いつになったら”大丈夫”になるんだろう。
忌引休暇を明けて出勤したら、友達が掛けてくれた、何気ない一言。
「もう、大丈夫?」
なんて、真摯に答えるのが難しい質問だろうと思った。
私も答えが知りたくて途方に暮れるくらい、わからないのだから。
大切な家族が1人いなくなってまだ1週間で、全然大丈夫じゃない。
でも、感じ方は人それぞれ。
その友人はいつも元気いっぱいで明るい。だから、もし同じ立場だったら、もしかしたら彼女は、もう“大丈夫”になるのかもしれない。
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“大丈夫”って難しい言葉だ。
私もつらい経験を通じて初めて、大丈夫でなさそうな人には掛けない方が良い言葉だと知った。例えば、「何か困ってることある?」「どこか痛い?」の方が、相手は負担なく正直に答えてくれるから。
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一体いつ、大丈夫になるんだろうか。
私は先に父を亡くしている。
その時も、わからなくて途方に暮れた。
今度は、母もいなくなってしまった。
でも、やっぱり答えは出ない。
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父と母は違う人だから、心に起きる変化も、同じものではない。
それでも、過去の経験からわかっているのは、心が受けたダメージは外から観察できず、予想よりずっと長く続くこともある、ということだ。
いつ爆発するかわからない、悲しみの爆弾を抱えて歩いているような。
嵐から身を守るための丈夫な家が、突然簡易テントになってしまったような。
そんな危なっかしい状態が、当分の間ずっと続く。
父が亡くなって半年後に、職場で突然涙が止まらなくなったことがあった。
大丈夫に見えるだけで、大丈夫ではないときもある。
自分でも困惑するほどに。
(この経験から、節目は感情が集中しやすいので、不安定になりやすいことを学んだ。「もう半年…」「まだ半年…」…etc.と思った直後に、悲しみや後悔、未練の感情が一気に湧き上がってしまうので、その後は注意しています😓)
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心にぽっかり穴が空いてしまった状態について、私はこう思うのだ。
目には見えないけれど、
心に渦巻く感情に流されながら、
一時の嵐をやり過ごしながら、
みんな何とかその日を過ごしているんじゃないだろうか。
目には見えないけれど、
自分の心を支えるために、
脆く細くなった柱を太く強くするために、
みんな人知れず日々頑張っているんじゃないだろうか。
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いま母がいたら、何を考えているかわかる気がする。
きっと、いつまでもクヨクヨ泣いていると、潔く怒られる。
「いつまでもグズグズしない!」と。笑
そう思うと可笑しくなって、強くならなきゃとポジティブになれる気がする。
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冒頭の友人からの質問について、今の私が言える一番正直な答え。
「数日前より、ちょっとだけ大丈夫になったと思う。多分ね」
Schönen Tag noch! 😄