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さよならロザリオ 3

決めた。

すべてからさようなら。

わたしのすべてを運命という名のカプセルに入れてしまうなら、自分から捨てに行けばいい。

ナオの心は大きな静けさを手に入れたように
冷静だった。

今朝の食堂での、ユミのブチ切れ事件。
ママに会いたいと泣き叫ぶユミの姿を見て、
あのハルでさえ、目を伏せ涙を堪えていたのがわかった。他の子もそうだった。
みんなの親を待つ気持ちが痛いほど伝わってきて、食器のぶつかる音、啜り泣く音だけが食堂に響いていた。
ナオはその想いと、それぞれの音を聞きながら、心が冷えたように静まっていくのを感じた。

運命という名のカプセル。
ナオの心が乱れることも、傷つくこともないカプセル。
ナオが小さい頃。わけもわからず、レイコ先生に言われた「運命」という理不尽な言葉。
いつしかこの言葉が、ナオの心の中に鉛のように残り続けた。

夏休み。ほとんどの子が家に帰省する中、園に残るのは本当に親のいない子か、よっぽどの事情があって帰れない数人の子しか残らなかった。
40人近く居た園内は静まり返っていて、いつもより一日が長く感じる日々を過ごしていた。

その日は園庭で穴を掘って、さくらんぼの種を埋めたり、虫を観察して過ごしていた。
背後からレイコ先生が、何をしているのか尋ねてきた。
なんでもない。ナオが急いで立ち去ろうとすると、レイコ先生が「ナオもお父さんとお母さんに会いたい?」と聞いてきた。
ナオは一度も親に会ったことも、見たことも、名前も知らなかった。
ナオは頷いて、レイコ先生の顔色を伺った。
「だけどね、これがナオの運命だから
しょうがないのよ、親がいない子はたくさんいる、運命だと思って頑張るしかない」
そして、ナオを見ていると可哀想で涙が出てきちゃう、みなしごハッチみたいね。と付け足した。

ナオはずっと不思議だった。
気がついたら光の丘園に居たことも、園に来る前は乳児院に居たと知った時も、いつから自分はひとりだったのか。

ひとりではこの世に生まれてくることはできないのに。

ベッドの中では、まだ見たこともないお父さんとお母さんの顔を想像していた。けれどもそれは、いつもうまくいかなかった。
悲しい。寂しい。苦しい。辛い。希望も絶望も、望みも願いも、それらの気持ちの全てを、「運命だからしょうがない」
という、「運命」というよくわからない言葉で片づけられたような気がして、悔しかった。
悲しかった。自分の気持ちを聞いて欲しかった。
そして、親を想って泣いたり、悲しんだり、祈ったりしている子と自分は違うんだと思った。

親の愛情を知ってしまった子、幸せな時を知ってしまった子が親を待ち続ける辛さと、何も知らない自分と、どっちの心が痛いのか、苦しいのか、考えるとわからなくなって、運命という名のカプセルに閉じこもるしかなかった。


◇︎◇︎◇︎◇︎◇︎◇︎◇︎◇︎◇︎◇︎


学校が終わったら、駅で着替えよう。

部活に行く同級生達が執拗にぶつかってくる。
今日でコイツらともお別れだ。

中1から続いたいじめも、これで最後。
最後にミカに会おうか考えた。

養護施設にいることを隠していたナオに、嘘つきというレッテルが貼られ、クラスの女子から無視されるいじめがはじまった。
そんな中、ひとりだけ誰も見ていないところで、話かけてくれたミカと話すようになった。みんなの前では、話せなかったけど、放課後や帰り道こっそり声をかけてくれるミカに救われた。少しづつナオも、ミカに自分の話をするようになった。乳児院に居たこと、親の顔がわからないこと、ミカも母子家庭でママがスナックで働いていて、夕方まで寝ているからほとんど顔を合わさないと話してくれた。

それから、しばらくして
今度は他のクラスの女子や男子からも無視されるようになった。
嘘つきから今度は不幸自慢というレッテルが追加された。
ミカが大袈裟にクラスの中心で、はしゃいでいた。

不幸自慢。はじめて聞く言葉だった。
もう、どうでもいい。これも運命ならまたカプセルに閉じ込めればいい。
くだらない。ひとりひとり心の中で火をつけて燃やした。苦しめばいい。燃やされて苦しめ。
ナオは血が滲むまで手のひらを強く握りしめた。



下駄箱でミカに会った。
ミカは一瞬何か言いたげな気まずそうな顔をして、靴を取り出した。
ナオは思いきり床に置かれたスニーカーを蹴飛ばした。
驚いたミカの顔が青ざめていた。
もう、会うことはない。

(コイツを燃やしてなかった)

ミカに背を向け、校門に向かった。
背中に視線を感じた。
振り返らずミカを燃やした。



ポケットには三万円が入っている。

援助交際の相手と間違えたおじさんがくれた三万円。
思い出すと笑えてくる。
あんなに軽蔑していた援助交際。

違うと言ったのに、いいからいいからとお寿司屋さんに行き、カラオケに行った。
カラオケでスカートの中に手を入れてきた。拒んだら抱きしめられて、キスをされた。
ただそれだけだった。
なのに、抱きしめられるのは嫌じゃなかった。
あったかかった。その時だけおじさんは、自分のことだけを考えているような錯覚を起こした。
おじさんにも中学生の子供がいると言っていた。
もし、自分がおじさんの家の子供だったら…と想像したけど、やっぱりうまくいかなった。

お金はいりません。と言うと
おじさんは、ダメだ。と言った。
そして、これからまた援助交際をするなら、ちゃんとお金は貰いなさい。とおかしな説教をした。

半分でいいです。と言うと、おじさんは作り笑顔からクシャクシャの顔になって、大笑いしていた。
優しそうだった。やってることは最低だけど。


最初で最後の援助交際。
だけど、この三万円はナオの御守りになった。


◇︎◇︎◇︎◇︎◇︎◇︎◇︎◇︎◇︎◇︎


駅で着替え、制服もカバンもゴミ箱に捨てた。

これから電車で行けるところまで行こう。

三万円。使い終わったらどうしようかな。
あそこには戻る気はない。
あそこに居るのが運命というなら
自分で捨ててやる。
自分で運命を変えるなら、もう閉じこもる必要なんてない。


決めた。

ナオの心の中は
澄んでいた。  

はじめて味わう感覚だった。

それはとても静かで。

静かで。



さよならロザリオの物語をマガジンに
まとめました。

よろしくお願いします。


                shizugon






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