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夏休みに娘に話してみたいこと

 今年も原爆忌がめぐってきた。

 娘が生まれた年、私は自宅で娘を抱っこしながら長崎原爆平和祈念式典のニュースを見ていて、急にある映画を思い出した。母が脚本を書いた「TOMORROW/明日」という映画で、原爆が投下される前日、1945年8月8日の長崎の人々を描いた黒木和雄監督の作品だ。

 映画のラスト、桃井かおりさん扮する女性が出産する。赤ちゃんの産声を危機、夜明けを迎えたところで映画は静かに終わる。母のデビュー作でもあり、大学生だった私はうれしくて、井上光晴さんの原作も読んだ。映画も感動して見たものだった。

 でも、10数年がたち、娘を抱いてそのラストシーンを思い出した時、私は鳥肌が立ち、手足が冷たくなった。娘を産んだ夜、分娩室から車いすで病室に運ばれ、母として初めて眠りについた時のシーツの感触が浮かんできた。あの日の翌朝、もしも、原爆が落とされていたら……。一体、なんのために苦しんで産んだのだろう。映画のラストシーンが持っていた重みを、十数年たって実感したのだった。

 娘が生まれる直前まで私が担当していた「ひとり歩きの朝」というエッセーを連載してくださっていた脚本家・監督の新藤兼人さんは、やはり原爆忌が行われる8月、「一秒間の原爆映画」と題する原稿を書いた。

 自分は劇映画「原爆の子」「第五福竜丸」やドキュメンタリー「さくら隊散る」「8・6」を作り、原爆の殺戮力と放射能の恐怖を訴えてきたけれど、投下の瞬間、何が起きたか、その再現には及んでいない。その1秒間の出来事を映像で再現したいという内容だった。

 「1秒間の出来事を2時間に拡大して映像表現するには20億円というカネが要る。たった20億、されど20億、わたしにそのカネはない」と結ばれていた。

 そのエッセーの読者から、ぜひ実現してほしいと編集部にたくさんの寄付が送られた。でも、製作のための事務局が発足しているわけではなく、私は会社で事務局を作ったらどうかと企画書も出したけれど、実現には至らなかった。残念ながら、お金はお返ししなければならなかった。

 その後、新藤さんは「ヒロシマ」というシナリオを書き上げた。でも、20億円は集まらないので、今は実現はあきらめておられるようだ。先ごろ、「アバター」が大ヒットしたジェームズ・キャメロン監督が広島と長崎への原爆投下を題材にした映画を撮る予定だというニュースも流れたが、原爆を落とした側が原爆の残酷さや苦しんだ人の恨みをどれだけ描けるのか、心もとなく思う。文化勲章受章者が製作をあきらめなければならない日本って、なんなのかなとも思わざるをえない。原爆の話や映画の話をこの夏休み、娘にもしてみたいと思っている。

2010年8月8日

☆2009年から2012年まで子ども向けの新聞につづった連載を改編したものです。

【追記】

 新藤兼人さんは2012年に100歳で亡くなった。ジェームズ・キャメロン監督の原爆映画も、あれから企画は通らなかったのだろうか? 今となれば、キャメロン監督の作品も観たかった。キャメロン監督、生意気なことを言ってごめんなさい。

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