼は左手の人差し指で、ゆっくり自分のこめかみを指してトントンと叩いて見せる。そのマスクの奥ではわずかに目を細めているが、目線はピタリとこちらへ張り付いたまま、銃口にもブレはない。

「つまり、VR機器と……ですか?」

「そうだ。古代ユダヤではシナイ山にモーセが十戒を手に入れに行っている間、人々は金品を集めて黄金の子牛を鋳造し崇めていた。中世のテンプル騎士団は、彼らの集めた黄金によってバフォメットと呼ばれる黄金の頭部像へ礼拝をおこなっていたと言われている。富には人の現実感を失わせる効果がある。金というものには、一種の幻覚作用があるんだよ……」

 そんな馬鹿な、と思うものの、彼の言葉を否定できない。実際に世の中の多くの人は金銭というものを引き合いに出され、様々な正気とは思えない行動を行ってきた。それは確かに、この仮想現実を見せるVR機器と同じ作用を持っていて。現にそうしたお金の話で私を困惑させ、このおかしな話を大真面目にしている彼にたいして、私はなんの反論も出来ていない。

「見ただろう? あのハングドマンや、その取り巻きのボケ爺ども。奴らはこのゲームで、まるで王様気取り。わからないか? こんな大会、奴らに利用されているだけだって」

「王様……?」

「違うか? アイツらはあんなふうに言いたいこと言って、ゲームばっかりやってる社会不適合者のクセに、まるで人を選ぶお偉さんみたいに面接なんか始めやがって……アイツらが他のギルドと談合して、あのグレートウォールなんか作りやがったから、俺たちは自由に戦争なんかできないんだ」

 グレートウォール。この銀河のインナースペースとアウタースペースを繋ぐ、航路上の中立地帯。

 その昔、鷹の旅団のような古株のギルドはRMUの供給を安定化と価格維持のため、航路上へワープ・リレイとそれを守る中立兵器群をつくりだした。それら兵器によって、誰であれ航路近くでの戦闘行為は攻撃され、レア・マテリアルがインナースペース付近で奪われるというリスクが軽減されたらしいのだが……。

「奴らは自分たちがやっていた略奪を後発のプレイヤーには禁じておいて、むしろ秩序を守っているのだと税金を取っている。それでT.S.Oの新規プレイヤーが離脱を始めると、こんどはあんなオーディションを開いて自分たちの宣伝を始め出した。あくまでお前たちにも儲けさせてやるという、態度を装って自分たちの王国を守りたいのさ。しかも、その裏じゃ……小規模な炎上、小ギルド同士の小競り合い。身勝手な税率の操作なんかをしょっちゅうやってはRMUの価格を操作している。金儲けは続けたいのさ……」

「だから、自分たちは談合をして、他のプレイヤーの邪魔をしていいんですか……?」

「俺たちが、なにかお前らの邪魔しちまってたか? それは何というか……ご愁傷様だな」

 彼は何ら悪びれることなく、おどけて肩をすくめてみせる。

「このバトルロイヤルのルールーに、プレイヤーを必ず撃たなければいけませんなんてルールはあったか? あらかじめ決めた挨拶をしたらいけませんとか、他に何か……プレイヤーの行動を禁じるようなものは?」

「それは……」

 どうだっただろうか。しかし確かに、ルール上は談合行為を推奨はしてはいなかった。そのためにキルでのポイントを高くして、それぞれのプレイヤーが競争を行うように考えていた。

「奴らはこの地域の中に無差別ドローンを放って、領域から出たプレイヤーを攻撃させている。だが、その領域から出たらいけませんだなんてルールはない。奴らはこの領域の中で俺たちに互いに戦わせているが、こうして戦いを止めて話していたらいけませんだなんてルールはない。ここでは互いが裏切り会った方がポイントを取れるように調整されているが、協力したらいけないだなんてルールはないんだよ」

「そんなの、詭弁じゃ……」

「いいや。こんなことは、奴らの方もわかってる。だから俺たちが談合していようが、ちゃんと最後にとった装備は送ってくるし、それが後日NFTオークションに流れてたって文句は言わない。奴らは今のT.S.Oでのギルド同盟体制で俺たちに税を強いているという、借りがあるから……俺たちの自由は、保障しなくちゃならないのさ……」

