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深夜の自動販売機には、湿気の魔女が集まる。

 1月3日、午前1時。
 変な集団を2つ見付けた。
 奥の10人程の集団は全員、紫色のコートを着て、フードを被っている。
 手前の10人程の集団は全員、濃紺色のコートを着て、フードを被っている。
 どちらもまるで光に集まる虫のように、湿気混じりの闇夜に妖しく光る自動販売機の前で、円を作っていた。
 すぐに分かった。
「湿気の魔女」による、「湿気の魔女集会」だ。

 湿気の魔女とは、「湿気の魔女協会」によって認められた、「湿気の街」の魔女である。
 この街には存在するのだ。魔法を使えない魔女達が。
 ちなみに、湿気の魔女協会で正式に認められていないのに魔女を騙る者や、湿気の魔女協会の掟を破った者は「非魔女」と呼ばれる。
 非魔女は「非魔女狩り」の対象となり、湿気の魔女による死刑が執行される。
「毒魔女」なんてのも、非魔女だ。
 彼女は毒を製造し、ブローカーに毒を売らせている。そんなことをしている為か、一部からは毒魔女と呼ばれている。
 自らそう名乗っているのかは不明だが、魔女と呼ばれること自体がもう既に罪なのだ。
 湿気の魔女協会に捕まったら、即刻その場で死刑となる。
 それも、残虐極まりない方法で。

「ごめんなさい……遅れました……ごめんなさい……」
 紫色のコートの魔女集団に頭を下げる、同じく紫色のコートの魔女。何度も何度も必死に謝罪をしていた。
 紫色のコートの魔女集団が無言で彼女を囲んだ。
「……メリケンサック」
 その中で1番年長に見える魔女が、ぼそっと呟いた。
 囲まれた魔女は「ひぃっ!」と叫ぶと、魔女達を掻き分け、その場から逃げ去ろうとした。
 が、そんな甘い世界ではない。
 囲んだ魔女達はメリケンサックをコートの内側のポケットから取り出し、両手に嵌めた。
 年長の魔女が、躊躇なく遅刻した魔女の顔面を1発殴った。
 鈍い音と共に、殴られた魔女は魔女集団に飲み込まれ、メリケンサックを何度も打ち込まれた。
 ばきっ、がっ、ぎちゅっ、ごっ。
 不快な音が辺りに響く。
 湿気の魔女協会の掟には遅刻厳禁というものがあり、彼女は違反した為に非魔女となり、死刑となったのだ。

*

 紫色のコートの魔女集団の非魔女狩りが終わった。
 すると、紫色、濃紺色、2つの魔女集団が、それぞれの近くにある、自動販売機の前に1列に並んだ。
 2つの列が、道を塞ぐようにして作られた。
 彼女等は1人1本ずつ飲み物を買うと、列から外れた。
 全員が買うと、再び魔女集団は自動販売機の前で、紫色、濃紺色、それぞれの円を作った。
 無言でペットボトルの蓋を開け、1口飲む。
 湿気の街の魔女による、不気味で滑稽な集会が始まった。

 これは年始になると必ず行われる、大規模な湿気の魔女集会だ。
 紫色のコートの魔女集団は「紫派魔女」。
 濃紺色のコートの魔女集団は「濃紺派魔女」。
 湿気の魔女界の2大派閥が一堂に会する、重要な集会である。
 湿気の魔女の仕事の1つに、蛙と烏の製造というものがある。この街には、紫色の蛙と濃紺色の烏が棲息していることはご存知だろうか? それ等は湿気の魔女によって生み出された、人工の生物なのだ。
 もう薄々気が付いた方もいるかもしれないが、紫派魔女は紫色の蛙を、濃紺派魔女は濃紺色の烏の製造を担当している。
 彼女達はお互いを忌み嫌い、常に睨み合っている。
 年始に開かれるこの湿気の魔女集会では、それぞれが製造する人工生物の個体数を決めている。
 先程、彼女等が自動販売機で購入した、濃いカルピスを嗜みながら。

 紫派魔女集団と濃紺派魔女集団がそれぞれの円で、ごにょごょと囁くように話し合っている。
 自動販売機の光に照らさながら、お互いに聞こえないように。

*

 数分後、その場にいる全員が濃いカルピスを地面にぶち撒け、空のペットボトルを捨てた。
 2つの集団が向かい合い、それぞれの集団の1番若そうな魔女が先頭に立った。
 睨み合う2人の魔女。
「きぇぇええぇぇぇぇぇっ!」
 突然、濃紺派魔女集団の1人が奇声を上げた。
 その後に続くように、先頭に立ち、睨み合う若い魔女が同時に叫んだ。
「1100!」と、若い濃紺派魔女。
「1350!」と、若い紫派魔女。
 数秒の沈黙の後、紫派魔女集団が歓声を上げ、濃紺派魔女集団が悔しそうにブーイングをした。
 どうやら、今年は紫派魔女が勝ったらしい。

 個体数が多い方が今年の「年魔女」となる。湿気の魔女協会から色々と優遇されるとのこと。
 ちなみに去年と一昨年は、2年連続で濃紺派魔女が勝ったらしい。
 紫派魔女の逆転勝利というわけだ。

*

 両集団は一通り盛り上がると、突然何事もなかったかのように静まり返った。
 それぞれの集団はお互いに背を向け合い、静かに夜道を歩き出した。
 妖しく光り続ける自動販売機、非魔女の死体、空のペットボトル、地面に浸み込んだ濃いカルピスを残して。

*

 魔女集団がいなくなったことを確認すると、僕は電柱の物陰から先程集会が行われていた道に出た。
 血塗れの死体は眠るように、泥濘んだ地面に横たわっていた。
 通報はしない。
 この街の警察なんて、まともに機能していないから。
 僕は紫派魔女集団が濃いカルピスを買った自動販売機でコーラを買い、飲みながら夜道を歩く。
 深夜の自動販売機には、湿気の魔女が集まる。
 もし、湿度の高いこの街に住むのなら、覚えておいた方がいい。偶然、湿気の魔女集会を見かけても、びっくりして腰を抜かさないように。
 噂程度の話だが、彼女等の集会を目撃したことがバレたら、殺されてしまうらしい。
 そんな死に方、嫌でしょう?



【登場した湿気の街の住人】

・湿度文学。
・紫派魔女
・濃紺派魔女
・非魔女

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