zhiquan
昔のことを当時の感性を辿りながら書いた記事をまとめます。 時系列バラバラに思い出した順になると思いますが、基本は今がベースとなるエッセイです。
2023年7月に書き置いていた文章を修正しながらここに記事を解き放つ。 何があってもどこに居ても、何をしていても、私にとって全てが日本画につながっていて、描くことは…
ひとつになりたくてもひとり。ひとりになりたくてもひとつ。 世界ってこんな風なのだと、最近しみじみと思う。
今日は母の日。 これまで母という存在とはいったい何だろうとずっとみてきたけれど、今日はこれか、と意識がスッとなることがあった。 それは以前日本画の恩師がそっとつぶ…
〜雨の夕刻、翌朝の道中〜 急遽決まった京都への旅で真っ先に思いついた目的地は日本画画材店『放光堂』だった。ずっと想ってきたが、ようやくお店に伺うチャンスが巡っ…
リュック1つで帰京した。 1人で中央線に乗るのは約6年ぶり。 電車の窓が開いている。 そういえば地下鉄も窓が開いていた。 静かに開いたそこから外気とともに電車の走…
久しぶりにnoteの記事を書いています。どうしてこういった記事やSNSでの投稿を続けているのか、人と話すのはどうして面白いのか、そんなことを思っていてふと感じたのは『…
2023年7月に書き置いていた文章を修正しながらここに記事を解き放つ。 何があってもどこに居ても、何をしていても、私にとって全てが日本画につながっていて、描くことは全てだ。 日本画とは展示する空間そのものを転換する装置の役割を持つもので、観ることで何かを受け取ったり、言葉にして話したり、と作品は観者にとってのきっかけでしかない。 はじまりの一歩。 大切なこの展覧会に私は何を描くのか。 いつものことではあるけれど、展示の予定が決まると何を描こうかとそればかりを考えている。
今日は母の日。 これまで母という存在とはいったい何だろうとずっとみてきたけれど、今日はこれか、と意識がスッとなることがあった。 それは以前日本画の恩師がそっとつぶやいた言葉からの気づきだった。 「他の人の作品をみて、もっとこうした方がいいとか自分ならこう描くとかそんな気持ちが生まれた時は気をつけた方がいい。」 もう10年ほど前に伺ったのだが、このような内容だったと思う。 当時はそこまで深くこの言葉の意味が分かっていなかった。分からないながらも言葉通りに捉えて、そういった気
〜雨の夕刻、翌朝の道中〜 急遽決まった京都への旅で真っ先に思いついた目的地は日本画画材店『放光堂』だった。ずっと想ってきたが、ようやくお店に伺うチャンスが巡ってきたようだ。 お店に初めて行ったのはちょうど10年前だった。今回は2度目になる。岩絵具の入った袋に貼られたシールの店名が目に入る度にお店に行っている気がしていた。岩絵具は鉱物等でできていて何年経ってもほとんど変わらないのもあり、あれから10年も経っているとは驚いた。 どんなに熱い想いがあっても、所詮はほぼ一見さ
リュック1つで帰京した。 1人で中央線に乗るのは約6年ぶり。 電車の窓が開いている。 そういえば地下鉄も窓が開いていた。 静かに開いたそこから外気とともに電車の走る音がものすごい音量で車内に響く。 昔ながらのガタンゴトンの音にシュルシュル、キーキーと不思議な電子音が混ざり合う。電車同士がすれ違う度にボフッと外気が入り込む。 音楽を聴かなくても、この音だけで十分楽しめる。 電車を乗り降りする見知らぬ人々もみんな元気そうでよかった。まさに人ごとながらも、心からそう思
久しぶりにnoteの記事を書いています。どうしてこういった記事やSNSでの投稿を続けているのか、人と話すのはどうして面白いのか、そんなことを思っていてふと感じたのは『言葉』の持つ力についてです。感じたままに記します。 話し言葉も書き言葉も、発した途端に自分から他者へと広がりを持ちますが、『自分の言葉で書く』という言葉そのままに自分そのものを映し出すものだと捉えています。プロであっても趣味で書いている場合でも、巡り巡って自分に戻ってくるような力がみられます。 丁寧に話す人は