「そんな……」

 バカげた話だ、とおもう。だけど彼の言うことが本当なら、彼が彼自身の言う事を信じているというのなら、それを否定する材料はない。私と同じようにこうしてT.S.Oをプレイしていて、そんなふうにルールを解釈している他の誰かの、考えを否定することは出来ないのかもしれない。

「じゃあ……」

「なんだ? まだ他に、聞きたいことがあるのか?」

「じゃあどうして貴方は、私にそんなことを教えるんですか?」

 これは実質的に、談合行為の自白だろう。
 自分たちが他のプレイヤーを罠にかけて、装備を奪い取っていたことを彼は暗に認めている。

「クッ……ハハハハッ…………」

 彼は、今までよりも一際目を細くして、肩を震わせた。相変わらず目線や銃口はピタリとこちらに向いていたが、その爬虫類のように閉じた瞳は、一瞬だがピクリと開いて大きくなった。

「そうだな……そう。その、捕食者の眼だよ」

「は……?」

「以前は、失礼な態度を取って悪かったな。それに……アイツは仲間という訳ではないが、裏切り者呼ばわりもよくなかった。あれも、こちらの落ち度だったよ……」

「は、はあ……」

「確かに君の言う通り、”後ろめたさ”というものに人は弱いらしい……特に、対等と思える相手には、礼を失いたくないものだ」

 それは、私のなにかを彼が認めたという事だろうか。かといってユベールさんには自分のことを悪びれているという感じもなく、ただやはり、銃口と目線をずらさない。

「”頂点捕食者たち”俺たちはそう名乗って……まあ、前にも言ったが、古いFPSなんかのサーバを自分たちで開設して、普段はこういうバトロワなんかを遊んでる……だが時折こうしてVRなんかで頼まれて、傭兵みたいなことをしてるのさ」

「頂点捕食者……」

 彼のサークル? ギルド? 何かそういう、集まりへの誘いだろうか。

「名刺を用意できればキマったんだがな……カッコイイ、マークの付いたやつを。だが今回は、口頭の挨拶だけで済まさせてもらう……じゃあな、若き暗殺者。忍び寄る毒蛇ヴァイパーよ……」

 その台詞とともに彼の瞳がゆっくりと広がり、獲物を襲う猫のように……いや、コレは違う。フェイントだ。

 ――ダダッ!

 私の額へ向けられていた銃口がわずかに下がり、短く二発だけ胸へ発射される。

 ライフルとしては中口径。大型のバトルライフルからの弾丸が胸を貫き、強い振動と、半分ほどのHPが一気に減る。

「……ハッ」

 わずかに息を吐くと、彼の瞳が大きく開かれ、腕に力が入ったのか銃口がわずかに揺れた。

 私は細く息を吐きながら、アーマーの斥力フィールドの制御に設定した、ある脳波状態まで集中する。キーンという高いわずかな効果音が入り、短時間だけ銃弾や周囲のものをエネルギーフィールドが押しのける。

 ダダダダダダダダダッ……。

「――クソっ!」

 相手は押しのけられながら、それでも一気に勝負をつけようと銃を制御し、撃ち続ける。弾丸は斥力によって軌道をズレて何度も私の身体を擦るが、威力も減衰しほとんどのダメージを防ぐことが出来た。

 ――ダダダダダダダ!

 相手はすべての弾を撃ち尽くし、銃にボルトストップがかかる。私からは二、三歩の距離まで後退し、肩を上下させ立ち尽くしていた。

「……はぁ、はぁ」

 結局、初弾と途中の一発が胸と肩に命中し、私のHPもギリギリである。視界の端には赤い脈動を思わせるエフェクトが入り、心なしか風景の彩度も下がっている。

 しかし、動作行動には制限がなく、私は驚くほどに自由に動けた。

 上体を起こして右腿のホルスターから拳銃を抜き、放心したかのようなユベールさんへと、構えた。既に会敵時のマシンガンでシールドを削りきっており、今の彼は無防備だった。

「クソっ……様にならねぇな……」

 私は彼の額を狙い、引き金に手をかけ正確に二発、打ち込んだ。


最終話へ。

マガジン。

#創作大賞2023

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