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【職人探訪vol.1】どんなものにも描く緻密な技術。産地の第一線で活躍する蒔絵師・森田昌敏さん

こんにちは。漆琳堂8代目当主、内田徹です。

越前漆器を支える職人たちを訪ねる「職人探訪」。
第1回目は越前漆器の産地、福井県鯖江市河和田(かわだ)地区の蒔絵師で伝統工芸士でもある森田昌敏(もりた・まさとし)さんをご紹介します。


蒔絵とは、漆器の表面に漆で絵や模様を描き、その上に金や銀の粉を蒔いて研ぎ磨いたもの。

漆琳堂が塗りを手がけた椀の蒔絵も、森田さんにお願いすることが多いのですが、どんなに緻密な模様も早く正確に仕上げる森田さんの技術に、全幅の信頼を寄せています。

私たちが森田さんの工房にお邪魔すると、ちょうど漆琳堂が塗ったお椀に蒔絵を施している最中でした。

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早く正確に描かれる巧みな筆づかい

――いつも蒔絵の打ち合わせなどで工房に来ていますが、今日はあらためてよろしくお願いします。早速ですが、ほぼフリーハンドで模様を描いていくんですね。

模様の中心がズレないようにガイドラインのようなものは引いてあるけど、複雑な模様でない限りは直接描くことが多いかな。通常は図案が描いてある紙をチョークのようなものでなぞり、それを漆器に写して絵型をつけてから描くのが一般的だね。

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▲カーブしているお椀の蓋にもするするっと絵を描いていく森田さん


――森田さんの技術だからこそ、絵型がなくても何十個何百個でも同じように描けるんですね。すごい、もう描き終えちゃった。

ちょうど今描いているお椀の塗りは、凹凸がある刷毛目(刷毛の目を立たせて塗ったもの)だから、ゆっくり描くと線がにじんでしまうんよ。逆に早く筆を走らせすぎてもかすれて見えなくなる。にじまず線が消えないギリギリのスピードが大事なんやね。これがほかの地域の蒔絵師やと素早く描くのは難しいと思うわ。

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▲漆器の表面に凹凸があっても、太さの違う線をかすれることなく均一に描いていく。簡単そうに見えますが、かなりの技術を要します


――河和田とほかの産地では蒔絵にも違いがあるんですか?

産地によって描き方も、使う漆の粘度も違うからね。例えば輪島では河和田に比べて粘りけのある漆を使うし、筆も河和田よりひとまわり細い。河和田は業務用漆器がメインでいかに数をこなしていくかが求められるので、塗りも蒔絵も作業の早い職人が多いんやと思う。


――え! 蒔絵って産地によって原料(漆)も道具もちがうんですね。勉強になります。

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▲森田さんの仕事道具。複数の筆を使い分け描いていきます


漫画家になりたかった青年が蒔絵師に


――森田さんが蒔絵師なのはずっと昔から知っていたんですが、お仕事を頼むようになったのはここ数年のことなんですよね。それまでは地元の草野球チームでお会いするくらいで。

ほやほや(笑)。昔、河和田は草野球のチームが多かったからなぁ。

――森田さんが蒔絵師になられたきっかけは何だったんですか?

小さい頃から絵を描くことが好きやったから漫画家になりたくてね。将来どうしようかなと思っていたら「地元でも絵を描く仕事があるよ」って知り合いに教えてもらって。実際に茶びつに描かれた金魚の蒔絵を見て、これはすごいなと思ったね。そんで、中学卒業してから親方のところに弟子入りしたんよ。だから蒔絵をはじめてもう45年になるね。


――当時は今とはまた職人たちの様子も違っていたんでしょうね。

そりゃすごかったよ。弟子の数も多かったし、バブルだったから注文も500とか1000単位で受ける。作業場中漆器で埋め尽くされてたね。当時は簡単な絵を描くだけでもお金がどんどん入ってくるご時世やったから、弟子入りしても1〜3年で独立していく人が多かったな。でも僕は7年間は独立しないって約束で弟子入りしたもんやから、やっと独立したと思ったらバブルがはじけたもんで、あんまりいい思いはできんかったわ(笑)。

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▲弟子時代は手を怪我しないよう、車の運転も許されなかったそう


――今河和田にはどれくらいの蒔絵師がいるんですか?

今は30人弱くらいかなぁ。伝統工芸士のなかでも70代だとまだ中間くらい(笑)。僕は今年還暦(60歳)なんだけど、河和田の蒔絵師のなかでは2番目に若いんよ(笑)。


――森田さんより若い蒔絵師は一人だけですか?

一番若くて50代後半、それより下の世代にはいないね。昔と違って今は弟子をとっても弟子に描かせる仕事がないからね。でも最近では県外から蒔絵を体験したいという人が定期的に通ってくれているから、自分が教えられることはできるだけ全部伝えるようにしてるよ。


蒔絵の良し悪しは絵心で決まる

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――僕は蒔絵ってセンスの部分が大きいと思ってるんです。森田さんは蒔絵の良し悪しをどこで見極めてますか? 

僕の親方は「絵心」って言っていたね。音楽だと絶対音感、料理人なら味に敏感であるように、描いた絵を見るとだいたいわかるもんやよ。だから内田くんが言うように「センス」っていう部分も重要やと思うわ。


――蒔絵の仕事も構図から考えるようなこともありますか?

あるある。テーマだけ言われてお任せのこともあるし、写真を送ってくる人もいるしいろいろやね。図案集みたいなものを参考にすることはもちろんあるけど、世界観を表現するにはやっぱり絵心がないと、難しい部分かもしれないね。

これまで盃に鳥獣戯画を描いてって言われたこともあったし、お椀に庭を描いたこともあった。少し前には福井のお寺から依頼があって、格天井に図案一切なしで花鳥の絵を描く大仕事もあったなぁ。

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▲入れ子状になっている大きさの違う盃に描かれた鳥獣戯画

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▲永平寺町にあるお寺の格天井に描かれた72枚の花鳥図は、図案もいちから森田さんに任されたそう。


――蒔絵師の立場から産地を見ると、河和田の漆器の良さってどんなところだと思いますか?

河和田は作家のまちではなく、職人のまち。仕事に関してはこれしかできないではなく、お客さんから頼まれたものは、どうにかして仕上げる器用な職人が多いのがいいところやろうね。


――森田さんは一人でそれを実践してますよね。

難しい仕事を受けてから、引き受けるんじゃなかったなぁと思うことは時々あるけどね(笑)。

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――今後蒔絵でやってみたいことはありますか?

漆器だけじゃなくていろんなものに描いてみたいなとは思う。実際、ここ数年でお椀や重箱に描く仕事が減った分、自転車など変わったものに描く仕事がたくさんくるようになったからね。伝統工芸の技術は、伝統工芸の枠でしか発揮されないイメージがあるけど、蒔絵は何にだって描けるからね。車に描いたっていい。素材もまだまだ新しいものが生まれているし、蒔絵の可能性もまだまだ広がりそうな気はするね。

(了)

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大きな手からは想像できないほど緻密な絵を描く森田さん。どんなものを描こうか目を輝かせながら蒔絵の可能性を追求し続ける姿に同じ漆器に携わるものとして大きな刺激を受けました。

森田さんが蒔絵を手がけた漆器はこちらから購入可能です。

森田昌敏さん


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